2006年04月29日
23年前の立ち話し
いよいいよ申し込み受付(5月14日から開始)が近づいてきた第30回出光イーハトーブトライアル特別ゲストには、ニュージーランドからオリバーファミリーを招待する。一家8人、3世代がトライアルライダーという、これからの出光イーハトーブトライアルの方向そのままのライフスタイルは、まさに30年と言う節目の大会ゲストにふさわしい。
ところで、ファミリーの中心であるスティーブン・オリバーとは大会会長の万澤が23年前にクライストチャーチのバイク屋でわずか30分ほど立ち話をしたことがそもそものきっかけだった。

カタログをお持ちの方はぜひ見てほしいが、ホンダTLR250(ヒット作200の250cc版)のカタログ撮影(マウントクックの氷河にヘリで運んで撮影した!)のため、日本から空輸したバイクの受け渡し拠点となった現地デーラーが、当時スティーブンとその父、アランが働いていた会社だったのだ。
届いたバイクがトライアル車ということで、スティーブンが話しかけてきた。私が73、74年のSSDTに参加したことを知ると「ああ、当時のバイク新聞に載っていたの覚えている。俺もSSDTに出ようと思っているんだ」ということでしばし盛り上がったものだ。
それから20年が過ぎたある日、NZネルソン市でさくらB&Bというペンションを経営している野口さんという方の投稿が自然山通信に載っていた。美しいNZに来たらぜひ泊まって下さいという内容だったが、最後に「トライアルをしたい方は友人で元NZチャンプのスティーブン・オリバーがご案内します…」とあった。
「あ、きっとあの人だ!」と気がつき、「たぶん、バイク屋で立ち話をした人だと思います。覚えているかな?とお伝えください」と見ず知らずの野口さんにメールした。
すぐに野口さんから返信が来て「よく覚えていると言って大喜びでした。ビックリするメールを送るそうです」とあり、すぐにスティーブンから来たメールにはなんと、あの日、立ち話をしている二人の写真3枚と、そのとき渡したマンザワの名刺コピーが添付されてきたのだ!これにはホントにビックリ!
写真なんて、撮られたことすら知らなかったが、当時その店のセールスマネージャーだった父、アランが二人の立ち話を撮ってくれていたのだった。以来、折にふれてメール交換をしているうちに、スティーブンがあのあとSSDTでファーストクラス入賞したこと、NZチャンプを5回も取ったこと、3人の息子たちがつぎつぎと自転車トライアルからトライアルを始めるようになったことなど、いろいろようすがわかってきた。
そしてある日、出光イーハトーブトライアル30周年記念大会ゲストには、3世代でトライアルを楽しんでいる彼らこそがもっともふさわしいと気づいて、相談した冠協賛の出光興産の方々からも快諾を得て、昨年夏には現地で打ち合わせもして、めでたく今回のゲスト招待が決まったというわけだ。
それにしても、23年前の、それも外国での、わずか30分の立ち話が、ここまでの縁の始まりだったとは、いまさらながら人生がおりなす綾の見事さに感心させられる。しかもオリバーファミリーとの交流は今回限りのものではなく、若い孫たちとともに今後もずっと続いてゆくことになるのだ。
出光イーハトーブトライアルに参加のみなさんの息子や娘が、美しいNZで気軽にトライアルできる環境を整えるのは、お父さん、お母さんであるみなさんの役割ですよ!
ともかく、スティーブンとの不思議な縁と、野口さんと、自然山通信に感謝!それを実現していただく出光興産に最大の感謝!
ところで、ファミリーの中心であるスティーブン・オリバーとは大会会長の万澤が23年前にクライストチャーチのバイク屋でわずか30分ほど立ち話をしたことがそもそものきっかけだった。

カタログをお持ちの方はぜひ見てほしいが、ホンダTLR250(ヒット作200の250cc版)のカタログ撮影(マウントクックの氷河にヘリで運んで撮影した!)のため、日本から空輸したバイクの受け渡し拠点となった現地デーラーが、当時スティーブンとその父、アランが働いていた会社だったのだ。
届いたバイクがトライアル車ということで、スティーブンが話しかけてきた。私が73、74年のSSDTに参加したことを知ると「ああ、当時のバイク新聞に載っていたの覚えている。俺もSSDTに出ようと思っているんだ」ということでしばし盛り上がったものだ。
それから20年が過ぎたある日、NZネルソン市でさくらB&Bというペンションを経営している野口さんという方の投稿が自然山通信に載っていた。美しいNZに来たらぜひ泊まって下さいという内容だったが、最後に「トライアルをしたい方は友人で元NZチャンプのスティーブン・オリバーがご案内します…」とあった。
「あ、きっとあの人だ!」と気がつき、「たぶん、バイク屋で立ち話をした人だと思います。覚えているかな?とお伝えください」と見ず知らずの野口さんにメールした。
すぐに野口さんから返信が来て「よく覚えていると言って大喜びでした。ビックリするメールを送るそうです」とあり、すぐにスティーブンから来たメールにはなんと、あの日、立ち話をしている二人の写真3枚と、そのとき渡したマンザワの名刺コピーが添付されてきたのだ!これにはホントにビックリ!
写真なんて、撮られたことすら知らなかったが、当時その店のセールスマネージャーだった父、アランが二人の立ち話を撮ってくれていたのだった。以来、折にふれてメール交換をしているうちに、スティーブンがあのあとSSDTでファーストクラス入賞したこと、NZチャンプを5回も取ったこと、3人の息子たちがつぎつぎと自転車トライアルからトライアルを始めるようになったことなど、いろいろようすがわかってきた。
そしてある日、出光イーハトーブトライアル30周年記念大会ゲストには、3世代でトライアルを楽しんでいる彼らこそがもっともふさわしいと気づいて、相談した冠協賛の出光興産の方々からも快諾を得て、昨年夏には現地で打ち合わせもして、めでたく今回のゲスト招待が決まったというわけだ。
それにしても、23年前の、それも外国での、わずか30分の立ち話が、ここまでの縁の始まりだったとは、いまさらながら人生がおりなす綾の見事さに感心させられる。しかもオリバーファミリーとの交流は今回限りのものではなく、若い孫たちとともに今後もずっと続いてゆくことになるのだ。
出光イーハトーブトライアルに参加のみなさんの息子や娘が、美しいNZで気軽にトライアルできる環境を整えるのは、お父さん、お母さんであるみなさんの役割ですよ!
ともかく、スティーブンとの不思議な縁と、野口さんと、自然山通信に感謝!それを実現していただく出光興産に最大の感謝!
2006年04月14日
目立ちのプロ、デモンストレーションライダーたち
どんなスポーツにもレベルによってクラスがあり、トライアルも例外ではありません。草トライアルから世界選手権まで、そのレベル差がとてつもなく大きいことは野球などと同じです。
出光イーハトーブトライアルは「参加することに意義がある」草トライアルですから、初心者クラスにはきのう免許を取ったばかりの人も参加できます。そもそも初心者クラスはそのために存在するわけですし、ケガの無いように楽しんでもらえれば、下手でもいっこうにさしつかえないのです。
一方、中級者向けのクラシック、サンムトリなどのクラスには、それなりの腕のライダーたちが参加するわけですが、それでも目の覚めるようなライディングを見せてくれる人はごくわずかです。
しかも、昔にくらべると最近は非常にうまい人の数がだんだん減って行く傾向にあり、乗っている本人はともかく、見ているほうの立場で言えば、もうすこし見ごたえのある人に来て欲しいと感じるのも無理はありません。
なにしろ、2日間で350キロ走るクラシックのコース沿いの人々は、30年近くも毎年見続けているわけですから、思いのほか目が肥えているのです。
一見、何もわからずに見ているかのようなおじいちゃんが、「このごろはうめぐねのが増えだな」と、的確にレベルの低下を指摘したのにはビックリしたほどです。こんなぐあいに、地元の人々の観察眼はなかなか鋭いものがあります。
そこで、地元の方々が見る楽しみを増すためにはどんなことをすればいいか実行団で話し合った結果、本当にうまいライダーが技の限りを見せるデモンストレーションを、コース上の各地で行うことにしました。
真っ先に白羽の矢が立ったのが成田匠選手でした。というより、イーハトーブでのデモンストレーションには彼よりふさわしいライダーはいなかったのです。

世界選手権からは引退し、国内選手権に舞台を移した成田選手は、デモンストレーションライダーとして、それはそれは見事な技を披露し、地元の人々も度肝を抜かれて口を開いたままという雰囲気で、各地でのデモンストレーションはねらいどおりに大成功でした。
成田選手は、現在、全日本選手権トライアルのIASクラス(最高クラス)で活躍していますが、94年には世界選手権トライアルのランキング5位という、それまで日本人が到達したことのなかった好成績を残して、後進に道を開いた人です。
じつは、成田匠選手は物心つくかつかないかの幼児の頃、大会創始者でもあり、現在も大会副会長である父親・省造さんに連れられて、世界一過酷なスコティッシュ6日間トライアルについていった経験を持っています。まさに三つ児の魂百までもの典型ですね。ちなみに、イーハトーブトライアルは、そのときのSSDTの体験を元に、私と成田さんとで始めたものなので、このときはまだ影もかたちもありません。
そして、成田匠選手は16歳で父親とともにイーハトーブトライアルに初参加。なんど大観衆の見守る最終セクションで、常勝だった丸山選手を劇的な大逆転で下し、初優勝の偉業を達成したのです。
こうして、成田選手は地元の人々に強烈な印象を残しただけでなく、いつも明るく真面目な好青年としてイーハトーブの人々からは親しみをもって「タクミ!」と呼ばれるほど、圧倒的な人気を保っているのです。
そんな成田匠選手とともに、デモンストレーションに加わったのが弟の成田亮選手でした。全日本IAクラスで活躍する彼も兄に負けず劣らず華麗な大技を披露して、成田兄弟そろっての見ごたえあるデモは大好評でした。

亮選手はもう一人仲間を誘って華を添えてくれました。全日本選手権トライアルIASクラスで活躍している渋谷勲選手です。思い切りのいいデモンストレーションで乱舞する姿に、人々はやんやの喝采を送るのでした。

しかし、成田匠選手はヤマハ契約ライダーとしてアジア各国でモータースポーツ普及の仕事が忙しくなり、夏に岩手に来るスケジュールの都合がつかなくなり、渋谷選手も全日本選手権でトップクラスの争いに集中する関係から、彼らのパフォーマンスは第27回大会が最後となり、すぐに後任を探す必要に迫られることになりました。
そこで高橋由君という、全日本トライアルIBクラスで好成績を挙げていた地元八幡平市の高校生にお願いすることになったのです。当時はまだクルマの運転免許が取れない年齢のため、お父さんの運転するクルマでコース上の各地を回ってもらうことになりました。
第28回大会で初めてデモンストレーションをした高橋由選手は、地元出身ということもあり、たちまち人気者になり、見せる技の切れ味も年毎に向上してきました。性格的にサービス精神も旺盛で、観客をたっぷり満足させる演出から、子供やお母さんもいっぺん見ただけでファンになってしまいます。

高橋選手は05年の全日本選手権トライアルIBクラスでランキングトップ争いをしていましたが、惜しくも最終ステージでライバルにリードを許し、IBクラス最後の年をランキング2位で終わりました。
ことしはIAクラスに昇格し、並み居る強豪たちとの熾烈な戦いが待っていますが、高橋選手は東京の大月ヤマハレーシングチームメンバーとなり、新しい環境のもとで意欲満々のかまえです。
まだ19歳と若い高橋選手には、志を大きく持ってイーハトーブから世界に羽ばたいてもらいたいものです。もちろん、そのときもできるだけイーハトーブのデモンストレーションには戻ってきてくれることでしょう。
じつは、高橋由(ゆう)選手には、ことしみっちり英語の勉強をしてもらうことになりそうです。なにしろ世界に羽ばたくには言葉も必要ですから・・・
出光イーハトーブトライアル30周年記念ゲストとしてニュージーランドから招待するオリバーファミリーの末っ子、ピーター君(14歳)と、今回はいっしょにデモンストレーションをしてもらう計画なのです。なにしろピーター君も免許が取れない年齢ですから、由君の運転するクルマに乗せてもらうしかないのです。
ピーター君にこのことを話したら、「そのライダー、名前は何て言うの?」「ゆうだよ」「え?だから何て名前?」「だからゆうって言うんだよ!」「えー、まじ?」というやり取りで大笑いでした。
というわけで、今年のデモンストレーションで由君とピーター君を見かけたら、英語で声援よろしくお願いします。
出光イーハトーブトライアルは「参加することに意義がある」草トライアルですから、初心者クラスにはきのう免許を取ったばかりの人も参加できます。そもそも初心者クラスはそのために存在するわけですし、ケガの無いように楽しんでもらえれば、下手でもいっこうにさしつかえないのです。
一方、中級者向けのクラシック、サンムトリなどのクラスには、それなりの腕のライダーたちが参加するわけですが、それでも目の覚めるようなライディングを見せてくれる人はごくわずかです。
しかも、昔にくらべると最近は非常にうまい人の数がだんだん減って行く傾向にあり、乗っている本人はともかく、見ているほうの立場で言えば、もうすこし見ごたえのある人に来て欲しいと感じるのも無理はありません。
なにしろ、2日間で350キロ走るクラシックのコース沿いの人々は、30年近くも毎年見続けているわけですから、思いのほか目が肥えているのです。
一見、何もわからずに見ているかのようなおじいちゃんが、「このごろはうめぐねのが増えだな」と、的確にレベルの低下を指摘したのにはビックリしたほどです。こんなぐあいに、地元の人々の観察眼はなかなか鋭いものがあります。
そこで、地元の方々が見る楽しみを増すためにはどんなことをすればいいか実行団で話し合った結果、本当にうまいライダーが技の限りを見せるデモンストレーションを、コース上の各地で行うことにしました。
真っ先に白羽の矢が立ったのが成田匠選手でした。というより、イーハトーブでのデモンストレーションには彼よりふさわしいライダーはいなかったのです。

世界選手権からは引退し、国内選手権に舞台を移した成田選手は、デモンストレーションライダーとして、それはそれは見事な技を披露し、地元の人々も度肝を抜かれて口を開いたままという雰囲気で、各地でのデモンストレーションはねらいどおりに大成功でした。
成田選手は、現在、全日本選手権トライアルのIASクラス(最高クラス)で活躍していますが、94年には世界選手権トライアルのランキング5位という、それまで日本人が到達したことのなかった好成績を残して、後進に道を開いた人です。
じつは、成田匠選手は物心つくかつかないかの幼児の頃、大会創始者でもあり、現在も大会副会長である父親・省造さんに連れられて、世界一過酷なスコティッシュ6日間トライアルについていった経験を持っています。まさに三つ児の魂百までもの典型ですね。ちなみに、イーハトーブトライアルは、そのときのSSDTの体験を元に、私と成田さんとで始めたものなので、このときはまだ影もかたちもありません。
そして、成田匠選手は16歳で父親とともにイーハトーブトライアルに初参加。なんど大観衆の見守る最終セクションで、常勝だった丸山選手を劇的な大逆転で下し、初優勝の偉業を達成したのです。
こうして、成田選手は地元の人々に強烈な印象を残しただけでなく、いつも明るく真面目な好青年としてイーハトーブの人々からは親しみをもって「タクミ!」と呼ばれるほど、圧倒的な人気を保っているのです。
そんな成田匠選手とともに、デモンストレーションに加わったのが弟の成田亮選手でした。全日本IAクラスで活躍する彼も兄に負けず劣らず華麗な大技を披露して、成田兄弟そろっての見ごたえあるデモは大好評でした。

亮選手はもう一人仲間を誘って華を添えてくれました。全日本選手権トライアルIASクラスで活躍している渋谷勲選手です。思い切りのいいデモンストレーションで乱舞する姿に、人々はやんやの喝采を送るのでした。

しかし、成田匠選手はヤマハ契約ライダーとしてアジア各国でモータースポーツ普及の仕事が忙しくなり、夏に岩手に来るスケジュールの都合がつかなくなり、渋谷選手も全日本選手権でトップクラスの争いに集中する関係から、彼らのパフォーマンスは第27回大会が最後となり、すぐに後任を探す必要に迫られることになりました。
そこで高橋由君という、全日本トライアルIBクラスで好成績を挙げていた地元八幡平市の高校生にお願いすることになったのです。当時はまだクルマの運転免許が取れない年齢のため、お父さんの運転するクルマでコース上の各地を回ってもらうことになりました。
第28回大会で初めてデモンストレーションをした高橋由選手は、地元出身ということもあり、たちまち人気者になり、見せる技の切れ味も年毎に向上してきました。性格的にサービス精神も旺盛で、観客をたっぷり満足させる演出から、子供やお母さんもいっぺん見ただけでファンになってしまいます。

高橋選手は05年の全日本選手権トライアルIBクラスでランキングトップ争いをしていましたが、惜しくも最終ステージでライバルにリードを許し、IBクラス最後の年をランキング2位で終わりました。
ことしはIAクラスに昇格し、並み居る強豪たちとの熾烈な戦いが待っていますが、高橋選手は東京の大月ヤマハレーシングチームメンバーとなり、新しい環境のもとで意欲満々のかまえです。
まだ19歳と若い高橋選手には、志を大きく持ってイーハトーブから世界に羽ばたいてもらいたいものです。もちろん、そのときもできるだけイーハトーブのデモンストレーションには戻ってきてくれることでしょう。
じつは、高橋由(ゆう)選手には、ことしみっちり英語の勉強をしてもらうことになりそうです。なにしろ世界に羽ばたくには言葉も必要ですから・・・
出光イーハトーブトライアル30周年記念ゲストとしてニュージーランドから招待するオリバーファミリーの末っ子、ピーター君(14歳)と、今回はいっしょにデモンストレーションをしてもらう計画なのです。なにしろピーター君も免許が取れない年齢ですから、由君の運転するクルマに乗せてもらうしかないのです。
ピーター君にこのことを話したら、「そのライダー、名前は何て言うの?」「ゆうだよ」「え?だから何て名前?」「だからゆうって言うんだよ!」「えー、まじ?」というやり取りで大笑いでした。
というわけで、今年のデモンストレーションで由君とピーター君を見かけたら、英語で声援よろしくお願いします。
2006年04月03日
“誰もがスター”のイーハトーブ
ライダーは、だれでも少なからず目立ちたがり屋なところがあるようです。出光イーハトーブトライアルの人気の秘密は“誰もがスター”の気分になれる点にもあるといえるでしょう。
77年に第1回大会が開催されたとき、「歓迎イーハトーブトライアル」の横断幕を掲げてライダーたちを感激させてくれて普代村では、河川のセクションを見下ろすように橋の上に地元観客が鈴なりでした。
おりしも、トップをキープしていたライダーが、観客の前で川を横断している最中にエンスト!当時はポイント点火だったので、クランクケーズカバーから水が浸入するとあっけなくエンストしたものでした。
その瞬間、観客からは期せずして「あー!」というため息が…!
初めて見るトライアルなのに、トップ争いをしているライダーに、村人が感情移入しながら観戦していることに、私のほうが感動してしまいました。
創成期のイーハトーブトライアルに参加した人なら覚えていると思いますが、行く先々の小さな村でたくさんの(当時はいたんです)子供たちが紙ふぶきを撒いて歓迎してくれたこと!
それも、不思議なことに険しい山々を越えた別の村の子供たちも同じことをするんです。
後年、その紙ふぶきを撒いた子、いや、そのときはりっぱな大人になってましたが、聞いてみたところ他の地域と連絡を取り合ったことはないと言うことだったので、あれは自然発生的なものだったんですね。
さらに、その当時から今でも「シールちょうだい!」という子がいっぱいいたので、参加ライダーは日頃からいろんなステッカーをため込んで、大会当日に子供たちに配るのです。これが楽しみで、地元の子はコレクションを毎年増やしていたようです。
おなじちょうだいでも、「サイン下さい…」と、ノートをおずおず差し出す子もけっこうたくさんいたものです。いまでは少なくなりましたが、じつはこれがいちばんライダー心理をくすぐるのじゃないでしょうか?
だって、ふつうのおじさんが「サイン下さい!」と言われる機会は、そうめったにあるもんじゃないですから。
差し出されたノートには、ゼッケン番号と名前、中にはていねいに住所と電話番号が書いてあるものもありました。
そして、子供があとから葉書を出して、ライダーとの文通が始まり、その女の子が20歳になったときに初めてライダーと対面したこともありました。この感動的な場面はテレビ岩手の1時間番組で放送され、大反響を巻き起こした(たぶん…)ものです。
ちなみに、その女性、いまではりっぱなお母さんとなり、その子がまた手を振ってくれています。こういうシーンに出光イーハトーブトライアル30年の歴史がしみじjみ実感できるわけです。
さて、地元の人といっても、もっと広い意味での地元、つまり広い岩手県の他の地域からわざわざ毎年観戦…ではなく、応援に駆けつけることを楽しみにしている人々もいます。
「ネリ・ブドリ」クラスに参加しているライダーなら、「トマト娘さん」といえば「あー、俺も食べさせてもらった」と思い当たるでしょう。
路上に2家族の親子がずらりと並んで、かごにはいったミニトマトを、やってくるライダーたちの口に次々と放り込んでくれるのです。そして、そのトマトがことのほか甘いとか…
少し前の話になりますが、初めてこの人たちの存在を私に教えてくれた、小山田商店(出光協賛…の項参照)の社長夫人、Y子さんの手紙を紹介しましょう。
「イーハトーブトライアル運営実行団の皆さまへ
本日、嬉しい手紙が届きました。去年お目にかかり、「追っかけさん」(お名前も分からず勝手にこうお呼びしていた今年のプログラム《輝く笑顔に会えるから》に掲載の人)に、やっとの思いで今年もお目にかかり、住所をお聞きし去年のお写真をお送りしたことに対してのお手紙でした。
ご自分はライダーではありません。しかし毎年ご近所の子供たち、お友達、ご主人方とおそろいのバンダナとTシャツで応援に徹しての参加です。
何がここまで?と私はいつも不思議に思うのです。子供にいい経験をさせたいから?お友達といい夏遊びをしたいから?旦那様と趣味が同じ?彼らの二日間の行動を見る時、楽しみながら燃えている心が、何もしていない私どもに伝わり、彼らを見ているだけで感動します。
ライダーに対する応援はもちろんのこと、そのシーンを見ている私どもも口では言い表せない心と人間性を学ばされます。
実行団の方々の数多くのご苦労には例年頭が下がる思いで感謝と感激はしているのですが、こういう表に出ない熱いスタッフもたくさんいることを、どうぞ実行団の皆さまのお力に添えてやって下さい。
そして、その見えないスタッフを応援している我々ミーハーも力んでいることを…ちょっぴり付け加えましょう。若々しい、いい笑顔で、岩手はやっぱりイーハトーブ!
実行団の皆さま、本当にお疲れさまでした。 小山田 Y子」
そして、それにそえられていたのが、「トマト娘さん」の手紙でした。
「大イベントイーハトーブトライアルも終わり、私の燃える夏が終わりました。
たくさんのライダーとお話できたことは、私の宝物として心に残ってます。
反省会もしながら、もう来年のイーハトーブに想いを寄せてもおります。
このビッグイベントを、名前だけは知っておりましたが、3、4年前に実際目の当たりにして、夏は絶対これだと勝手に決めつけ、近所の有志=バガッコ(万註:馬鹿な子だけどかわいい…という意味)を連れ出し、田山、長者前で水とミニトマト、キャンディをライダーに心を込めてお渡ししております。
彼、彼女たちのアクティブな姿に来年のここでの逢瀬を約束し、私たちの熱い真夏が終わるのです。古希を迎えたライダートリオとも米寿まで見届けてやると約束しましたので、ずっと見守りたいと思っている、三度目の成人式を迎える私です。今年の匠クンとの記念写真は出来次第お送りします。
追伸:男心(女心)と秋の空、気まぐれな天気が続きますこの頃です。どうぞご自愛のほど。
イーハトーブならぬミーハートーブ 渡辺T子

…と、まあ、こんなに熱心に出光イーハトーブトライアルを応援することを楽しみにしている人々がいるなんて、本当に嬉しいことです。
考えてみれば、野球だって、サッカーだって、自分はプレイしないけど応援することによって、見るだけでなく参加している人々がいるのですから、トライアルに「トマト娘さん」がもっと増えてもいいわけですね。
「クラシック」のライダーならみんな覚えていますが、普代村に入って間もない山里の道路端でライダーが通るたびに太鼓を叩いて応援してくれたおじいさんがいました。
いつのころからか見えないと思ったら亡くなっていたのですが、後日、そのお孫さんがおじいさんの気持ちを代弁して「何かできることでライダーを応援したいと思ったのが太鼓…」だったそうで、みんなでジーンときたものでした。
どんなかたちであれ、遠巻きに見ているより、参加することでいっそう楽しみが増すというものです。
そいういう意味でも、イーハトーブの観客は一流だと、つくづく私は思います。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
77年に第1回大会が開催されたとき、「歓迎イーハトーブトライアル」の横断幕を掲げてライダーたちを感激させてくれて普代村では、河川のセクションを見下ろすように橋の上に地元観客が鈴なりでした。
おりしも、トップをキープしていたライダーが、観客の前で川を横断している最中にエンスト!当時はポイント点火だったので、クランクケーズカバーから水が浸入するとあっけなくエンストしたものでした。
その瞬間、観客からは期せずして「あー!」というため息が…!
初めて見るトライアルなのに、トップ争いをしているライダーに、村人が感情移入しながら観戦していることに、私のほうが感動してしまいました。
創成期のイーハトーブトライアルに参加した人なら覚えていると思いますが、行く先々の小さな村でたくさんの(当時はいたんです)子供たちが紙ふぶきを撒いて歓迎してくれたこと!
それも、不思議なことに険しい山々を越えた別の村の子供たちも同じことをするんです。
後年、その紙ふぶきを撒いた子、いや、そのときはりっぱな大人になってましたが、聞いてみたところ他の地域と連絡を取り合ったことはないと言うことだったので、あれは自然発生的なものだったんですね。
さらに、その当時から今でも「シールちょうだい!」という子がいっぱいいたので、参加ライダーは日頃からいろんなステッカーをため込んで、大会当日に子供たちに配るのです。これが楽しみで、地元の子はコレクションを毎年増やしていたようです。
おなじちょうだいでも、「サイン下さい…」と、ノートをおずおず差し出す子もけっこうたくさんいたものです。いまでは少なくなりましたが、じつはこれがいちばんライダー心理をくすぐるのじゃないでしょうか?
だって、ふつうのおじさんが「サイン下さい!」と言われる機会は、そうめったにあるもんじゃないですから。
差し出されたノートには、ゼッケン番号と名前、中にはていねいに住所と電話番号が書いてあるものもありました。
そして、子供があとから葉書を出して、ライダーとの文通が始まり、その女の子が20歳になったときに初めてライダーと対面したこともありました。この感動的な場面はテレビ岩手の1時間番組で放送され、大反響を巻き起こした(たぶん…)ものです。
ちなみに、その女性、いまではりっぱなお母さんとなり、その子がまた手を振ってくれています。こういうシーンに出光イーハトーブトライアル30年の歴史がしみじjみ実感できるわけです。
さて、地元の人といっても、もっと広い意味での地元、つまり広い岩手県の他の地域からわざわざ毎年観戦…ではなく、応援に駆けつけることを楽しみにしている人々もいます。
「ネリ・ブドリ」クラスに参加しているライダーなら、「トマト娘さん」といえば「あー、俺も食べさせてもらった」と思い当たるでしょう。
路上に2家族の親子がずらりと並んで、かごにはいったミニトマトを、やってくるライダーたちの口に次々と放り込んでくれるのです。そして、そのトマトがことのほか甘いとか…
少し前の話になりますが、初めてこの人たちの存在を私に教えてくれた、小山田商店(出光協賛…の項参照)の社長夫人、Y子さんの手紙を紹介しましょう。
「イーハトーブトライアル運営実行団の皆さまへ
本日、嬉しい手紙が届きました。去年お目にかかり、「追っかけさん」(お名前も分からず勝手にこうお呼びしていた今年のプログラム《輝く笑顔に会えるから》に掲載の人)に、やっとの思いで今年もお目にかかり、住所をお聞きし去年のお写真をお送りしたことに対してのお手紙でした。
ご自分はライダーではありません。しかし毎年ご近所の子供たち、お友達、ご主人方とおそろいのバンダナとTシャツで応援に徹しての参加です。
何がここまで?と私はいつも不思議に思うのです。子供にいい経験をさせたいから?お友達といい夏遊びをしたいから?旦那様と趣味が同じ?彼らの二日間の行動を見る時、楽しみながら燃えている心が、何もしていない私どもに伝わり、彼らを見ているだけで感動します。
ライダーに対する応援はもちろんのこと、そのシーンを見ている私どもも口では言い表せない心と人間性を学ばされます。
実行団の方々の数多くのご苦労には例年頭が下がる思いで感謝と感激はしているのですが、こういう表に出ない熱いスタッフもたくさんいることを、どうぞ実行団の皆さまのお力に添えてやって下さい。
そして、その見えないスタッフを応援している我々ミーハーも力んでいることを…ちょっぴり付け加えましょう。若々しい、いい笑顔で、岩手はやっぱりイーハトーブ!
実行団の皆さま、本当にお疲れさまでした。 小山田 Y子」
そして、それにそえられていたのが、「トマト娘さん」の手紙でした。
「大イベントイーハトーブトライアルも終わり、私の燃える夏が終わりました。
たくさんのライダーとお話できたことは、私の宝物として心に残ってます。
反省会もしながら、もう来年のイーハトーブに想いを寄せてもおります。
このビッグイベントを、名前だけは知っておりましたが、3、4年前に実際目の当たりにして、夏は絶対これだと勝手に決めつけ、近所の有志=バガッコ(万註:馬鹿な子だけどかわいい…という意味)を連れ出し、田山、長者前で水とミニトマト、キャンディをライダーに心を込めてお渡ししております。
彼、彼女たちのアクティブな姿に来年のここでの逢瀬を約束し、私たちの熱い真夏が終わるのです。古希を迎えたライダートリオとも米寿まで見届けてやると約束しましたので、ずっと見守りたいと思っている、三度目の成人式を迎える私です。今年の匠クンとの記念写真は出来次第お送りします。
追伸:男心(女心)と秋の空、気まぐれな天気が続きますこの頃です。どうぞご自愛のほど。
イーハトーブならぬミーハートーブ 渡辺T子

…と、まあ、こんなに熱心に出光イーハトーブトライアルを応援することを楽しみにしている人々がいるなんて、本当に嬉しいことです。
考えてみれば、野球だって、サッカーだって、自分はプレイしないけど応援することによって、見るだけでなく参加している人々がいるのですから、トライアルに「トマト娘さん」がもっと増えてもいいわけですね。
「クラシック」のライダーならみんな覚えていますが、普代村に入って間もない山里の道路端でライダーが通るたびに太鼓を叩いて応援してくれたおじいさんがいました。
いつのころからか見えないと思ったら亡くなっていたのですが、後日、そのお孫さんがおじいさんの気持ちを代弁して「何かできることでライダーを応援したいと思ったのが太鼓…」だったそうで、みんなでジーンときたものでした。
どんなかたちであれ、遠巻きに見ているより、参加することでいっそう楽しみが増すというものです。
そいういう意味でも、イーハトーブの観客は一流だと、つくづく私は思います。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
