2006年03月17日
イーハトーブ地元協力は熱い!
出光イーハトーブトライアルは、「生活圏で行われるモータースポーツ」です。
それが30年も続けてこられた大きな理由は、絶大な地元の理解と協力があったからにほかなりません。
そもそも、この大会が始まった1977年ごろは、世間一般にはバイク=暴走族という図式でしか、マスコミに載ることはありませんでした。
だから、77年に日本人初のロードレース世界GPチャンプとなった片山敬済や、78年のモトクロス世界GPチャンプとなった渡辺明の偉業も、ニュースがテレビや新聞で取り上げられることはほとんどなかった時代だったのです。
そんなわけで、77年の第1回大会に参加した27人のトライアルライダーたちは、普代村(太平洋に面した小さな村で、一日目のゴール)の役場前にかかる橋に、「歓迎・イーハトーブトライアル」と書かれた手製の横断幕に大感激したものです。
それ以来、伝統的に…と言えるほど、普代村では「歓迎・イーハトーブトライアル」ののぼり旗が、村内のあちこちや、「クラシック」クラスの一日目最終セクションの普代浜に林立しているのです。
しかも、大会開始11年目から、普代浜では参加ライダーたちを歓迎するもてなしとして、イカポッポ(丸焼き)、豆腐田楽、普代村にんじんジュース、地元アイスミルク(クリームではない!)など、おいしいおやつがテントで大量に振舞われるのです。

じつはこれを楽しみに「クラシック」に参加しているライダーたちも多数いるほどです。食べ過ぎると普代村営国民宿舎「くろさき荘」での夕食が入らないはずなのですが、「食べられない…」というライダーはあまり聞いたことがなく、みんな見事に平らげて、にぎやかに歓談しています。
その「くろさき荘」には、大会開始以来ずっとお世話になり続けているわけですが、ここの協力ぶりもたいしたもんです。
なにしろ、トライアル大会は天候に関係なく開催されますから、雨の日はライダー全員が合羽を脱ぎ、びしょぬれのブーツを脱いて乾かしたいのです。でも「くろさき荘」はちゃんと大きなスペースに、ブーツを並べるためにシートをしいて、ロープを張って合羽をつるす準備をしてくれています。
また、普代村の中学校からは、地元に伝わる神楽を舞うチームが毎回「くろさき荘」にやってきて、ライダーたちを楽しませてくれます。
これらはすべて村長のはからいですが、この舞に感激して大会後すぐに家族全員を連れて横浜から普代村の秋祭りに戻ってきたライダーもいるほどです。そのことにまた村長は大感激して…というぐあいに、普代村の存在は「クラシック」の第二の拠点とも言えるほど重要なのです。
2日間で往復約350キロもの長丁場を走る「クラシック」では、コースが通過する12町村(年により変化)の役場に呼びかけて「出光イーハトーブトライアル町村会議」を毎年開催してきました。
町村合併により、町村の数は減りましたが、地元の熱い歓迎ぶりはテレビ番組にかならず映ることもあり、各町村の歓迎体制はいささかもゆるぎません。
たとえば最大の観客数(約500人)を集める岩手町の北緯40度公園では、観客をあてこんだ業者の出店も出たり、国道から公園までの取りつけ道路が駐車でいっぱいになるので、その整理にパトカーが待機しているほどの人気セクション、「北緯40度公園ヒルクライム」があります。(斜度も40度くらいありそう?)
公園の駐車場には岩手町役場が歓迎のもてなしを行うテントが張られ、特産のブルーベリージュースや、篤志家の農家、三浦さんが毎年差し入れてくれるゆでたてのとうもろこしが山と用意されています。
そして、整然とクルマで埋め尽くされてた駐車場の最前列には、急斜面を見上げる観客、それも幼児から老人まであらゆる年齢層の人々が境界線にそってビッシリ座りこんでいるのです。それも、ある種、期待を込めた表情で…。
大観衆の見守る中でライダーたちは次々と急斜面に挑むのですが、うまくいかないとたちまちバイクがサオ立ちになって大転落したり、単に停止しただけでも重力に勝てず人車ともに転がり落ちてゆくのです。
そのつど「あー」「おおーっ!」と観客の声があがりますが、土の斜面なので人車ともに見た目ほどにダメージはありません。
うまく登りきるとちゃんと観客の間から拍手が沸き起こり、降りてきたライダーには岩手町特産品が記念に渡されたりもします。そう、イーハトーブの地元民はトライアル観戦にかけては一流なのです。
なにしろ、場所よっては30年間もトライアルを見続けている人々もいるのですから、ライダーがセクションに入ったとたんに「あー、あいっつぁー、うめぐねな…」(あいつはうまくないな)と、瞬時に腕前を見抜き、周りの人々に解説するおじいさんがいたりするのですから…!
さて、出光イーハトーブトライアルのスタート地点はいままで安代町だったのが、05年秋に3町村の合併があり、八幡平市になりました。
「クラシック」がスタートする田代平(たしろたい)の緑の芝生にデンと設置されたスタート台は、旧安代町の寄贈でしたが、さすがに11年経って作りなおす必要が出てきたので、今回は八幡平市となって初の、そして出光イーハトーブトライアル30周年記念大会という節目の年でもあるため、全面的に八幡平市が作り直してくれることになりました。
大会の行われる8月は旧安代町の特産であるりんどうの花が真っ盛りでもあり、スタート台にもりんどうがいっぱい飾られることになりそうです。あ、そこに費用が取られるからといって、旧安代町が参加ライダーをもてなしてくれていた安比アイスクリームが無くなるようなことは(たぶん)ありませんので、御心配なく!
では、今回はこの辺で。次回、お楽しみに!
それが30年も続けてこられた大きな理由は、絶大な地元の理解と協力があったからにほかなりません。
そもそも、この大会が始まった1977年ごろは、世間一般にはバイク=暴走族という図式でしか、マスコミに載ることはありませんでした。
だから、77年に日本人初のロードレース世界GPチャンプとなった片山敬済や、78年のモトクロス世界GPチャンプとなった渡辺明の偉業も、ニュースがテレビや新聞で取り上げられることはほとんどなかった時代だったのです。
そんなわけで、77年の第1回大会に参加した27人のトライアルライダーたちは、普代村(太平洋に面した小さな村で、一日目のゴール)の役場前にかかる橋に、「歓迎・イーハトーブトライアル」と書かれた手製の横断幕に大感激したものです。
それ以来、伝統的に…と言えるほど、普代村では「歓迎・イーハトーブトライアル」ののぼり旗が、村内のあちこちや、「クラシック」クラスの一日目最終セクションの普代浜に林立しているのです。
しかも、大会開始11年目から、普代浜では参加ライダーたちを歓迎するもてなしとして、イカポッポ(丸焼き)、豆腐田楽、普代村にんじんジュース、地元アイスミルク(クリームではない!)など、おいしいおやつがテントで大量に振舞われるのです。

じつはこれを楽しみに「クラシック」に参加しているライダーたちも多数いるほどです。食べ過ぎると普代村営国民宿舎「くろさき荘」での夕食が入らないはずなのですが、「食べられない…」というライダーはあまり聞いたことがなく、みんな見事に平らげて、にぎやかに歓談しています。
その「くろさき荘」には、大会開始以来ずっとお世話になり続けているわけですが、ここの協力ぶりもたいしたもんです。
なにしろ、トライアル大会は天候に関係なく開催されますから、雨の日はライダー全員が合羽を脱ぎ、びしょぬれのブーツを脱いて乾かしたいのです。でも「くろさき荘」はちゃんと大きなスペースに、ブーツを並べるためにシートをしいて、ロープを張って合羽をつるす準備をしてくれています。
また、普代村の中学校からは、地元に伝わる神楽を舞うチームが毎回「くろさき荘」にやってきて、ライダーたちを楽しませてくれます。
これらはすべて村長のはからいですが、この舞に感激して大会後すぐに家族全員を連れて横浜から普代村の秋祭りに戻ってきたライダーもいるほどです。そのことにまた村長は大感激して…というぐあいに、普代村の存在は「クラシック」の第二の拠点とも言えるほど重要なのです。
2日間で往復約350キロもの長丁場を走る「クラシック」では、コースが通過する12町村(年により変化)の役場に呼びかけて「出光イーハトーブトライアル町村会議」を毎年開催してきました。
町村合併により、町村の数は減りましたが、地元の熱い歓迎ぶりはテレビ番組にかならず映ることもあり、各町村の歓迎体制はいささかもゆるぎません。
たとえば最大の観客数(約500人)を集める岩手町の北緯40度公園では、観客をあてこんだ業者の出店も出たり、国道から公園までの取りつけ道路が駐車でいっぱいになるので、その整理にパトカーが待機しているほどの人気セクション、「北緯40度公園ヒルクライム」があります。(斜度も40度くらいありそう?)
公園の駐車場には岩手町役場が歓迎のもてなしを行うテントが張られ、特産のブルーベリージュースや、篤志家の農家、三浦さんが毎年差し入れてくれるゆでたてのとうもろこしが山と用意されています。
そして、整然とクルマで埋め尽くされてた駐車場の最前列には、急斜面を見上げる観客、それも幼児から老人まであらゆる年齢層の人々が境界線にそってビッシリ座りこんでいるのです。それも、ある種、期待を込めた表情で…。
大観衆の見守る中でライダーたちは次々と急斜面に挑むのですが、うまくいかないとたちまちバイクがサオ立ちになって大転落したり、単に停止しただけでも重力に勝てず人車ともに転がり落ちてゆくのです。
そのつど「あー」「おおーっ!」と観客の声があがりますが、土の斜面なので人車ともに見た目ほどにダメージはありません。
うまく登りきるとちゃんと観客の間から拍手が沸き起こり、降りてきたライダーには岩手町特産品が記念に渡されたりもします。そう、イーハトーブの地元民はトライアル観戦にかけては一流なのです。
なにしろ、場所よっては30年間もトライアルを見続けている人々もいるのですから、ライダーがセクションに入ったとたんに「あー、あいっつぁー、うめぐねな…」(あいつはうまくないな)と、瞬時に腕前を見抜き、周りの人々に解説するおじいさんがいたりするのですから…!
さて、出光イーハトーブトライアルのスタート地点はいままで安代町だったのが、05年秋に3町村の合併があり、八幡平市になりました。
「クラシック」がスタートする田代平(たしろたい)の緑の芝生にデンと設置されたスタート台は、旧安代町の寄贈でしたが、さすがに11年経って作りなおす必要が出てきたので、今回は八幡平市となって初の、そして出光イーハトーブトライアル30周年記念大会という節目の年でもあるため、全面的に八幡平市が作り直してくれることになりました。
大会の行われる8月は旧安代町の特産であるりんどうの花が真っ盛りでもあり、スタート台にもりんどうがいっぱい飾られることになりそうです。あ、そこに費用が取られるからといって、旧安代町が参加ライダーをもてなしてくれていた安比アイスクリームが無くなるようなことは(たぶん)ありませんので、御心配なく!
では、今回はこの辺で。次回、お楽しみに!
