2008年04月27日
菅生のプレイーハトーブに行こう!
雪がとけたらブログ再開…なんて思っていたらこんな時期になってしまいました!サボっていてゴメン!
さて、今年の第32回出光イーハトーブトライアルについて、最初に書くべきは5月10、11日に宮城県のスポーツランド菅生で開催されるプレイーハトーブトライアルイベント、「出光イーハトーブトライアルに行こう」のことです。

今回で早くも3回目になるこのプレイベント、結論から先に言うと、参加しないと損?というほど費用対効果が大きいスクールイベントなのです。
バイクの世界の中でもトライアルは、知名度はそこそこあるものの、トライアルライダーの実数で言えばあまり多いとは言えません。
その大きな理由は、バイクが専用車種でなければトライアルのマネごとすらできない・・・という車両の特殊性にあります。
また、もうひとつの理由は、トライアルのテクニックが普段の走り方とはかなり違う点にあります。
つまり、トライアルをやってみたくても、トライアルバイクがあり、トライアルテクニックを教えてもらえる人がいないと、なかなか個人的情熱と努力(昔の人たちはすべてこれ!)だけでは始められないものです。
ところが、「出光イーハトーブトライアルに行こう!」では、会場に行きさえすれば、トライアルバイクのレンタルがあり、あこがれの超一流ライダーが手取り足取りおんぶに抱っこ状態で教えてくれるという、まさに夢のような仕立てなのです!

ちなみに、今回は黒山健一選手、野崎史高選手、そして伊藤敦志さんの3人ですが、黒山選手は一昨年の全日本チャンプ(昨年は2位)、野崎選手は全日本3位で、二人とも今年のチャンピオンをねらっている現役のトップライダーです。

そして伊藤敦志さんも元全日本チャンプですから、いまどきこんな贅沢な内容のスクールは他にありません!
詳しいことは下記サイトを読んで欲しいのですが、今年はさらに「出光イーハトーブトレイルツアーに行こう!」という、新しいクラスが加わりました。
http://www.sukaheru.net/~ihatove/
文字通り、出光イーハトーブトレイルツアーに参加するための、初心者向けトレーニングクラスなので、オフロード未経験者にとっては、初級向けトライアルよりもっと敷居が低いわけです。
こちらの講師はヤマハの木村治男さんです。

木村さんは、当日のレンタルバイクでもあるフランスのスコルパTY-S125F(ヤマハ製エンジン搭載)の開発をはじめ、歴代のヤマハトライアルバイクの開発や企画にかかわっています。そうそう、この人も第一回全日本チャンプなのです。ちなみに私、万澤はそのとき全日本3位でした。え?だれも聞いてない?失礼しました(笑)
プレイーハトーブは土、日の二日間開催で、一日だけ、または両日参加も可能です。講師を囲んでの夜のパーティやトークショウを楽しめる両日参加は、上達の度合いが大きいこともあって、私としてはぜひ二日続けての受講をお勧めします。申し込みはまだ間に合いますから、スポーツランド菅生にさっそくメールしてみてはいかがでしょう?
SUGO スポーツクラブ
Tel:0224-83-3127 Fax:0224-83-3697
E-mail:mstwo@sportsland-sugo.jp
さて、今年の第32回出光イーハトーブトライアルについて、最初に書くべきは5月10、11日に宮城県のスポーツランド菅生で開催されるプレイーハトーブトライアルイベント、「出光イーハトーブトライアルに行こう」のことです。

今回で早くも3回目になるこのプレイベント、結論から先に言うと、参加しないと損?というほど費用対効果が大きいスクールイベントなのです。
バイクの世界の中でもトライアルは、知名度はそこそこあるものの、トライアルライダーの実数で言えばあまり多いとは言えません。
その大きな理由は、バイクが専用車種でなければトライアルのマネごとすらできない・・・という車両の特殊性にあります。
また、もうひとつの理由は、トライアルのテクニックが普段の走り方とはかなり違う点にあります。
つまり、トライアルをやってみたくても、トライアルバイクがあり、トライアルテクニックを教えてもらえる人がいないと、なかなか個人的情熱と努力(昔の人たちはすべてこれ!)だけでは始められないものです。
ところが、「出光イーハトーブトライアルに行こう!」では、会場に行きさえすれば、トライアルバイクのレンタルがあり、あこがれの超一流ライダーが手取り足取りおんぶに抱っこ状態で教えてくれるという、まさに夢のような仕立てなのです!

ちなみに、今回は黒山健一選手、野崎史高選手、そして伊藤敦志さんの3人ですが、黒山選手は一昨年の全日本チャンプ(昨年は2位)、野崎選手は全日本3位で、二人とも今年のチャンピオンをねらっている現役のトップライダーです。

そして伊藤敦志さんも元全日本チャンプですから、いまどきこんな贅沢な内容のスクールは他にありません!
詳しいことは下記サイトを読んで欲しいのですが、今年はさらに「出光イーハトーブトレイルツアーに行こう!」という、新しいクラスが加わりました。
http://www.sukaheru.net/~ihatove/
文字通り、出光イーハトーブトレイルツアーに参加するための、初心者向けトレーニングクラスなので、オフロード未経験者にとっては、初級向けトライアルよりもっと敷居が低いわけです。
こちらの講師はヤマハの木村治男さんです。

木村さんは、当日のレンタルバイクでもあるフランスのスコルパTY-S125F(ヤマハ製エンジン搭載)の開発をはじめ、歴代のヤマハトライアルバイクの開発や企画にかかわっています。そうそう、この人も第一回全日本チャンプなのです。ちなみに私、万澤はそのとき全日本3位でした。え?だれも聞いてない?失礼しました(笑)
プレイーハトーブは土、日の二日間開催で、一日だけ、または両日参加も可能です。講師を囲んでの夜のパーティやトークショウを楽しめる両日参加は、上達の度合いが大きいこともあって、私としてはぜひ二日続けての受講をお勧めします。申し込みはまだ間に合いますから、スポーツランド菅生にさっそくメールしてみてはいかがでしょう?
SUGO スポーツクラブ
Tel:0224-83-3127 Fax:0224-83-3697
E-mail:mstwo@sportsland-sugo.jp
2007年09月02日
成田兄弟の大活躍
第31回出光イーハトーブトライアル大会終了から1週間がたち、あれこれ振り返るとブログに書くべきことの多い大会だったという気がします。そこで今回はもっとも嬉しかったことから。
嬉しかったことはいろいろあるのですが、一番は匠君、亮君の兄弟での活躍です。言わずと知れた大会副会長、成田省造さんの息子たちですから、イーハトーブトライアルが出来る前から、正確に言えば31年前に下見で岩手を訪れたときからの、正真正銘イーハトーブトライアル創始メンバーとも言えます。
今回、匠君には実行団員としてトレイルツアーガイド役をしてもらいました。亮君は参加者としてクラシックに3人の友人たちを連れてきて、4人で走りました。
匠君には、これまでも大会ゲストライダーとして参加者といっしょに走ったり、その後は各地で華麗な技を披露する初代デモンストレーターとしても大活躍してもらいました。それが今回はトレイルツアーのガイドですから、いままでとは大いに違う役割です。

参加者から見れば、現役トップライダーである匠君といっしょに走れるのは大きな喜びだったと思いますし、匠君ならではのそういう役割ももちろん折込ずみでしたが、じつはもう一歩踏み込んだ意味があって、他の二人の実行団員とともにガイド役をやってもらいました。
そもそもトレイルツアーは、トライアルをやってみたいけどトライアルバイクはもっていない人、あるいはクラシックトライアルの、山から海へ往復する全長400Km、標高差1000mの、雄大で美しいコースのいいとこ取りをしたい人を対象とするだけに、参加者は上手なライダーばかりではありません。
一般的に言えば、乗るのが上手なライダーはメカニズムにもある程度以上は精通しているし、状況判断も的確であることが多いのですが、初心者ライダー、あるいは上手ではないライダーは、まったくその反対であることが多いのです。平たく言えば、そういうツアーのガイド役はあれこれ大変なことが予想されるからこそ、あえて匠君にやってもらいたかったのです。
実際、今回のトレイルツアーでは、バンクやガス欠や、ここにかけないことも含め、いろんなハプニングがあり、それらを見事に乗り越え、なんとか無事に七時雨山荘に戻ってきた匠君のコメントは「今回は自分の力不足をいやというほど感じました」というものでした。これでいかに彼が謙虚で、賢く、責任感あふれる人間かがわかると思います。
匠君が普段接しているライダー仲間は、一言いえばその意味を正確に理解できる人たちばかりのはずです。しかし「給油しておいてね」と言っても、その重要性も岩手の広さも理解していない人たちは給油しないまま走り出してしまうので、本来なら起こるはずのないガス欠が起きたりするわけです。しかし、そういう人たちを上手にガイドすることこそがプロの仕事であり、実力でもあるということを、匠君は実感したわけです。大変だった今回の経験によって、匠君はプロライダーとして一段と深く成長したのだろうと思います。
さて、亮君がつれてきたライダーたちは、このところ高齢化の一途をたどっていたクラシックの平均年齢を下げただけでなく、低下してひさしい全体のレベルを上げてくれました。

元国際A級だった松本さん、モトクロスライダーの長田さん、それにゲストライダーの桐島ローランドさんは、いずれも見るものをうならせるうまさと、あふれるガッツを披露してくれました。もちろん亮君自身も見事なライディングを見せてくれただけでなく、いつもにこやかに地元観客とのふれあいにつとめていたのが印象的でした。じつは亮君、子供の頃は人見知りするタイプだったので、あんなににこやかにいろんな人に話しかける姿を見てちょっと驚き、感心しました。きっと「トライアルの魅力を多くの人に伝えたい」という強い気持ちが彼を積極的にさせたのだと思います。
七時雨山荘に戻ってきた亮君たち4人組はさっそくテレビ岩手のインタビューを受け、明るく受け答えしていました。それが終わったとき、私は長田さんに初めてのイーハトーブの印象を聞くと彼は「景色が日本離れしてました!」と答えて私を喜ばせました。そして松本さんは「幸せ…どこへ行ってもそれしか思い浮かばないんです」と、これまた最高の表現で岩手の素晴らしさを語ってくれました。
これでお分かりのように、今回、亮君は彼の影響力を最大限に発揮して、仲間たちに岩手の素晴らしさを伝えてくれたのです。こうして成田兄弟の大活躍によって、出光イーハトーブトライアルの楽しさ、素晴らしさが若いライダーたちによってまた語り継がれ、広まってゆくのは本当に嬉しいことです。匠君、亮君、おつかれさまでした。
※成田亮君のブログに、今大会の感想が書いてありますのでぜひお読み下さい。
http://kidreturn.blogspot.com/
嬉しかったことはいろいろあるのですが、一番は匠君、亮君の兄弟での活躍です。言わずと知れた大会副会長、成田省造さんの息子たちですから、イーハトーブトライアルが出来る前から、正確に言えば31年前に下見で岩手を訪れたときからの、正真正銘イーハトーブトライアル創始メンバーとも言えます。
今回、匠君には実行団員としてトレイルツアーガイド役をしてもらいました。亮君は参加者としてクラシックに3人の友人たちを連れてきて、4人で走りました。
匠君には、これまでも大会ゲストライダーとして参加者といっしょに走ったり、その後は各地で華麗な技を披露する初代デモンストレーターとしても大活躍してもらいました。それが今回はトレイルツアーのガイドですから、いままでとは大いに違う役割です。

参加者から見れば、現役トップライダーである匠君といっしょに走れるのは大きな喜びだったと思いますし、匠君ならではのそういう役割ももちろん折込ずみでしたが、じつはもう一歩踏み込んだ意味があって、他の二人の実行団員とともにガイド役をやってもらいました。
そもそもトレイルツアーは、トライアルをやってみたいけどトライアルバイクはもっていない人、あるいはクラシックトライアルの、山から海へ往復する全長400Km、標高差1000mの、雄大で美しいコースのいいとこ取りをしたい人を対象とするだけに、参加者は上手なライダーばかりではありません。
一般的に言えば、乗るのが上手なライダーはメカニズムにもある程度以上は精通しているし、状況判断も的確であることが多いのですが、初心者ライダー、あるいは上手ではないライダーは、まったくその反対であることが多いのです。平たく言えば、そういうツアーのガイド役はあれこれ大変なことが予想されるからこそ、あえて匠君にやってもらいたかったのです。
実際、今回のトレイルツアーでは、バンクやガス欠や、ここにかけないことも含め、いろんなハプニングがあり、それらを見事に乗り越え、なんとか無事に七時雨山荘に戻ってきた匠君のコメントは「今回は自分の力不足をいやというほど感じました」というものでした。これでいかに彼が謙虚で、賢く、責任感あふれる人間かがわかると思います。
匠君が普段接しているライダー仲間は、一言いえばその意味を正確に理解できる人たちばかりのはずです。しかし「給油しておいてね」と言っても、その重要性も岩手の広さも理解していない人たちは給油しないまま走り出してしまうので、本来なら起こるはずのないガス欠が起きたりするわけです。しかし、そういう人たちを上手にガイドすることこそがプロの仕事であり、実力でもあるということを、匠君は実感したわけです。大変だった今回の経験によって、匠君はプロライダーとして一段と深く成長したのだろうと思います。
さて、亮君がつれてきたライダーたちは、このところ高齢化の一途をたどっていたクラシックの平均年齢を下げただけでなく、低下してひさしい全体のレベルを上げてくれました。

元国際A級だった松本さん、モトクロスライダーの長田さん、それにゲストライダーの桐島ローランドさんは、いずれも見るものをうならせるうまさと、あふれるガッツを披露してくれました。もちろん亮君自身も見事なライディングを見せてくれただけでなく、いつもにこやかに地元観客とのふれあいにつとめていたのが印象的でした。じつは亮君、子供の頃は人見知りするタイプだったので、あんなににこやかにいろんな人に話しかける姿を見てちょっと驚き、感心しました。きっと「トライアルの魅力を多くの人に伝えたい」という強い気持ちが彼を積極的にさせたのだと思います。
七時雨山荘に戻ってきた亮君たち4人組はさっそくテレビ岩手のインタビューを受け、明るく受け答えしていました。それが終わったとき、私は長田さんに初めてのイーハトーブの印象を聞くと彼は「景色が日本離れしてました!」と答えて私を喜ばせました。そして松本さんは「幸せ…どこへ行ってもそれしか思い浮かばないんです」と、これまた最高の表現で岩手の素晴らしさを語ってくれました。
これでお分かりのように、今回、亮君は彼の影響力を最大限に発揮して、仲間たちに岩手の素晴らしさを伝えてくれたのです。こうして成田兄弟の大活躍によって、出光イーハトーブトライアルの楽しさ、素晴らしさが若いライダーたちによってまた語り継がれ、広まってゆくのは本当に嬉しいことです。匠君、亮君、おつかれさまでした。
※成田亮君のブログに、今大会の感想が書いてありますのでぜひお読み下さい。
http://kidreturn.blogspot.com/
2007年08月16日
500円の部品で、10万円の損失!?
出光イーハトーブトライアルの準備は7月半ばに入るとアクセル全開モードです。8月ともなれば毎週土日は必ず何かの作業が入ります。この日は土日でクラシックコース全体チェックの日でしたが、あいにく私は仕事の都合であとから一人でみんなのあとを追う形になりました。七時雨山荘を出たのがすでに夕方近くになっていたので、ひたすら普代浜を目指して走っていたときのこと。
安家元村を過ぎ、安家川ぞいにある寅林のセクションのそばを通りかかったとき、「待てよ、ここのラインを草刈のときに自分で変えたのだから、一応走っておこう」という気になったのです。
昨年は単に岩場を登って右にターンするだけだった(とはいっても易しくなかった)のを、違う場所からS字を描いて登るかたちにしたものだから、非常にテクニカルで面白い(難しい)セクションになっています。
そこを登って左ターンに入ったときに、落ち葉に隠れた岩が後輪を捕らえて一瞬停止してしまいました。再スタートしたとたん「ガツッ!」と音がして駆動力が無くなった…。いやな予感とともに下をのぞくと、ダラリとチェーンが地面にのびています。よく見るとコマ(ジョイント)が影も形もなくなっています。岩場でバックしたときにクリップがはずれてしまったのでしょう。あいにく予備のコマは持っていなかったので完全にお手上げです。(以前、タンクキャップのゴムホースに通して持っていたが、いつの間にか無くなっていた…)

岩手の山の中、というより谷の中はほとんど携帯電話の圏外なので、先にくろさき荘に着いているはずの実行団員に連絡のつけようもありません。すぐに頭を切り替えてヒッチハイクでくろさき荘に行くことにしました。バイクをセクションわきの林の中に置き、海方向に来るクルマを待ちます。とにかく電話がつながる海岸地帯まで乗せてもらえば、そこからは電話で伴走車を迎えによこしてもらえるというわけです。(バイクでのクラシック全コース下見の際は給油の都合もあり、毎回伴走車がついている)

道路わきでしばらくの間クルマを待ちますが、安家元村の住人らしき人がたまに山方向に走ってくるものの、午後5時に海方向に向かうクルマはありません。しかし、いっこうに不安な気持ちにはなりませんでした。むしろ、困った状況を楽しむとでも言えばいいか、いつもと違う状況や、その後の展開が楽しみにさえなるのです。それに「30分以内で誰かに乗せてもらえる…」と、はじめから確信めいた気持ちがあるので気分は明るいままです。そしてついに25分経ったときに海方向にハイエースが向かってきました。手を振って停まってもらい、事情を話すとすぐに乗せてもらえました。聞けば元高校教師の方で定年後は好きな釣り三昧ということで、安家川がいかに素晴らしい川だったかという話で盛り上がりました。過去形で語ったのは、安家川の河口、下安家にはウライと呼ばれるコンクリート製の捕獲装置が平成5年に作られ、それ以降、鮭やマスがそこで捕獲され、上流に遡上できない仕組みになってしまったからです。(詳しくは下記参照)
http://homepage3.nifty.com/iwate-la/iwatela5,1,03.htm
そんな話をしているうちに下安家の国道45号腺に出たので、降ろしてもらうつもりでいたら、「くろさき荘まで送りますよ」とありがたいお心づかい。おかげさまで、走行不能から約1時間あまりでくろさき荘に到着できたが、ほかにお礼のしようもないので、少しばかりの現金を燃料代として差し上げました。ホントに岩手の人は親切だなぁと、あらためて感じました。
さて、ここで語るべきは走行不能になった原因が、チェーンのコマを持っていなかったことです。コマ自体は、トライアル車のサイズ(私のは520)なら500円でおつりがくる値段です。

しかし、持ってなければこのようにリタイアするしかありません。仮に私が東京から参加したライダーだとしたら、大会をリタイアすることによる損失は、ざっと金額に換算できるものだけで約10万円にもなるのです。金額に換えられない損失も含めると、じつに大変なことです。
…というわけで、チェーンのコマ、いまのうちに準備しておきましょう!
安家元村を過ぎ、安家川ぞいにある寅林のセクションのそばを通りかかったとき、「待てよ、ここのラインを草刈のときに自分で変えたのだから、一応走っておこう」という気になったのです。
昨年は単に岩場を登って右にターンするだけだった(とはいっても易しくなかった)のを、違う場所からS字を描いて登るかたちにしたものだから、非常にテクニカルで面白い(難しい)セクションになっています。
そこを登って左ターンに入ったときに、落ち葉に隠れた岩が後輪を捕らえて一瞬停止してしまいました。再スタートしたとたん「ガツッ!」と音がして駆動力が無くなった…。いやな予感とともに下をのぞくと、ダラリとチェーンが地面にのびています。よく見るとコマ(ジョイント)が影も形もなくなっています。岩場でバックしたときにクリップがはずれてしまったのでしょう。あいにく予備のコマは持っていなかったので完全にお手上げです。(以前、タンクキャップのゴムホースに通して持っていたが、いつの間にか無くなっていた…)

岩手の山の中、というより谷の中はほとんど携帯電話の圏外なので、先にくろさき荘に着いているはずの実行団員に連絡のつけようもありません。すぐに頭を切り替えてヒッチハイクでくろさき荘に行くことにしました。バイクをセクションわきの林の中に置き、海方向に来るクルマを待ちます。とにかく電話がつながる海岸地帯まで乗せてもらえば、そこからは電話で伴走車を迎えによこしてもらえるというわけです。(バイクでのクラシック全コース下見の際は給油の都合もあり、毎回伴走車がついている)

道路わきでしばらくの間クルマを待ちますが、安家元村の住人らしき人がたまに山方向に走ってくるものの、午後5時に海方向に向かうクルマはありません。しかし、いっこうに不安な気持ちにはなりませんでした。むしろ、困った状況を楽しむとでも言えばいいか、いつもと違う状況や、その後の展開が楽しみにさえなるのです。それに「30分以内で誰かに乗せてもらえる…」と、はじめから確信めいた気持ちがあるので気分は明るいままです。そしてついに25分経ったときに海方向にハイエースが向かってきました。手を振って停まってもらい、事情を話すとすぐに乗せてもらえました。聞けば元高校教師の方で定年後は好きな釣り三昧ということで、安家川がいかに素晴らしい川だったかという話で盛り上がりました。過去形で語ったのは、安家川の河口、下安家にはウライと呼ばれるコンクリート製の捕獲装置が平成5年に作られ、それ以降、鮭やマスがそこで捕獲され、上流に遡上できない仕組みになってしまったからです。(詳しくは下記参照)
http://homepage3.nifty.com/iwate-la/iwatela5,1,03.htm
そんな話をしているうちに下安家の国道45号腺に出たので、降ろしてもらうつもりでいたら、「くろさき荘まで送りますよ」とありがたいお心づかい。おかげさまで、走行不能から約1時間あまりでくろさき荘に到着できたが、ほかにお礼のしようもないので、少しばかりの現金を燃料代として差し上げました。ホントに岩手の人は親切だなぁと、あらためて感じました。
さて、ここで語るべきは走行不能になった原因が、チェーンのコマを持っていなかったことです。コマ自体は、トライアル車のサイズ(私のは520)なら500円でおつりがくる値段です。

しかし、持ってなければこのようにリタイアするしかありません。仮に私が東京から参加したライダーだとしたら、大会をリタイアすることによる損失は、ざっと金額に換算できるものだけで約10万円にもなるのです。金額に換えられない損失も含めると、じつに大変なことです。
…というわけで、チェーンのコマ、いまのうちに準備しておきましょう!
2007年07月26日
ああ、草刈りの日々・・・
岩手の夏は短いのです。山の上の雪がほぼ消えて全コースが走れるようになるのは5月の連休ごろですから、すべての準備はそこから8月末までの、たった3ヶ月半で行わなければなりません。
山々が緑になり始めるのは5月の半ばですが、このころまでにコースの下見を行い、6月に入るとそろそろ草刈りが始まります。

ちなにみ、この最初の写真は6月5日の安比高原コース下見のようすですが、一月前は雪が残る茶色の山だったのです!そう、雪国の草や枝は雪が溶けたあとはものすごい勢いで伸びるのです。草や枝が伸びても走れないことはないのですが、路面の安全確認が難しくなり、顔に当たる枝をよけるため、速度が極端に落ちます。つまり大会の進行がスムーズに行くために草刈と枝払いは欠かせないのです。

というわけで、コースの下見・決定をスムーズに行うためには6月初旬までが勝負なのです。
その時期からはほとんど毎週のように草刈が行われます。二日間で350キロも走るクラシックコースは、当然山道区間も長いので、それはそれは大変な作業量です。しかし、家村団長以下実行団員たちはその大変さを楽しむかのように黙々と作業に打ち込み、作業していないときはごらんのようにはしゃぎまくります。実に不思議な性質の生き物です…

草刈には草刈機が必需品です。使い方を間違えば危険な道具ですが、うまく使えばこれほど素晴らしい道具はありません。草や笹はもちろん、枝はらいや潅木払いもできます。団員たちはほとんど全員がバイク乗りなので、危ないものを危なくないように使う知恵と技にたけていて、これまで作業で怪我をした者はいません。この写真を見ると心配になるかも知れませんが…

それはそうと、草刈は勝手にやってはいけません。私有地の場合は地主さんにお断りし、国有林の場合は申請を出して許可をもらってから行います。場所によっては私たちが草刈をすることによって登山コースの整備が(無料で!)できている区間もあるのです。
いくら機械を使うとは言え、草刈はかなりの重労働です。しかも平らなところをちょこっと刈るのではなく、アップダウンの激しい山道を延々と数キロにわたって刈ることもあります。そんなときの楽しみはなんといっても昼食です。景色の良い場所でおいしい特製弁当を食べると、「ああ、実行団員でよかった…」と思えるのです。(ホント?)

食事や休憩の時間は和むだけでなく、自然に団員の結束力を高めているようにも思えます。いっしょに汗を流して、振り返るときれいに草が刈られている…そんなわかりやすい達成感がお互いの満足の微笑みをもたらすようです。(解説が不自然…?)
さて、だれにでも初めてのことがありますが、草刈りも例外ではありません。たとえ女性であっても、一人前の実行団員として認められるためにも、草刈りの技を磨くことは必要です。この日、初めて草刈機を振り回すDさんは、草刈機の持ち方、防具のつけ方、安全な操作の仕方などを、大会会長の私からじきじきに伝授され、1時間後には立派な草刈り団員となっていました。

さあ、来年はアナタのためにたっぷり草を残しておきますから、ぜひ草刈団員に志願しましょう!
山々が緑になり始めるのは5月の半ばですが、このころまでにコースの下見を行い、6月に入るとそろそろ草刈りが始まります。

ちなにみ、この最初の写真は6月5日の安比高原コース下見のようすですが、一月前は雪が残る茶色の山だったのです!そう、雪国の草や枝は雪が溶けたあとはものすごい勢いで伸びるのです。草や枝が伸びても走れないことはないのですが、路面の安全確認が難しくなり、顔に当たる枝をよけるため、速度が極端に落ちます。つまり大会の進行がスムーズに行くために草刈と枝払いは欠かせないのです。

というわけで、コースの下見・決定をスムーズに行うためには6月初旬までが勝負なのです。
その時期からはほとんど毎週のように草刈が行われます。二日間で350キロも走るクラシックコースは、当然山道区間も長いので、それはそれは大変な作業量です。しかし、家村団長以下実行団員たちはその大変さを楽しむかのように黙々と作業に打ち込み、作業していないときはごらんのようにはしゃぎまくります。実に不思議な性質の生き物です…

草刈には草刈機が必需品です。使い方を間違えば危険な道具ですが、うまく使えばこれほど素晴らしい道具はありません。草や笹はもちろん、枝はらいや潅木払いもできます。団員たちはほとんど全員がバイク乗りなので、危ないものを危なくないように使う知恵と技にたけていて、これまで作業で怪我をした者はいません。この写真を見ると心配になるかも知れませんが…

それはそうと、草刈は勝手にやってはいけません。私有地の場合は地主さんにお断りし、国有林の場合は申請を出して許可をもらってから行います。場所によっては私たちが草刈をすることによって登山コースの整備が(無料で!)できている区間もあるのです。
いくら機械を使うとは言え、草刈はかなりの重労働です。しかも平らなところをちょこっと刈るのではなく、アップダウンの激しい山道を延々と数キロにわたって刈ることもあります。そんなときの楽しみはなんといっても昼食です。景色の良い場所でおいしい特製弁当を食べると、「ああ、実行団員でよかった…」と思えるのです。(ホント?)

食事や休憩の時間は和むだけでなく、自然に団員の結束力を高めているようにも思えます。いっしょに汗を流して、振り返るときれいに草が刈られている…そんなわかりやすい達成感がお互いの満足の微笑みをもたらすようです。(解説が不自然…?)

さて、だれにでも初めてのことがありますが、草刈りも例外ではありません。たとえ女性であっても、一人前の実行団員として認められるためにも、草刈りの技を磨くことは必要です。この日、初めて草刈機を振り回すDさんは、草刈機の持ち方、防具のつけ方、安全な操作の仕方などを、大会会長の私からじきじきに伝授され、1時間後には立派な草刈り団員となっていました。

さあ、来年はアナタのためにたっぷり草を残しておきますから、ぜひ草刈団員に志願しましょう!
2007年06月30日
トレイルツアーのコース設定
出光イーハトーブトライアルが始まった31年前から十数年前までは、現在のクラシッククラスのコースと大きく違う点がありました。それは七時雨山荘をスタートしてから岩手山の大きな眺望を楽しんで、さらに静かな岩洞湖のほとりを通過し、そこから葛巻方面に向かったコースの取り回し方です。
岩手山は南部富士とも呼ばれ、独立峰ではありませんが富士山のように裾野が広がって雄大な山でです。それが目の前にドーンと広がり、さらに左手には盛岡市街が一望できるすばらしいビューポイントがコースの一部だったのです。

しかし、今のクラシックはここへは来ていません。理由はここに来るまでの道路が、始まった当初はほとんど砂利道だったのに、今は100%舗装になってしまったからです。
しかし、ごらんのような雄大な眺めは岩手の魅力そのものなので、トレイルツアー開催初回の今年はぜひここ、天峰山(てんぽうざん)を回ろうということで、ガイドのT君と下見に来たわけです。
ただし、ここに来るまでのルートは以前のクラシックのコースどおりではありません。まったく別の道を、それも一部林道を通って岩洞湖に出たあと、ここまで同じ道を往復する形になります。それも時間が許せば…の条件つきになるかもしれません。ともかく、岩手らしさを実感できる素晴らしい場所だけに、できるだけ参加者に見てもらいたいと思っています。
ぜひ見せたいもうひとつの場所は岩洞湖です。ここも昔の参加者にはなつかしいでしょうが、クラシックで通らなくなってからすでに十数年たつので、いまは知らない参加者のほうが多いかもしれません。

写真ではその大きさがとても表現できませんが、しずかな湖畔の感じは汲み取ってもらえると思います。私たちが31年前にイーハトーブトライアルの開催を決断したのは、じつは天峰山からの雄大な眺めと、スコットランドを思わせる静かな岩洞湖があったからなのです!
…というわけで、トレイルツアーの下見はまだ続きますが、この魅力的なふたつの場所が、今回のツアーに組み込まれる見通しになっているということだけ、とりあえずお伝えしておきます。ちなみにもう定員の20名を超えていますが、定員拡大で対処する方針です。これを見て「やっぱりトレイルツアーに参加したい」と思った方は、出光イーハトーブトライアルのウェブサイトからお申し込み下さい。
あ、そうそう、今回は国際スーバーAの成田匠選手もガイド役で走りますよ。お楽しみに!
岩手山は南部富士とも呼ばれ、独立峰ではありませんが富士山のように裾野が広がって雄大な山でです。それが目の前にドーンと広がり、さらに左手には盛岡市街が一望できるすばらしいビューポイントがコースの一部だったのです。

しかし、今のクラシックはここへは来ていません。理由はここに来るまでの道路が、始まった当初はほとんど砂利道だったのに、今は100%舗装になってしまったからです。
しかし、ごらんのような雄大な眺めは岩手の魅力そのものなので、トレイルツアー開催初回の今年はぜひここ、天峰山(てんぽうざん)を回ろうということで、ガイドのT君と下見に来たわけです。
ただし、ここに来るまでのルートは以前のクラシックのコースどおりではありません。まったく別の道を、それも一部林道を通って岩洞湖に出たあと、ここまで同じ道を往復する形になります。それも時間が許せば…の条件つきになるかもしれません。ともかく、岩手らしさを実感できる素晴らしい場所だけに、できるだけ参加者に見てもらいたいと思っています。
ぜひ見せたいもうひとつの場所は岩洞湖です。ここも昔の参加者にはなつかしいでしょうが、クラシックで通らなくなってからすでに十数年たつので、いまは知らない参加者のほうが多いかもしれません。

写真ではその大きさがとても表現できませんが、しずかな湖畔の感じは汲み取ってもらえると思います。私たちが31年前にイーハトーブトライアルの開催を決断したのは、じつは天峰山からの雄大な眺めと、スコットランドを思わせる静かな岩洞湖があったからなのです!
…というわけで、トレイルツアーの下見はまだ続きますが、この魅力的なふたつの場所が、今回のツアーに組み込まれる見通しになっているということだけ、とりあえずお伝えしておきます。ちなみにもう定員の20名を超えていますが、定員拡大で対処する方針です。これを見て「やっぱりトレイルツアーに参加したい」と思った方は、出光イーハトーブトライアルのウェブサイトからお申し込み下さい。
あ、そうそう、今回は国際スーバーAの成田匠選手もガイド役で走りますよ。お楽しみに!
2007年05月31日
下見のたびに進化成長
いまの時期、日本のほとんどは初夏という感じになっていますが、ようやく岩手は遅ればせながらの初夏です。しかも5月の連休中に開催した「イーハトーブ春トライアル」では、まだ緑が里にしかなく、山の上には雪が残っていて、その上をバイクで走る場面もあったほどでした。

だから「5月なのに春トライアル?」と思うかもしれませんが、北岩手では本当に5月の連休が春なのです。北国の春は紅梅、山桜、梅など、花という花が待ちかねたようにが一度に咲くのですから。
で、話は5月の最終土日、26、27日のクラシックコース下見のこと。出光イーハトーブトライアルの幹ともいえる伝統の(クラシックの意味でもある)このクラスは、31年前に第一回イーハトーブトライアルを開催して以来、基本的に大きく変わらずに現在にいたります。内陸の高原、七時雨山荘のある田代平(たしろたい)を出発して、三陸海岸にある普代村くろさき荘に一泊し、翌日別のルートで田代平に戻る、全長約350キロのコースを、いつもこの時期に下見するのです。
これよりもっと早い時期に下見できればいいのですが、クラシックの場合は標高1000メートル級の山岳地帯を走行するため、完全に積雪が消えるこの時期にならないと走れません。言い換えれば、8月末に開催する大会なのに、準備を早めるということが現実には不可能であり、現場仕事の準備はわずか3ヶ月弱ですべてを終えなくてはならないという、雪国ならではの宿命を負っている大会なのです。
下見の大きな要素は、まず昨年どおりに通れるかという点、コースを変更する必要がある場合はそれも下見します。今回の下見では、昨年秋の大雨でコース上の各地で大きな被害が出ていたこともあり、その影響は免れないだろうと覚悟はしていましたが、予想通り、コースのあちこちに大雨でえぐられた河川の土手や土台の流された橋、それに沢と化した山道など、走破力の高いトライアルバイクでもてこずる場面に出くわしました。もちろん、クルマは通行止めの箇所がいくつもあり、伴走車はかなりの距離を迂回しなくてはなりませんでした。

しかし、今回のスタッフは途中で合流した人も含め総勢8名。それもベテランぞろいです。通行困難な場面では助け合い、通行止めの箇所は迂回路の点検に散り、またその先で合流して情報交換をします。
その中で、伴走車の運転を担当した新人のDさんも、広大な岩手の山道を延々と走りながら的確に次の合流点に現れてくれたのは頼もしい限りでした。

一般的に女性は方向音痴だったり、地図を見るのが苦手な人が多いのですが、なんと彼女は事前の下見をしていて、地名や距離を精密に書き込んだ表を自作してあったのにはビックリ!もっとも実行団員のツトム君が指導したそうですが、それにしてもひさびさに期待の持てる新人登場です。
くろさき荘に一泊して英気を養った翌日は明け方からあいにくの雨、それもザーザー振りです。気温は7度。合羽の下にフリースを着ないととても走れません。
二日目スタート直後に通る田野畑村の蓮華沢は、一昨年からクラシックに取り入れられたワイルドな山道コースです。ここには山道が何度も沢を横断する箇所があり、水量の少ないときでも注意を要するのですが、やはりそこが大きくえぐられていて、今回の大会で使用するのは難しい状態になっていました。一応、クラシックは中級者向けクラスなのですが、エントリーに際しての判断は自分で行うため(ライセンス区分が存在しない)、“自称中級者”の人が増えつつあり、その人たちのレベルではこの場所を無事に走り抜けるのは無理と判断したわけです。もっとも、大会までにこの道が修繕されれば話は別ですが、最終判断は7月まで持ち越しです。
予想より状態が悪くなかったのは、安家(あっか)から平庭高原にいたる最長山道区間です。例年、ここは冬の間に積雪で倒木が増え、この時期の下見にはのこぎりが不可欠ですが、今回は倒木が多少増えたものの、巨木でふさがれた場所はなかったので一安心でした。
ちなみに、出光イーハトーブトライアルでは全コースの山道に関して、それぞれの森林管理署(3管理署管区にまたがる)に特別の使用申請を出し、距離と走行台数に応じた使用料を払って許可されていますので、大会以外で勝手に山道を走ることはかたく禁じられています。
二日目のランチコントロール、平庭のあとはさんだいなべから鍋倉に下りる山道ですが、ここもふもとの沢が氾濫したあとが生なましく残り、ライダーにとってかなりの手ごたえを感じさせる箇所となりました。吉が沢の上家山(かみいえやま)セクションを終えて葛巻高原牧場プラトーにいたる短い山道は、恐れていたとおり倒木の嵐…雨と寒さの中でそれらをすっかり取り除く間に、全員疲労の色が濃くなり、いつもならプラトーでおいしいソフトクリームをなめながら一息入れるですが、さすがにそんな気分ではなく、一目散に今回の集合場所だった一戸町スキー場の「あさあけの湯」を目指し、最後の力走です。
…というわけで、今回のクラシック下見は無事に終了しましたが、まだトレイルツアーのコース下見や、数度の草刈などが控えています。そのつど実行団員たちは、楽しさと喜びを感じながら進化成長してゆくのです。こんどはあなたも一緒に成長しにきませんか?成長希望の方はトップにあるテレビ岩手事務局までメールでご連絡下さい。お待ちしています。

だから「5月なのに春トライアル?」と思うかもしれませんが、北岩手では本当に5月の連休が春なのです。北国の春は紅梅、山桜、梅など、花という花が待ちかねたようにが一度に咲くのですから。
で、話は5月の最終土日、26、27日のクラシックコース下見のこと。出光イーハトーブトライアルの幹ともいえる伝統の(クラシックの意味でもある)このクラスは、31年前に第一回イーハトーブトライアルを開催して以来、基本的に大きく変わらずに現在にいたります。内陸の高原、七時雨山荘のある田代平(たしろたい)を出発して、三陸海岸にある普代村くろさき荘に一泊し、翌日別のルートで田代平に戻る、全長約350キロのコースを、いつもこの時期に下見するのです。
これよりもっと早い時期に下見できればいいのですが、クラシックの場合は標高1000メートル級の山岳地帯を走行するため、完全に積雪が消えるこの時期にならないと走れません。言い換えれば、8月末に開催する大会なのに、準備を早めるということが現実には不可能であり、現場仕事の準備はわずか3ヶ月弱ですべてを終えなくてはならないという、雪国ならではの宿命を負っている大会なのです。
下見の大きな要素は、まず昨年どおりに通れるかという点、コースを変更する必要がある場合はそれも下見します。今回の下見では、昨年秋の大雨でコース上の各地で大きな被害が出ていたこともあり、その影響は免れないだろうと覚悟はしていましたが、予想通り、コースのあちこちに大雨でえぐられた河川の土手や土台の流された橋、それに沢と化した山道など、走破力の高いトライアルバイクでもてこずる場面に出くわしました。もちろん、クルマは通行止めの箇所がいくつもあり、伴走車はかなりの距離を迂回しなくてはなりませんでした。

しかし、今回のスタッフは途中で合流した人も含め総勢8名。それもベテランぞろいです。通行困難な場面では助け合い、通行止めの箇所は迂回路の点検に散り、またその先で合流して情報交換をします。
その中で、伴走車の運転を担当した新人のDさんも、広大な岩手の山道を延々と走りながら的確に次の合流点に現れてくれたのは頼もしい限りでした。

一般的に女性は方向音痴だったり、地図を見るのが苦手な人が多いのですが、なんと彼女は事前の下見をしていて、地名や距離を精密に書き込んだ表を自作してあったのにはビックリ!もっとも実行団員のツトム君が指導したそうですが、それにしてもひさびさに期待の持てる新人登場です。
くろさき荘に一泊して英気を養った翌日は明け方からあいにくの雨、それもザーザー振りです。気温は7度。合羽の下にフリースを着ないととても走れません。
二日目スタート直後に通る田野畑村の蓮華沢は、一昨年からクラシックに取り入れられたワイルドな山道コースです。ここには山道が何度も沢を横断する箇所があり、水量の少ないときでも注意を要するのですが、やはりそこが大きくえぐられていて、今回の大会で使用するのは難しい状態になっていました。一応、クラシックは中級者向けクラスなのですが、エントリーに際しての判断は自分で行うため(ライセンス区分が存在しない)、“自称中級者”の人が増えつつあり、その人たちのレベルではこの場所を無事に走り抜けるのは無理と判断したわけです。もっとも、大会までにこの道が修繕されれば話は別ですが、最終判断は7月まで持ち越しです。
予想より状態が悪くなかったのは、安家(あっか)から平庭高原にいたる最長山道区間です。例年、ここは冬の間に積雪で倒木が増え、この時期の下見にはのこぎりが不可欠ですが、今回は倒木が多少増えたものの、巨木でふさがれた場所はなかったので一安心でした。
ちなみに、出光イーハトーブトライアルでは全コースの山道に関して、それぞれの森林管理署(3管理署管区にまたがる)に特別の使用申請を出し、距離と走行台数に応じた使用料を払って許可されていますので、大会以外で勝手に山道を走ることはかたく禁じられています。
二日目のランチコントロール、平庭のあとはさんだいなべから鍋倉に下りる山道ですが、ここもふもとの沢が氾濫したあとが生なましく残り、ライダーにとってかなりの手ごたえを感じさせる箇所となりました。吉が沢の上家山(かみいえやま)セクションを終えて葛巻高原牧場プラトーにいたる短い山道は、恐れていたとおり倒木の嵐…雨と寒さの中でそれらをすっかり取り除く間に、全員疲労の色が濃くなり、いつもならプラトーでおいしいソフトクリームをなめながら一息入れるですが、さすがにそんな気分ではなく、一目散に今回の集合場所だった一戸町スキー場の「あさあけの湯」を目指し、最後の力走です。
…というわけで、今回のクラシック下見は無事に終了しましたが、まだトレイルツアーのコース下見や、数度の草刈などが控えています。そのつど実行団員たちは、楽しさと喜びを感じながら進化成長してゆくのです。こんどはあなたも一緒に成長しにきませんか?成長希望の方はトップにあるテレビ岩手事務局までメールでご連絡下さい。お待ちしています。
2007年04月30日
春にトライアルを考える・・・
長い雪の季節もようやく終わって、日当たりの良い地面からはふきのとうが明るい緑で春を知らせています。菊の花に似たイチゲソウや、紫がきれいなカタクリも群生しています。都会の人に人気のある真っ白な花と美しい緑の葉のコントラストが清々しいミズバショウもあちこちの湿地に群生しています。

毎年、5月5日前後に開催されるイーハトーブ春トライアルは、そんな雪国ならではのコンディションの中で行われるので独特の雰囲気と楽しさあふれるトライアルです。
おとといから、天候にも恵まれて、3日間ぶっ続けで春トラの準備に没頭していますが、きょうも日中は汗ばむほどの気温なのに、コース上でもっとも標高の高い上平(ワンダイと地元では発音する…)放牧場には、まだ雪があちこちに残っていて、5月中旬までありそうな気配です。

この雪は意外に固くて、気温の低い朝のうちならバイクでも潜らないで走れるほどです。そうそう、気温といえばゆうべは1度まで下がりました。まさに日中はTシャツ、夜はダウンパーカーが必要なほどの極端な温度差も、この時期の雪国の特徴です。
春トライアルは、夏の出光イーハトーブトライアルと違って、私、万澤が個人的に仲間たちを誘って主催している草大会ですが、それだけにトライアル歴40年の私がすべての経験を活かし、やりたいトライアルをそのまんまかたちにしたものです。
トライアルは、ゴルフとよく似た点数競技ですが、点数以前にスタートしたら戻ってくることが最重要だと考えています。言い換えれば、コース上にどんな難関が待ち受けていてもケロッとした顔でゴールしてほしいのです。そのようにどんな状況でも立ち向かう体力、気力、知力を備えたライダーが真のトライアルライダーだと私は思っていますし、トライアル精神というのはそういうものだとも思うのです。
じつは今回もそうなのですが、雪がとけつつある大地は当然水浸しだったり、湿り気の多いところがたくさんあります。ときには雪そのものが行く手を阻む場合だってあります。でも、それらをなんとか乗り越えてこそのトライアルライダーだと私は思うのです。もちろん、危険なことをさせるようなコースやセクションは作りませんから、主催者が設定した条件の中でという大前提のもとでの話しです。
とにかく大自然の難関を無事に走破して戻ってくる体力、気力、知力を試されるのがトライアルの本質的な面白さだと考えているので、走行条件が雪解けで難しくなる春トラは、同じコースで行われる秋トラよりずっと面白さでは上なのです。
春トラも夏の出光イーハトーブトライアルと同じように、初級のネリ、中級のブドリと分かれていますから、セクションの難易度も当然レベルに応じて変わります。しかし、コース上の滑りやすい坂や、雪を乗り越えないと先に行けない山道などでは、初級も中級のわけへだてなく難しいのです。もちろん、そういう場合は仲間内で助け合ってもかまいません。助けてもらう体験というのも、それはそれで貴重な学びでもあります。
春・秋トライアルは夏の出光イーハトーブトライアルと違ってオブザーバーが同行する形式なので、3人一組では走りませんが、逆に助けあう場面になると、なぜ出光イーハトーブトライアルでは伝統的に3人一組で走る形式を使い続けてきたのかが実感としてわかるかもしれません。
面白いもので、トライアルの技術はそんなに上ではないはずなのに、こういう難コースの走破力は明らかに上級ライダーより優れている人もいます。つまり、セクションとコースで要求される能力は同じではないというわけです。
日本では広いエリアでトライアルが開催できる地域は少ないので、どうしてもセクションが密集しているトライアルが多く、当然コースも短く、変化も少ないものとなります。
ところが、イーハトーブトライアルが手本にした英連邦スコットランドで100年の歴史を誇るSSDT(スコティッシュ6日間トライアル)は、広大な開催地域、長大な開催時間という点で世界選手権とは違った世界最高峰のトライアルなのです。
SSDTはコースもセクションも難しい上に、スタート時刻に応じた持ち時間制なのでスピードも必要ですし、やはり雪解け直後の5月初旬に開催されるので滑りやすくて難しいことでも有名な大会です。
SSDTは毎日8時間ほどの走行時間で6日間も連続で走るのですから、終わったときには文字通り人もバイクもボロボロに傷んでいるように感じられます。
それにくらべれば、出光イーハトーブトライアルの中級車向け2日間トライアル、クラシッククラスでさえSSDTの1日分の疲労度ぐらいなものです。
もしもの話ですが、春トラの時期に夏のクラシックのコースをそのまま使って大会を開いたら、たぶんリタイアが続出するかもしれません。なんたって、山の上にはまだ雪がたっぷり残っているし、上り坂は滑って登れないし、下りはブレーキを効かせられないし、横断する小川は増水しているし…というわけで、雪解けの時期の岩手はトライアルの舞台として最高に手ごわいのです。
だからこそ、私の考えるトライアルの本質を味わって見たい方、あるいは自分は真のトライアルライダーだと思う方は、ぜひ毎年5月の連休に行われるイーハトーブ春トライアルに来てほしいのです。おそらく夏の大会とはずいぶん違った印象を受けることでしょう。そしてリザルトに関係なく、「春トラは面白い!」と心から思えるようになったら、あなたはトライアル精神あふれる立派なライダーなのです。
※今回の春トラ開催日は5月5日、受付は5月2日正午までです。詳細は出光イーハトーブトライアル公式サイト掲示板参照。

毎年、5月5日前後に開催されるイーハトーブ春トライアルは、そんな雪国ならではのコンディションの中で行われるので独特の雰囲気と楽しさあふれるトライアルです。
おとといから、天候にも恵まれて、3日間ぶっ続けで春トラの準備に没頭していますが、きょうも日中は汗ばむほどの気温なのに、コース上でもっとも標高の高い上平(ワンダイと地元では発音する…)放牧場には、まだ雪があちこちに残っていて、5月中旬までありそうな気配です。

この雪は意外に固くて、気温の低い朝のうちならバイクでも潜らないで走れるほどです。そうそう、気温といえばゆうべは1度まで下がりました。まさに日中はTシャツ、夜はダウンパーカーが必要なほどの極端な温度差も、この時期の雪国の特徴です。
春トライアルは、夏の出光イーハトーブトライアルと違って、私、万澤が個人的に仲間たちを誘って主催している草大会ですが、それだけにトライアル歴40年の私がすべての経験を活かし、やりたいトライアルをそのまんまかたちにしたものです。
トライアルは、ゴルフとよく似た点数競技ですが、点数以前にスタートしたら戻ってくることが最重要だと考えています。言い換えれば、コース上にどんな難関が待ち受けていてもケロッとした顔でゴールしてほしいのです。そのようにどんな状況でも立ち向かう体力、気力、知力を備えたライダーが真のトライアルライダーだと私は思っていますし、トライアル精神というのはそういうものだとも思うのです。
じつは今回もそうなのですが、雪がとけつつある大地は当然水浸しだったり、湿り気の多いところがたくさんあります。ときには雪そのものが行く手を阻む場合だってあります。でも、それらをなんとか乗り越えてこそのトライアルライダーだと私は思うのです。もちろん、危険なことをさせるようなコースやセクションは作りませんから、主催者が設定した条件の中でという大前提のもとでの話しです。
とにかく大自然の難関を無事に走破して戻ってくる体力、気力、知力を試されるのがトライアルの本質的な面白さだと考えているので、走行条件が雪解けで難しくなる春トラは、同じコースで行われる秋トラよりずっと面白さでは上なのです。
春トラも夏の出光イーハトーブトライアルと同じように、初級のネリ、中級のブドリと分かれていますから、セクションの難易度も当然レベルに応じて変わります。しかし、コース上の滑りやすい坂や、雪を乗り越えないと先に行けない山道などでは、初級も中級のわけへだてなく難しいのです。もちろん、そういう場合は仲間内で助け合ってもかまいません。助けてもらう体験というのも、それはそれで貴重な学びでもあります。
春・秋トライアルは夏の出光イーハトーブトライアルと違ってオブザーバーが同行する形式なので、3人一組では走りませんが、逆に助けあう場面になると、なぜ出光イーハトーブトライアルでは伝統的に3人一組で走る形式を使い続けてきたのかが実感としてわかるかもしれません。
面白いもので、トライアルの技術はそんなに上ではないはずなのに、こういう難コースの走破力は明らかに上級ライダーより優れている人もいます。つまり、セクションとコースで要求される能力は同じではないというわけです。
日本では広いエリアでトライアルが開催できる地域は少ないので、どうしてもセクションが密集しているトライアルが多く、当然コースも短く、変化も少ないものとなります。
ところが、イーハトーブトライアルが手本にした英連邦スコットランドで100年の歴史を誇るSSDT(スコティッシュ6日間トライアル)は、広大な開催地域、長大な開催時間という点で世界選手権とは違った世界最高峰のトライアルなのです。
SSDTはコースもセクションも難しい上に、スタート時刻に応じた持ち時間制なのでスピードも必要ですし、やはり雪解け直後の5月初旬に開催されるので滑りやすくて難しいことでも有名な大会です。
SSDTは毎日8時間ほどの走行時間で6日間も連続で走るのですから、終わったときには文字通り人もバイクもボロボロに傷んでいるように感じられます。
それにくらべれば、出光イーハトーブトライアルの中級車向け2日間トライアル、クラシッククラスでさえSSDTの1日分の疲労度ぐらいなものです。
もしもの話ですが、春トラの時期に夏のクラシックのコースをそのまま使って大会を開いたら、たぶんリタイアが続出するかもしれません。なんたって、山の上にはまだ雪がたっぷり残っているし、上り坂は滑って登れないし、下りはブレーキを効かせられないし、横断する小川は増水しているし…というわけで、雪解けの時期の岩手はトライアルの舞台として最高に手ごわいのです。
だからこそ、私の考えるトライアルの本質を味わって見たい方、あるいは自分は真のトライアルライダーだと思う方は、ぜひ毎年5月の連休に行われるイーハトーブ春トライアルに来てほしいのです。おそらく夏の大会とはずいぶん違った印象を受けることでしょう。そしてリザルトに関係なく、「春トラは面白い!」と心から思えるようになったら、あなたはトライアル精神あふれる立派なライダーなのです。
※今回の春トラ開催日は5月5日、受付は5月2日正午までです。詳細は出光イーハトーブトライアル公式サイト掲示板参照。
2007年02月24日
30年目のリタイアの原因は?
今冬は例外的に雪が少なく、2月中旬だというのに日差しはすでに春めいています。だからといってまだまだトライアルバイクで山の中を走り回れるわけではないので、バイクは昨年末からいきつけのバイクショップに修理に出したままです。
いうまでもなく、出光イーハトーブトライアル実行団員の中核は、バイクに乗ってコースやセクションを設定するバイク団員です。山が緑になるころには団員もさることながら、バイクも酷使の日々が続きます。
今年の「第31回出光イーハトーブトライアル」では、昨年までの「クラシック観戦ツアー」が「出光イーハトーブトレイルツアー」に格上げされ、独立したイベントとなるので、新たに魅力的な山道コースを設定するために、団員たちのバイクはいっそう酷使されることになるはずです。
じつは昨年の夏、大会準備で山道を全開走行したあとに、新古車状態から3年使ったバイクのラジエターから蒸気が噴出しました。さいわい発見が早かったので、エンジンを壊すようなことはなく、飲み水400ccをラジエターに足して、負荷をかけずに走ることができ、伴走のハイエースと合流して積み込みました。私にとって30年目にして初めての、イーハトーブにおけるリタイアでした。故障したとき、一緒に走っていた団長、団員たちは「他人の不幸は蜜の味」とばかりに、故障したバイクを指差して楽しそうに笑うのです。まったく、なんと良い仲間でしょう…(泣)

そのときはオーバーヒートの原因がいまひとつはっきりしなかったのですが、ファンモーターの力が弱いというバイクショップの診断でモーターを交換しました。その後、大会当日は娘がクラシック観戦ツアーで2日間使用しましたが、全開走行をしないためか問題は出ませんでした。
ところが大会後の後見走行でさんだいなべの牧草地を全開で駆け上ったときに、またもや蒸気が吹いたのですぐにのぞきこんだところ、ファンは前回同様回っています。これは未発見の原因があるにちがいないと思ったのですが、考えつきません。

幸いまたしても発見が早かったので、飲み水を足して七時雨山荘まで自走で戻りました。(だから水冷バイクならジュースより水を持ち歩くべし…)
さて、いったいなにが原因なのかちょっと楽しみ(?)にしながらバイクショップに修理を依頼しておいたら、「原因がわかりましたので見に来て下さい」と連絡が入って、見せられたのが写真のように珍しい故障の状態でした。

なんと、燃焼ガスの圧力で冷却水孔の壁が吹き飛んで、シール用のOリングが熱で曲がり、全開走行時には燃焼ガスが冷却液の温度を上げていたのです。直接の原因はヘッド締め付けが弱かったのかもしれませんが、吹き飛んだ部分の厚み不足が真の原因であることは、交換用に取り寄せたシリンダーヘッドと比べれば明らかです。つまり、故障ヘッドのほうは冷却水孔が鋳型の段階から大きすぎて、Oリング溝を機械加工したときに冷却水孔の壁が薄すぎた不良品だったのです。

まあ、このような個体に当たったときが、俗に言う「はずれ」というわけですが、不幸中の幸いというか、シリンダーとピストン、リングには損傷がなかったのでホッとしました。

私はいつも出光イーハトーブトライアルの参加者に「マシントラブルで大会をリタイアしないために、プロに整備してもらってくるように」とたびたび呼びかけていますが、このような故障の場合はプロでも事前の予兆発見はむずかしいので、これがもし本番中なら私も無念のリタイアだったわけです。
せっかく時間と費用をやりくりして参加した大会を、どんなかたちであれリタイアすることは、むなしく、悲しいことです。今年も出光イーハトーブトライアルに参加するみなさんは、バイクの整備をくれぐれも念入りしておくことをお勧めします。
さて、私のバイクは他にも改造する点があるので、バイクショップから戻ってくるのは3月末ぐらいでしょうか。いつもの年なら5月連休後にやっと山の中を走れるようになるので、本格的な大会準備作業は8月末までのわずか3ヶ月半で行っているわけです。でも、今年は山の雪が解けて乗れるようになるのがいつもよりは早くなりそうな気配です。5月5日開催の春トラの準備もあるし、早く乗りたいな…
いうまでもなく、出光イーハトーブトライアル実行団員の中核は、バイクに乗ってコースやセクションを設定するバイク団員です。山が緑になるころには団員もさることながら、バイクも酷使の日々が続きます。
今年の「第31回出光イーハトーブトライアル」では、昨年までの「クラシック観戦ツアー」が「出光イーハトーブトレイルツアー」に格上げされ、独立したイベントとなるので、新たに魅力的な山道コースを設定するために、団員たちのバイクはいっそう酷使されることになるはずです。
じつは昨年の夏、大会準備で山道を全開走行したあとに、新古車状態から3年使ったバイクのラジエターから蒸気が噴出しました。さいわい発見が早かったので、エンジンを壊すようなことはなく、飲み水400ccをラジエターに足して、負荷をかけずに走ることができ、伴走のハイエースと合流して積み込みました。私にとって30年目にして初めての、イーハトーブにおけるリタイアでした。故障したとき、一緒に走っていた団長、団員たちは「他人の不幸は蜜の味」とばかりに、故障したバイクを指差して楽しそうに笑うのです。まったく、なんと良い仲間でしょう…(泣)

そのときはオーバーヒートの原因がいまひとつはっきりしなかったのですが、ファンモーターの力が弱いというバイクショップの診断でモーターを交換しました。その後、大会当日は娘がクラシック観戦ツアーで2日間使用しましたが、全開走行をしないためか問題は出ませんでした。
ところが大会後の後見走行でさんだいなべの牧草地を全開で駆け上ったときに、またもや蒸気が吹いたのですぐにのぞきこんだところ、ファンは前回同様回っています。これは未発見の原因があるにちがいないと思ったのですが、考えつきません。

幸いまたしても発見が早かったので、飲み水を足して七時雨山荘まで自走で戻りました。(だから水冷バイクならジュースより水を持ち歩くべし…)
さて、いったいなにが原因なのかちょっと楽しみ(?)にしながらバイクショップに修理を依頼しておいたら、「原因がわかりましたので見に来て下さい」と連絡が入って、見せられたのが写真のように珍しい故障の状態でした。

なんと、燃焼ガスの圧力で冷却水孔の壁が吹き飛んで、シール用のOリングが熱で曲がり、全開走行時には燃焼ガスが冷却液の温度を上げていたのです。直接の原因はヘッド締め付けが弱かったのかもしれませんが、吹き飛んだ部分の厚み不足が真の原因であることは、交換用に取り寄せたシリンダーヘッドと比べれば明らかです。つまり、故障ヘッドのほうは冷却水孔が鋳型の段階から大きすぎて、Oリング溝を機械加工したときに冷却水孔の壁が薄すぎた不良品だったのです。

まあ、このような個体に当たったときが、俗に言う「はずれ」というわけですが、不幸中の幸いというか、シリンダーとピストン、リングには損傷がなかったのでホッとしました。

私はいつも出光イーハトーブトライアルの参加者に「マシントラブルで大会をリタイアしないために、プロに整備してもらってくるように」とたびたび呼びかけていますが、このような故障の場合はプロでも事前の予兆発見はむずかしいので、これがもし本番中なら私も無念のリタイアだったわけです。
せっかく時間と費用をやりくりして参加した大会を、どんなかたちであれリタイアすることは、むなしく、悲しいことです。今年も出光イーハトーブトライアルに参加するみなさんは、バイクの整備をくれぐれも念入りしておくことをお勧めします。
さて、私のバイクは他にも改造する点があるので、バイクショップから戻ってくるのは3月末ぐらいでしょうか。いつもの年なら5月連休後にやっと山の中を走れるようになるので、本格的な大会準備作業は8月末までのわずか3ヶ月半で行っているわけです。でも、今年は山の雪が解けて乗れるようになるのがいつもよりは早くなりそうな気配です。5月5日開催の春トラの準備もあるし、早く乗りたいな…
2006年11月18日
「世界最速のインディアン」について
今回は映画の話です。お正月映画第二弾として公開予定の「世界最速のインディアン」、これは素晴らしい映画でした!何度も感動の涙があふれ、機内でちょっと恥ずかしかったです…

じつは、第30回出光イーハトーブトライアルの特別ゲスト、オリバーファミリー招待の打ち合わせで、今年の7月にニュージーランドに行ったとき、幸運なことに機内で2回も観られたのです。昨年7月に打ち合わせで行ったときの機内誌に、この映画の主人公は実在のニュージーランド人であり、撮影もニュージーランドで行われたことが書いてあり、主演があのアンソニー・ホプキンスと来くれば、これはもう絶対に観ると決めていたのですが、翌年の機内で観られるとは本当に出来すぎなほどツイてるなぁと思いました。
しかも昨年の機体は古く、満足に音楽も聴けなかったのに、今年は最新の機体で全席に液晶画面がついていたのです!

ネタバレにならない程度に感想をお伝えしますと、機内上映ではまず本編の前にホプキンス自身が「いままででもっとも印象の深い役だった」とコメントを述べてから始まるのですが、まさに彼の年齢、風貌、性格が、そのまま主人公としてこれ以上ないほどの良い味を出しています!

冒頭のシーンでは、粗末な作業小屋で何気なく隣の子供と会話しながら、鉄のひしゃくでアルミを溶かしています。え、まさかピストンを鋳造するのでは…と思ったら、そのまさかだったんですね、これが!
こういう風に、NZ人は英米人以上に機械好きなんだという背景説明にも、わかる人にだけわかる見事なリアリティがあるわけで、このシーンだけでグッと来ましたね。(ブリッテンV1000も思い出した…)
しかも、この眼鏡をかけた爺さん…ホプキンスの姿は、私が33年前に初めてスコティッシュ6日間トライアルに参加したとき、なにくれとなく世話を焼いてくれたアルフレッド・ブリグスさんの姿とダブってしまったのでした。アルフはラレーの元ワークスライダーで、当時のライダーはみなそうだったように一流のメカニックでもありました。
マン島TTプロダクションクラスに自分のCB750R(レース仕様)を、当時の英国トップライダーに乗せる準備をしていたときのこと、60歳を過ぎていたアルフは、重いマシンをこともなげに押しがけしてエンジンをかけた姿がいまでも目に浮かびます。そのアルフのアイデアのおかげで、私はSSDT3日目で壊してしまったTL125のクラッチディスクを、ぜんぶボール紙に置き換えて6日間を完走できたのでした。
話がそれましたが、そのくらいホプキンスの姿は心底バイクが好きな人物像を体現していたわけで、もういきなり感情移入しまくりで観てしまったわけです。
映画を観る楽しみに、筋書きとはあまり関係ない小物や大道具にどのくらいリアリティがあるかとか、時代考証的に正しいかなんていうのをチェックするっていうのがあります。
ひとつだけ言うと、アメリカに渡ってからのシーンに登場する人々が見事なほど60年代のアメリカ人の顔なんです!夢と希望と自信にあふれた世界一の国民らしく、役人や警官はかなり偉そうだし、市民はフランクで明るいし、日本のテレビ放送が始まって間もないころにたくさん放送されたアメリカのテレビドラマに登場した人々とそっくりな時代感がある点に、妙に感心してしまいました。そこにNZの田舎から現れた異色な老人…じつに目立ちます。
あとは、どうぞ映画かDVDでご覧下さい。バイク好きはもちろん、バイクに関心の無い人も、最後まで興奮と感動の嵐に身をまかせてしまいますよ!発売になったら絶対にDVD買うぞー!
以下、配給元のホームページです。
http://sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/

じつは、第30回出光イーハトーブトライアルの特別ゲスト、オリバーファミリー招待の打ち合わせで、今年の7月にニュージーランドに行ったとき、幸運なことに機内で2回も観られたのです。昨年7月に打ち合わせで行ったときの機内誌に、この映画の主人公は実在のニュージーランド人であり、撮影もニュージーランドで行われたことが書いてあり、主演があのアンソニー・ホプキンスと来くれば、これはもう絶対に観ると決めていたのですが、翌年の機内で観られるとは本当に出来すぎなほどツイてるなぁと思いました。
しかも昨年の機体は古く、満足に音楽も聴けなかったのに、今年は最新の機体で全席に液晶画面がついていたのです!

ネタバレにならない程度に感想をお伝えしますと、機内上映ではまず本編の前にホプキンス自身が「いままででもっとも印象の深い役だった」とコメントを述べてから始まるのですが、まさに彼の年齢、風貌、性格が、そのまま主人公としてこれ以上ないほどの良い味を出しています!

冒頭のシーンでは、粗末な作業小屋で何気なく隣の子供と会話しながら、鉄のひしゃくでアルミを溶かしています。え、まさかピストンを鋳造するのでは…と思ったら、そのまさかだったんですね、これが!
こういう風に、NZ人は英米人以上に機械好きなんだという背景説明にも、わかる人にだけわかる見事なリアリティがあるわけで、このシーンだけでグッと来ましたね。(ブリッテンV1000も思い出した…)
しかも、この眼鏡をかけた爺さん…ホプキンスの姿は、私が33年前に初めてスコティッシュ6日間トライアルに参加したとき、なにくれとなく世話を焼いてくれたアルフレッド・ブリグスさんの姿とダブってしまったのでした。アルフはラレーの元ワークスライダーで、当時のライダーはみなそうだったように一流のメカニックでもありました。
マン島TTプロダクションクラスに自分のCB750R(レース仕様)を、当時の英国トップライダーに乗せる準備をしていたときのこと、60歳を過ぎていたアルフは、重いマシンをこともなげに押しがけしてエンジンをかけた姿がいまでも目に浮かびます。そのアルフのアイデアのおかげで、私はSSDT3日目で壊してしまったTL125のクラッチディスクを、ぜんぶボール紙に置き換えて6日間を完走できたのでした。
話がそれましたが、そのくらいホプキンスの姿は心底バイクが好きな人物像を体現していたわけで、もういきなり感情移入しまくりで観てしまったわけです。
映画を観る楽しみに、筋書きとはあまり関係ない小物や大道具にどのくらいリアリティがあるかとか、時代考証的に正しいかなんていうのをチェックするっていうのがあります。
ひとつだけ言うと、アメリカに渡ってからのシーンに登場する人々が見事なほど60年代のアメリカ人の顔なんです!夢と希望と自信にあふれた世界一の国民らしく、役人や警官はかなり偉そうだし、市民はフランクで明るいし、日本のテレビ放送が始まって間もないころにたくさん放送されたアメリカのテレビドラマに登場した人々とそっくりな時代感がある点に、妙に感心してしまいました。そこにNZの田舎から現れた異色な老人…じつに目立ちます。
あとは、どうぞ映画かDVDでご覧下さい。バイク好きはもちろん、バイクに関心の無い人も、最後まで興奮と感動の嵐に身をまかせてしまいますよ!発売になったら絶対にDVD買うぞー!
以下、配給元のホームページです。
http://sonypictures.jp/movies/theworldsfastestindian/
2006年11月08日
素晴らしいライディング その2
今大会のクラシッククラスには、オリバーファミリーと成田匠がいっしょに走ったことで観る側にとっても楽しみが倍加した。
前回の最終セクションでの、3人たてつづけの見事なクリーンもそうだが、ひとつ手前の24セクションでは成田匠の驚異的パフォーマンスがあった。(とはいっても私はこのシーンをDVDで初めて観た!)

今大会から流水に入らないセクション設定を原則とした関係で、小さなv字溝のあるこのセクションをうまく利用するために、実行団員たちがとった策は丸太を束ねて溝を渡る橋を2本かけたことだった。
前々日までの雨のおかげもあって、これが予想外に滑りやすく、難しいセクションとなった。

写真で見ればわかるように、すべりやすい斜面の途中に丸太が斜めに設置されているだけなのだが、問題はこれを越えるのに十分な加速がつかないほど手前の助走距離が短いことと、斜めの丸太に直角に入るラインを取るとますます加速が出来ないことであった。

そこで匠が見抜いたのは、丸太の橋を渡らずに、壁の上を伝って降りるとラインも丸太に左から入る角度となり、勢いもついているのでもっともクリーンしやすいと判断したのだ!

これは、丸太の橋をかけた家村実行団長が、「壁を走るといいラインだよ」と笑いながらセクションを作っていたことでもわかるように、想定済みのベストラインだったのだが、そのとおり出来る人はやはり匠だけだったというわけだ。
DVDで動画をコマ送りにして見るとよくわかるが、壁を降りてからのライン取りとその瞬間瞬間のバランスの良いフォームは完璧としかいいようがない。そこに完璧なパワーとクラッチのコントロールが加わっていて、「125ccだから…」なんていう不利はどこにもない。
同じバイクに乗っている人には、壁以外は見習うべき箇所がぎっしり詰まっているライディングであった。ちなみに、このシーンは出光イーハトーブトライアルDVD特別編に収録されている。購入は「出光イーハトーブトライアル大会」ホームページからどうぞ!(URLは上にあります↑)
前回の最終セクションでの、3人たてつづけの見事なクリーンもそうだが、ひとつ手前の24セクションでは成田匠の驚異的パフォーマンスがあった。(とはいっても私はこのシーンをDVDで初めて観た!)

今大会から流水に入らないセクション設定を原則とした関係で、小さなv字溝のあるこのセクションをうまく利用するために、実行団員たちがとった策は丸太を束ねて溝を渡る橋を2本かけたことだった。
前々日までの雨のおかげもあって、これが予想外に滑りやすく、難しいセクションとなった。

写真で見ればわかるように、すべりやすい斜面の途中に丸太が斜めに設置されているだけなのだが、問題はこれを越えるのに十分な加速がつかないほど手前の助走距離が短いことと、斜めの丸太に直角に入るラインを取るとますます加速が出来ないことであった。

そこで匠が見抜いたのは、丸太の橋を渡らずに、壁の上を伝って降りるとラインも丸太に左から入る角度となり、勢いもついているのでもっともクリーンしやすいと判断したのだ!

これは、丸太の橋をかけた家村実行団長が、「壁を走るといいラインだよ」と笑いながらセクションを作っていたことでもわかるように、想定済みのベストラインだったのだが、そのとおり出来る人はやはり匠だけだったというわけだ。
DVDで動画をコマ送りにして見るとよくわかるが、壁を降りてからのライン取りとその瞬間瞬間のバランスの良いフォームは完璧としかいいようがない。そこに完璧なパワーとクラッチのコントロールが加わっていて、「125ccだから…」なんていう不利はどこにもない。
同じバイクに乗っている人には、壁以外は見習うべき箇所がぎっしり詰まっているライディングであった。ちなみに、このシーンは出光イーハトーブトライアルDVD特別編に収録されている。購入は「出光イーハトーブトライアル大会」ホームページからどうぞ!(URLは上にあります↑)
2006年09月04日
素晴らしいライディング
出光イーハトーブトライアルには、ご存知のように中級者向け2日間トライアルのクラシック、初級者向けネリ、中級者向けブドリ、サンムトリと4つのクラスがあります。

その中でもクラシックはこの大会を始めた30年前から、ほとんど基本的に同じコースをたどって太平洋岸までの往復360キロを走る長いコースを走るので、その準備は大変な時間と労力を要します。
参加者にとってもそれは同じことで、2日間の休暇、いや地元以外の参加なら往復の時間を入れると最低でも4日間の休みが必要ですし、宿泊費も他のクラスより1泊余計にかかりますし、何よりも体力と気力とテクニックがいります。それがいまどきのライダーたちには敬遠されるのか、昨年までの10年間は参加者が徐々に減り続けていて、とうとう昨年は最盛期の約3分の1にあたる80数名まで落ちこんでしまいました。
これには私たち実行団員もガッカリしましたが、冠スポンサーの出光興産の方々にもずいぶんご心配をおかけしました。でも、30周年だから行ってみようかという人が多かったのか、あるいはこのブログが少しは役に立ったのか、今回は昨年より60名近い増加で130名を超えました。
じつは、人数が減ってきただけでなく、年々クラシック全体のレベルが低下していることも気がかりでした。それもそのはず、参加回数が10数回、中には20数回というライダーもかなりいるので、それはそれで嬉しいのですが、それだけ高年齢化が進めば、体力も気力もテクニックも低下は避けられません。
だからと言って、若いライダーが気軽に入ってくるには、高価で、しかもトライアル以外に使い道がないマシンや、それを運ぶためのクルマ、さらにオフロードブーツやウェアなどの費用もひっくるめると、なかなかクラシックトライアル参加は障壁が高いのも事実です。
そのような、諸条件をクリアしたライダーたちが、当日の七時雨山荘にずらりと並んでくれるだけでも嬉しいのですが、今回はクラシックのレベルが思いのほか高くなったことが、私たち実行団員を喜ばせました。
話をいきなり省略して、場面は一日目の普代浜最終セクションとなります。
ここで優勝争いをしている2人が明らかになりました。常連の八星均、ヤマハの木村治男が、ともにオールクリーンで1日目を終えたのです。2人とも神奈川県三浦半島の出身で、少年期からのトライアル仲間同士でもあります。八星は昨年2位になったこともあり、今回は優勝を意識しながらも静かな闘志で着実にクリーンを重ねました。
一方、木村は量産試作段階にあるスコルパSY250Fを、初めて公道仕様にしてのいわばお披露目出場だけに、これまた優勝だけが目的の真剣勝負でした。そして、もう一人、過去に優勝経験もある山形の荒尾和人も、普代浜の最終セクションまではオールクリーンでやってきながら、なんとヒルクライムを上り切れずに無念の5点となり、優勝争いから一歩後退してしまったのでした。
また話は2日目の最終セクション、七時雨山荘の庭に飛びます。もともとここはたくさん並んだ丸太の上で急なターンをするため、トップの数人しかクリーンできないほど難しいセクション設定でした。
八星はわりと早い時期にここをクリーンして、結局、一つ前のセクションと、もうひとつ別の場所でそれぞれ1回づつの足つきがあり、合計2点で終えました。
しかしそのあと、次々通っては失敗するライダーたちによってすっかり泥がついた丸太は極度に滑りやすくなってしまい、クリーンはおろか出口までたどり着くのも難しい状況でした。そこにやってきたのが、特別ゲストのオリバーファミリーと成田匠です。

まず長男のアンドリューが走ります。この大会では借りたマシンがやや不調だったこともあり、本来の腕が発揮できなかった彼はここでも5点となってしまいます。

つぎに父のスティーブンが、目の覚めるようなライディングで見事にクリーンして、観客の喝采を浴びました。結局、彼は2日目をオールクリーンして、1日目にとった2点が最終スコアとなり、参考順位としては優勝の八星とピッタリ並んだのです。

続いて成田匠がまったく違うラインとライディングスタイルで、滑りやすい丸太をまったく滑らずに乗り越え、これまたクリーンでやんやの大喝采です。匠は125ccながら普代のヒルクライムを3点で上るなど、信じられないほど見事な腕で、参考順位はスティーブンの次となる3位相当でした。しかしクリーンの数は50セクション中、だれよりも多い49で、あらためてそのレベルの高さを見せてくれました。

次男のニコラスが続いて走り、小刻みにフロントを振りながら巧みに向きを変え、これもまたクリーン。この瞬間、私はオリバーファミリーを招待して本当によかったと誇りに感じました。
もうだれもクリーンは無理だろうと思いこんでいた観客は、こうしてたて続けに3人のライダーによる魔法のようなクリーンを見て、トップライダーの高度なテクニックに唖然とするばかりでした。
結局、今大会では八星が念願の初優勝となりましが、その頃木村は不調のマシンで思いがけない点数を取りながらも、暗くなった最終セクションを1点で乗り切り、不本意なニューマシンデビュー戦を終えていました。
いずれにしても、トップクラスのライダーによる見事なクリーンは、見る者にとっても良い刺激となり、全体のレベルを高めることにも貢献します。
今後もクラシックのレベルを高めるようなライダーの参加を心待ちにしながら、優勝者にもっと魅力的なご褒美を用意するべきなのかなぁ、などと考えているこのごろです。

その中でもクラシックはこの大会を始めた30年前から、ほとんど基本的に同じコースをたどって太平洋岸までの往復360キロを走る長いコースを走るので、その準備は大変な時間と労力を要します。
参加者にとってもそれは同じことで、2日間の休暇、いや地元以外の参加なら往復の時間を入れると最低でも4日間の休みが必要ですし、宿泊費も他のクラスより1泊余計にかかりますし、何よりも体力と気力とテクニックがいります。それがいまどきのライダーたちには敬遠されるのか、昨年までの10年間は参加者が徐々に減り続けていて、とうとう昨年は最盛期の約3分の1にあたる80数名まで落ちこんでしまいました。
これには私たち実行団員もガッカリしましたが、冠スポンサーの出光興産の方々にもずいぶんご心配をおかけしました。でも、30周年だから行ってみようかという人が多かったのか、あるいはこのブログが少しは役に立ったのか、今回は昨年より60名近い増加で130名を超えました。
じつは、人数が減ってきただけでなく、年々クラシック全体のレベルが低下していることも気がかりでした。それもそのはず、参加回数が10数回、中には20数回というライダーもかなりいるので、それはそれで嬉しいのですが、それだけ高年齢化が進めば、体力も気力もテクニックも低下は避けられません。
だからと言って、若いライダーが気軽に入ってくるには、高価で、しかもトライアル以外に使い道がないマシンや、それを運ぶためのクルマ、さらにオフロードブーツやウェアなどの費用もひっくるめると、なかなかクラシックトライアル参加は障壁が高いのも事実です。
そのような、諸条件をクリアしたライダーたちが、当日の七時雨山荘にずらりと並んでくれるだけでも嬉しいのですが、今回はクラシックのレベルが思いのほか高くなったことが、私たち実行団員を喜ばせました。
話をいきなり省略して、場面は一日目の普代浜最終セクションとなります。
ここで優勝争いをしている2人が明らかになりました。常連の八星均、ヤマハの木村治男が、ともにオールクリーンで1日目を終えたのです。2人とも神奈川県三浦半島の出身で、少年期からのトライアル仲間同士でもあります。八星は昨年2位になったこともあり、今回は優勝を意識しながらも静かな闘志で着実にクリーンを重ねました。
一方、木村は量産試作段階にあるスコルパSY250Fを、初めて公道仕様にしてのいわばお披露目出場だけに、これまた優勝だけが目的の真剣勝負でした。そして、もう一人、過去に優勝経験もある山形の荒尾和人も、普代浜の最終セクションまではオールクリーンでやってきながら、なんとヒルクライムを上り切れずに無念の5点となり、優勝争いから一歩後退してしまったのでした。
また話は2日目の最終セクション、七時雨山荘の庭に飛びます。もともとここはたくさん並んだ丸太の上で急なターンをするため、トップの数人しかクリーンできないほど難しいセクション設定でした。
八星はわりと早い時期にここをクリーンして、結局、一つ前のセクションと、もうひとつ別の場所でそれぞれ1回づつの足つきがあり、合計2点で終えました。
しかしそのあと、次々通っては失敗するライダーたちによってすっかり泥がついた丸太は極度に滑りやすくなってしまい、クリーンはおろか出口までたどり着くのも難しい状況でした。そこにやってきたのが、特別ゲストのオリバーファミリーと成田匠です。

まず長男のアンドリューが走ります。この大会では借りたマシンがやや不調だったこともあり、本来の腕が発揮できなかった彼はここでも5点となってしまいます。

つぎに父のスティーブンが、目の覚めるようなライディングで見事にクリーンして、観客の喝采を浴びました。結局、彼は2日目をオールクリーンして、1日目にとった2点が最終スコアとなり、参考順位としては優勝の八星とピッタリ並んだのです。

続いて成田匠がまったく違うラインとライディングスタイルで、滑りやすい丸太をまったく滑らずに乗り越え、これまたクリーンでやんやの大喝采です。匠は125ccながら普代のヒルクライムを3点で上るなど、信じられないほど見事な腕で、参考順位はスティーブンの次となる3位相当でした。しかしクリーンの数は50セクション中、だれよりも多い49で、あらためてそのレベルの高さを見せてくれました。

次男のニコラスが続いて走り、小刻みにフロントを振りながら巧みに向きを変え、これもまたクリーン。この瞬間、私はオリバーファミリーを招待して本当によかったと誇りに感じました。
もうだれもクリーンは無理だろうと思いこんでいた観客は、こうしてたて続けに3人のライダーによる魔法のようなクリーンを見て、トップライダーの高度なテクニックに唖然とするばかりでした。
結局、今大会では八星が念願の初優勝となりましが、その頃木村は不調のマシンで思いがけない点数を取りながらも、暗くなった最終セクションを1点で乗り切り、不本意なニューマシンデビュー戦を終えていました。
いずれにしても、トップクラスのライダーによる見事なクリーンは、見る者にとっても良い刺激となり、全体のレベルを高めることにも貢献します。
今後もクラシックのレベルを高めるようなライダーの参加を心待ちにしながら、優勝者にもっと魅力的なご褒美を用意するべきなのかなぁ、などと考えているこのごろです。
2006年08月29日
おかげさまで無事終了!
書き込みが遅くなりましたが、第30回出光イーハトーブトライアルは8月27日無事終了し、無事故記録も30回となりました。

大会期間中は、金曜日の車検から3日間晴天に恵まれ、クラシック二日目のハイライト、さんだいなべからは数年ぶりに海まで見えたほどでした。
冬のニュージーランドからやってきたオリバーファミリー6名のライダーには暑すぎたかもしれませんが、いつも笑顔をたやさず、地元の方々とのふれあいを楽しむフランクな姿勢は、誰でも好感を抱かずにいられないほど素晴らしいものでした。
とくに、3人の孫たちの人気はたいしたもので、色の白い次男ニコラスは、七時雨山荘のあばあちゃんが「あの人は女の子でしょ?」と間違えるほどの美男子。息子が「男の子だよ」と言っても、「いいえ、そんなはずはありません。胸はないけど、あれは女の子です!」と言い張るほどで、周りは大笑いでした。

とにかく、今回は30周年記念大会にふさわしく盛大で楽しい大会でした。
いろんなエピソードは、順々に紹介してゆきます。

大会期間中は、金曜日の車検から3日間晴天に恵まれ、クラシック二日目のハイライト、さんだいなべからは数年ぶりに海まで見えたほどでした。
冬のニュージーランドからやってきたオリバーファミリー6名のライダーには暑すぎたかもしれませんが、いつも笑顔をたやさず、地元の方々とのふれあいを楽しむフランクな姿勢は、誰でも好感を抱かずにいられないほど素晴らしいものでした。
とくに、3人の孫たちの人気はたいしたもので、色の白い次男ニコラスは、七時雨山荘のあばあちゃんが「あの人は女の子でしょ?」と間違えるほどの美男子。息子が「男の子だよ」と言っても、「いいえ、そんなはずはありません。胸はないけど、あれは女の子です!」と言い張るほどで、周りは大笑いでした。

とにかく、今回は30周年記念大会にふさわしく盛大で楽しい大会でした。
いろんなエピソードは、順々に紹介してゆきます。
2006年08月21日
きょうから大会モードに突入!
8月20日は七時雨会場と安比会場の両方とも会場作り作業の日でした。
七時雨山荘の庭は、暑いながらも高原のさわやかさを感じながらの作業なので気分も体も楽なもんです。トイレの横の水道水だってずっと手を浸していられないほど冷たいし、本当に岩手はいいところです。
あれ、またすぐに岩手の自慢になっちゃうな…
ごらんのように、まだ化粧板を貼る前のスタート台と、ベストを着る前の団長は地味です…

二箇所あるセクションのラインを、ネリ・ブドリ用、クラシック用の二つ設定し、先に行われるネリ・ブドリ用にテーブを張る。
おそらく、クラシック最終セクションのほうは、ネリで一番難しいセクションになるだろうと思われますが危なくはないので、勝負をしている人々にとってはちょうどよい山場になることでしょう。
もちろん、クラシック用ラインはかなりの手ごたえがあり、最終セクションでの逆転ドラマ…なんてのもありそうです。
すべてのセクションで、ラインは団長が走って決めるので、テーブの位置決めにも、抜け道を許すような抜かりはありません。

こんなぐあいに作業は早くも大会モードに突入し、いよいよ月曜日からは3日がかりで360キロのコースと、50箇所のセクション設定に行ってきます。
新しいコースとセクションがいっぱいのクラシックは新鮮な魅力を感じてもらえるはず。
当初の予定から変更があり、オリバーファミリーのうち、父スティーブンと、三人の息子のうち上二人、アンドリューとニコラスの3人が、あの成田匠君と一緒に4人のグループで走ることになりました。
それに毎回、カルガモを引き連れていた木村治男君も今年は自分が楽しむためにクラシックに参加します。
そんなわけで、観客として見る楽しみもたっぷりになりそうなクラシック、参加者のみなさんもお楽しみに!
あいにくきょうは安比会場のほうに行くことができなかったので、報告できなくてごめんなさい。
七時雨山荘の庭は、暑いながらも高原のさわやかさを感じながらの作業なので気分も体も楽なもんです。トイレの横の水道水だってずっと手を浸していられないほど冷たいし、本当に岩手はいいところです。
あれ、またすぐに岩手の自慢になっちゃうな…
ごらんのように、まだ化粧板を貼る前のスタート台と、ベストを着る前の団長は地味です…

二箇所あるセクションのラインを、ネリ・ブドリ用、クラシック用の二つ設定し、先に行われるネリ・ブドリ用にテーブを張る。
おそらく、クラシック最終セクションのほうは、ネリで一番難しいセクションになるだろうと思われますが危なくはないので、勝負をしている人々にとってはちょうどよい山場になることでしょう。
もちろん、クラシック用ラインはかなりの手ごたえがあり、最終セクションでの逆転ドラマ…なんてのもありそうです。
すべてのセクションで、ラインは団長が走って決めるので、テーブの位置決めにも、抜け道を許すような抜かりはありません。

こんなぐあいに作業は早くも大会モードに突入し、いよいよ月曜日からは3日がかりで360キロのコースと、50箇所のセクション設定に行ってきます。
新しいコースとセクションがいっぱいのクラシックは新鮮な魅力を感じてもらえるはず。
当初の予定から変更があり、オリバーファミリーのうち、父スティーブンと、三人の息子のうち上二人、アンドリューとニコラスの3人が、あの成田匠君と一緒に4人のグループで走ることになりました。
それに毎回、カルガモを引き連れていた木村治男君も今年は自分が楽しむためにクラシックに参加します。
そんなわけで、観客として見る楽しみもたっぷりになりそうなクラシック、参加者のみなさんもお楽しみに!
あいにくきょうは安比会場のほうに行くことができなかったので、報告できなくてごめんなさい。
2006年08月13日
なぜ遠くからも実行団員が集まるのか?
もう大会まであと2週間と期日がせまってきました。
ブログをサボっていた言い訳としては、トライアルの準備とその他モロモロの仕事が重なって、本当に時間が取れなくなっていたからです。いつもは元気いっぱいなんですが、さすがにこの忙しさには参りました・・・。

さて、このところ日曜はすべて草刈の日々で、明日13日もそうです.
来週、20日には実行団員が集まって、大会の役割分担や進行の確認などをするミーティングが例年行われるのですが、早い話が大会1週間前は、もう大会期間に突入しているのです。
そして翌21日からは3日間連続でクラシックのコース・セクション作りを行います。
ネリ・ブドリは旧安代町内だけ(といってもものすごく広い…)ですが、クラシックのコースは往復360キロもあるので、コースマーカーを貼る作業だけでも大変な労力が必要です。
しかもそのコース上に50箇所もあるセクションをすべてマーカーやテープで設定してゆくわけですから、参加する場合のクラシックは2日間トライアルですが、実行団の準備のときは3日間トライア(?)なのです。
クラシックだけでなく、準備作業が大変なのはネリ・ブドリ・サンムトリも同じようなもので、それらすべての作業は実行団員が行います。前置きが長くなりましたが、その実行団員とは、いったいどんな人々で構成されているか・・・というのが今回のお話です。
あたりまえといえばそれまでですが、岩手県で行われる大会なので、実行団員は地元岩手の人が一番多いことはお察しのとおりです。もちろん隣接する宮城県、青森県、秋田県からもきます。
ところが、意外なことに、埼玉、神奈川、愛知、兵庫、富山といった遠方からも毎年駆けつける実行団員たちがいるのです。
そんな団員たちに、なぜイーハトーブトライアルに実行団員として遠方から毎回来るようになったのかを聞いてみました。
愛知県・筒井団員
きっかけとしては、どんな所でどの様に大会が行なわれているか、実行団員見習いとして参加してみて、続けてみたいと思ったから。二輪の免許は持っていないけど岩手の自然に浸りたいと思うので、毎回来てしまう。第何回目の大会だったか思い出せないが、岩手に向う途中、台風で高速道路が川のようになり、又、川の氾濫により水没した風景が見られた。その直後に高速道路が通行止めになったが、それでも大会当日には多くのライダーが集まった事が印象に残っています。七時雨山荘前の最終セクションでの夕刻が迫る雰囲気は、何とも云えません。
埼玉県・嘉数団員
イ-ハト-ブに初めて来たのは、今からかれこれ16年前です。何かの雑誌にオブザーバ-募集の記事が載っていて、なぜだかわからないけれど直感で面白そうだなと思って、すぐ行くことに決めたのだと思います。その頃はバイクに乗るのも楽しくて、東京から一人でバイクを飛ばして岩手まで行ってました。実際行ってみて、都会では決して味わえない山や川や海や空気など素晴らしい自然と、暖かい人達に接して、いっぺんでとりこになりました。それから毎年通い続けて10年余り。親しい友達も増えて、1年ぶりに会うと、よく来たねと暖かく迎えてくれるのが本当に嬉しかったです。そして冷たい澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んで、また1年私も頑張るぞと思いながら帰路に着く。そんな繰り返しでした。今では結婚し子供も出来て、独身の時のように簡単に身軽には行かれなくなりましたが、また行かれる状況になったらひょっこり顔を出しに行きたいと思っています。
埼玉県・重光団員
イーハトーブに行くようになったきっかけ…?
いろいろ考えたのですが、やはり「なんで?」と自分でも考えてしまします。
とりあえず、岩手が好き、岩手の人が好き、
岩手が好きな人が好き、という事かな?って思いますね。
初めてのイーハートーブは、1990年のオブザーバーからだったのですが、
この時に参加した理由は、「GWスポーツのカッパが貰える」でした。
なんて素敵な理由だなんて聞かないで下さい(爆)
その後数年オーブザーバーの役務に就き、
なにげなく行った七時雨会場の本部テントで、
「何か手伝うことありますか?」っていうと
「後片付け」と言われ一緒に片づけをしてました。
この時に、何か感じるものが有り、
「来年も来ますね」って言うと、当時実行団長の土谷さんを紹介され今に至ります(笑)
現在は、年に一度の遠乗りの感覚で、岩手観光の一環で参加しています。
って言うと怒られちゃいますかね。
まぁ、自己中心的に言うと「必要としてくれている人が居る」と思っているのが
正直な所です。
こんな自分でも「役に立っているんだ」と実感できるところです。
ですが、実際は地元の方にばっかり準備を押し付けて、
当日だけ参加しているヘタレ者です。

兵庫県・岸本団員
イーハトーブに行き始めたきっかけ??
そんな事聞かれたって二年目から今までもよう解ってないですよ。
強いて言うなら行くと気持ちいいからかな。自分ではトライアルしないしね。
僕のトライアルは足何回着いても何回転んでも必ずゴールするって事ですから。
普段土の上走んない僕としてはヒームカが一番合ってたけどね。
今更クラシックのコース走れるかなぁ。って思います。TLRやし。
バイクじゃなくってバックの車ならいけるかな。
今でもコース周辺なら地図無くてもお使いぐらい出来るやろうし。
88年に初めてヘルパーで参加した時は東北ツーリングの一環だったけど、
樹海大雨事件があった年で朝早くからみんなで樹海へ道路工事に入りました。
金使うてこんなしんどい事なんでせなあかんねやって思ったけど、
作業の後みんなで食べたラーメンが美味しくてね、
雨と汗でビショビショだったけど他人が喜んでくれる事をやったってなんか充実感が在りましたよ。
昔は宿泊も自費だったしイーハトーブ一回12~13万位かな。
今は車も宿もレンタカーのハイエースだし土谷家に泊めてもらったりで、
飛行機代往復5万ちょっととプラス小遣い程度。
まぁ仕事休んでるから日当入らないのが痛いけどね。
地元でずっと作業してる方の方が使ってるんじゃないでしょうか?
去年18年目にして初めて休んだ時、大会当日の日曜日、ロードですが、
600キロのソロツーリングしました。なんか走っていたくて…
後で届いたイーハトーブ大会DVD見て、自分がそこに居ないのはとても不思議な事でした。
どうして通って来るのと聞かれれば、
昔TVのインタビューで答えた『里帰りですよ』って事になりますねぇ。
・ ・・と、まあ、こんなぐあいにコメントしてくれました。
この他にも愛知の兵道団員、神奈川県・田辺団員、富山の松本団員など、遠方の常連団員は他にもいますが、長くなりすぎるので、別のエピソードとともに、次の機会に紹介したいと思います。
それは、そうとコメントを読んでもらえばわかるとおり、遠方の団員たちも明確な理由で来るわけじゃありません。
むしろ、よくわからないけど、来たくなるから…というようなあいまいな感じが見受けられます。
それもそのはず、じつは私だけが知っている明確な理由に、彼ら自身が気がついていないからです。
その理由とは、波長が合う人は岩手の、いや、宮澤賢治が造語した「イーハトーブ」=“ドリームランドとしてのイワテ”の引力に引き付けられて来るのです。ちょうど鉄だけが磁石に引き付けられるように…
今年は、また新しい遠方団員(最初は団員見習い)がやってきます。
それも大会1週間前から、ずっと準備作業をするために…!!!
その人は静岡の矢部団員ですが、彼はこれまでずっとクラシックに参加していて腕前も立派なものです。実行団員の中でもバイク団員は特に重要なのですが、そこのこのような頼もしい人が加わるのはじつに嬉しいことです。せっかくの腕前なのですから、クラシックコースを誰よりも先に走る先行に加わってもらおうかと考えています。
今回からクラシックのコースはかなり変更になっていることもあり、いままで何度も参加した矢部団員もきっと新鮮な思いで走ってもらえることでしょう。
さて、来年はアナタも団員として参加しませんか?
テレビ岩手の高橋あてにメールしてもらえば、すぐにご返事いたしますよ(笑)
じゃ、お待ちしています!
ブログをサボっていた言い訳としては、トライアルの準備とその他モロモロの仕事が重なって、本当に時間が取れなくなっていたからです。いつもは元気いっぱいなんですが、さすがにこの忙しさには参りました・・・。

さて、このところ日曜はすべて草刈の日々で、明日13日もそうです.
来週、20日には実行団員が集まって、大会の役割分担や進行の確認などをするミーティングが例年行われるのですが、早い話が大会1週間前は、もう大会期間に突入しているのです。
そして翌21日からは3日間連続でクラシックのコース・セクション作りを行います。
ネリ・ブドリは旧安代町内だけ(といってもものすごく広い…)ですが、クラシックのコースは往復360キロもあるので、コースマーカーを貼る作業だけでも大変な労力が必要です。
しかもそのコース上に50箇所もあるセクションをすべてマーカーやテープで設定してゆくわけですから、参加する場合のクラシックは2日間トライアルですが、実行団の準備のときは3日間トライア(?)なのです。
クラシックだけでなく、準備作業が大変なのはネリ・ブドリ・サンムトリも同じようなもので、それらすべての作業は実行団員が行います。前置きが長くなりましたが、その実行団員とは、いったいどんな人々で構成されているか・・・というのが今回のお話です。
あたりまえといえばそれまでですが、岩手県で行われる大会なので、実行団員は地元岩手の人が一番多いことはお察しのとおりです。もちろん隣接する宮城県、青森県、秋田県からもきます。
ところが、意外なことに、埼玉、神奈川、愛知、兵庫、富山といった遠方からも毎年駆けつける実行団員たちがいるのです。
そんな団員たちに、なぜイーハトーブトライアルに実行団員として遠方から毎回来るようになったのかを聞いてみました。
愛知県・筒井団員
きっかけとしては、どんな所でどの様に大会が行なわれているか、実行団員見習いとして参加してみて、続けてみたいと思ったから。二輪の免許は持っていないけど岩手の自然に浸りたいと思うので、毎回来てしまう。第何回目の大会だったか思い出せないが、岩手に向う途中、台風で高速道路が川のようになり、又、川の氾濫により水没した風景が見られた。その直後に高速道路が通行止めになったが、それでも大会当日には多くのライダーが集まった事が印象に残っています。七時雨山荘前の最終セクションでの夕刻が迫る雰囲気は、何とも云えません。
埼玉県・嘉数団員
イ-ハト-ブに初めて来たのは、今からかれこれ16年前です。何かの雑誌にオブザーバ-募集の記事が載っていて、なぜだかわからないけれど直感で面白そうだなと思って、すぐ行くことに決めたのだと思います。その頃はバイクに乗るのも楽しくて、東京から一人でバイクを飛ばして岩手まで行ってました。実際行ってみて、都会では決して味わえない山や川や海や空気など素晴らしい自然と、暖かい人達に接して、いっぺんでとりこになりました。それから毎年通い続けて10年余り。親しい友達も増えて、1年ぶりに会うと、よく来たねと暖かく迎えてくれるのが本当に嬉しかったです。そして冷たい澄んだ空気を胸いっぱい吸い込んで、また1年私も頑張るぞと思いながら帰路に着く。そんな繰り返しでした。今では結婚し子供も出来て、独身の時のように簡単に身軽には行かれなくなりましたが、また行かれる状況になったらひょっこり顔を出しに行きたいと思っています。
埼玉県・重光団員
イーハトーブに行くようになったきっかけ…?
いろいろ考えたのですが、やはり「なんで?」と自分でも考えてしまします。
とりあえず、岩手が好き、岩手の人が好き、
岩手が好きな人が好き、という事かな?って思いますね。
初めてのイーハートーブは、1990年のオブザーバーからだったのですが、
この時に参加した理由は、「GWスポーツのカッパが貰える」でした。
なんて素敵な理由だなんて聞かないで下さい(爆)
その後数年オーブザーバーの役務に就き、
なにげなく行った七時雨会場の本部テントで、
「何か手伝うことありますか?」っていうと
「後片付け」と言われ一緒に片づけをしてました。
この時に、何か感じるものが有り、
「来年も来ますね」って言うと、当時実行団長の土谷さんを紹介され今に至ります(笑)
現在は、年に一度の遠乗りの感覚で、岩手観光の一環で参加しています。
って言うと怒られちゃいますかね。
まぁ、自己中心的に言うと「必要としてくれている人が居る」と思っているのが
正直な所です。
こんな自分でも「役に立っているんだ」と実感できるところです。
ですが、実際は地元の方にばっかり準備を押し付けて、
当日だけ参加しているヘタレ者です。

兵庫県・岸本団員
イーハトーブに行き始めたきっかけ??
そんな事聞かれたって二年目から今までもよう解ってないですよ。
強いて言うなら行くと気持ちいいからかな。自分ではトライアルしないしね。
僕のトライアルは足何回着いても何回転んでも必ずゴールするって事ですから。
普段土の上走んない僕としてはヒームカが一番合ってたけどね。
今更クラシックのコース走れるかなぁ。って思います。TLRやし。
バイクじゃなくってバックの車ならいけるかな。
今でもコース周辺なら地図無くてもお使いぐらい出来るやろうし。
88年に初めてヘルパーで参加した時は東北ツーリングの一環だったけど、
樹海大雨事件があった年で朝早くからみんなで樹海へ道路工事に入りました。
金使うてこんなしんどい事なんでせなあかんねやって思ったけど、
作業の後みんなで食べたラーメンが美味しくてね、
雨と汗でビショビショだったけど他人が喜んでくれる事をやったってなんか充実感が在りましたよ。
昔は宿泊も自費だったしイーハトーブ一回12~13万位かな。
今は車も宿もレンタカーのハイエースだし土谷家に泊めてもらったりで、
飛行機代往復5万ちょっととプラス小遣い程度。
まぁ仕事休んでるから日当入らないのが痛いけどね。
地元でずっと作業してる方の方が使ってるんじゃないでしょうか?
去年18年目にして初めて休んだ時、大会当日の日曜日、ロードですが、
600キロのソロツーリングしました。なんか走っていたくて…
後で届いたイーハトーブ大会DVD見て、自分がそこに居ないのはとても不思議な事でした。
どうして通って来るのと聞かれれば、
昔TVのインタビューで答えた『里帰りですよ』って事になりますねぇ。
・ ・・と、まあ、こんなぐあいにコメントしてくれました。
この他にも愛知の兵道団員、神奈川県・田辺団員、富山の松本団員など、遠方の常連団員は他にもいますが、長くなりすぎるので、別のエピソードとともに、次の機会に紹介したいと思います。
それは、そうとコメントを読んでもらえばわかるとおり、遠方の団員たちも明確な理由で来るわけじゃありません。
むしろ、よくわからないけど、来たくなるから…というようなあいまいな感じが見受けられます。
それもそのはず、じつは私だけが知っている明確な理由に、彼ら自身が気がついていないからです。
その理由とは、波長が合う人は岩手の、いや、宮澤賢治が造語した「イーハトーブ」=“ドリームランドとしてのイワテ”の引力に引き付けられて来るのです。ちょうど鉄だけが磁石に引き付けられるように…
今年は、また新しい遠方団員(最初は団員見習い)がやってきます。
それも大会1週間前から、ずっと準備作業をするために…!!!
その人は静岡の矢部団員ですが、彼はこれまでずっとクラシックに参加していて腕前も立派なものです。実行団員の中でもバイク団員は特に重要なのですが、そこのこのような頼もしい人が加わるのはじつに嬉しいことです。せっかくの腕前なのですから、クラシックコースを誰よりも先に走る先行に加わってもらおうかと考えています。
今回からクラシックのコースはかなり変更になっていることもあり、いままで何度も参加した矢部団員もきっと新鮮な思いで走ってもらえることでしょう。
さて、来年はアナタも団員として参加しませんか?
テレビ岩手の高橋あてにメールしてもらえば、すぐにご返事いたしますよ(笑)
じゃ、お待ちしています!
2006年07月24日
大会まであと1ヶ月
7月22、23日の両日、クラシック全コースとセクションチェックをしてきました。

クラシックコースは、今年から流水に入らない(他に通るところがない場合を除く)基本方針に転換したため、沢のセクションが無くなり、それにともなってコースの取り回しも変更されました。
二日間のコースを走破した目的は、第一に走行距離と燃料に対する航続距離、給油ポイントの確認です。
その結果、一日目、二日目とも走行距離は約180キロ。二日間の合計は360キロとなり、いままでと大差ない距離に設定できました。
しかし、その中身はかなり大幅に変わっていて、とくに二日目、普代村くろさき荘を出たあとは南隣の田野畑村を通るコースに変更されています。
そして、セクションも岩場や斜面のセクションが増え、よりいっそうテクニックの差が現れやすい設定になっています。観衆の多いところでは人工セクションもあります。
ところで、余談ですが、沢のセクションが無くなったことで、草刈り作業の負担が大幅に増えました。沢には草が生えませんが、その他の場所の草の繁殖力はとてつもないものです。草木がいっせいに伸びる6月に主なコースやセクションの草刈を一度やってあるにもかかわらず、今回の試走ではそのとき草刈をした場所がどこだかわからないほど草が伸びていました! だからもう一度8月に草刈をする必要があるわけです。
そんなことなら6月の草刈をしないで、8月に一度だけやればよさそうなものですが、そうなると草はより高く、より強くなっていて、セクションの地形を見分けることが難しい状態になってしまうのです。それに枝を払ってないと潅木に葉がいっぱいついて立ち入ることすら難しい場合もでてきます。
つまり、どうしてもトライアル主催は草刈り作業そのものということになり、これは出光イーハトーブトライアルに限らず、夏の大会にはつきものの話ですが、岩手はことのほか広いので何倍も大変なことだけは間違いありません。
今回は予報どおり二日間とも雨模様でしたが、くろさき荘をでて田野畑の海が見えるあたりでは、青い海の上に冷たいやませ(寒気)が押し寄せてくる様子が一瞬の日差しのもとでとても美しく見えました。

また、来週も田野畑村の牧場にセクション設定と草刈りがまっています。大会まであと1ヶ月、実行団員はさすがに疲れ気味ですが、大会当日、参加者のみなさんの笑顔があればそんな苦労もいっぺんに吹き飛んでしまいます。
とくに帰り際、「面白かった!」の一言は、シェフの聞く「おいしかった!」の一言と同じく、私たちが報われる瞬間です。
早く聞きたいなー、その言葉…(さいそくするなって?)

クラシックコースは、今年から流水に入らない(他に通るところがない場合を除く)基本方針に転換したため、沢のセクションが無くなり、それにともなってコースの取り回しも変更されました。
二日間のコースを走破した目的は、第一に走行距離と燃料に対する航続距離、給油ポイントの確認です。
その結果、一日目、二日目とも走行距離は約180キロ。二日間の合計は360キロとなり、いままでと大差ない距離に設定できました。
しかし、その中身はかなり大幅に変わっていて、とくに二日目、普代村くろさき荘を出たあとは南隣の田野畑村を通るコースに変更されています。
そして、セクションも岩場や斜面のセクションが増え、よりいっそうテクニックの差が現れやすい設定になっています。観衆の多いところでは人工セクションもあります。
ところで、余談ですが、沢のセクションが無くなったことで、草刈り作業の負担が大幅に増えました。沢には草が生えませんが、その他の場所の草の繁殖力はとてつもないものです。草木がいっせいに伸びる6月に主なコースやセクションの草刈を一度やってあるにもかかわらず、今回の試走ではそのとき草刈をした場所がどこだかわからないほど草が伸びていました! だからもう一度8月に草刈をする必要があるわけです。
そんなことなら6月の草刈をしないで、8月に一度だけやればよさそうなものですが、そうなると草はより高く、より強くなっていて、セクションの地形を見分けることが難しい状態になってしまうのです。それに枝を払ってないと潅木に葉がいっぱいついて立ち入ることすら難しい場合もでてきます。
つまり、どうしてもトライアル主催は草刈り作業そのものということになり、これは出光イーハトーブトライアルに限らず、夏の大会にはつきものの話ですが、岩手はことのほか広いので何倍も大変なことだけは間違いありません。
今回は予報どおり二日間とも雨模様でしたが、くろさき荘をでて田野畑の海が見えるあたりでは、青い海の上に冷たいやませ(寒気)が押し寄せてくる様子が一瞬の日差しのもとでとても美しく見えました。

また、来週も田野畑村の牧場にセクション設定と草刈りがまっています。大会まであと1ヶ月、実行団員はさすがに疲れ気味ですが、大会当日、参加者のみなさんの笑顔があればそんな苦労もいっぺんに吹き飛んでしまいます。
とくに帰り際、「面白かった!」の一言は、シェフの聞く「おいしかった!」の一言と同じく、私たちが報われる瞬間です。
早く聞きたいなー、その言葉…(さいそくするなって?)
2006年07月17日
出光イーハトーブトライアルプレイベント大成功!
30周年記念大会を盛り上げようと、出光興産とヤマハ、それに菅生
サーキット、それに事務局のテレビ岩手が協働(あえてこの言葉)して、「出光イーハトーブトライアルプレイベント」が7月15、16日に開催され、予想以上の大成功となりました。
広大な菅生サーキットの山野を巡るエンデューロコースのもっとも
やさしい部分だけをつなげ、7つの「ネリ」(初心者・初級向け)セクションを配置したのは、ご存知、木村治男さん。

両日合わせて40名の参加者に直接指導してくれたインストラクターは、木村さんに加え、黒山健一、野崎史高らスーパーA級ライダーを含む4名という、まるで夢のような豪華さ!
いつも出光イーハトーブトライアルのスタート台に掲げられる出光ロゴ入り横断幕、コースマーカー、セクションマーカー、それにライダーのゼッケンにいたるまで、すべて本物の出光イーハトーブトライアル用を使用して、いやがおうでも本番気分を盛り上げる演出も、さすがイーハトーブトライアル精神をしっかり汲み取っている木村さんだけあって芸が細かい!
このイベントの最大の目的は、出光イーハトーブトライアルに参加するにあたり精神的、技術的、それに健康面の不安要素もを取り除き、大会終了後、「ああ、面白かった!」と、笑顔で帰宅できるようになることにつきます。
…というわけで、普段はヤマハ契約ロードレースライダーの体調管理をしているトレーナーの先生の指導で、念入りな準備運動をすることから始まりました。
ふだんはあまりやらない体の動きを取り入れた約15分の準備運動は、それだけで十分に汗をかくほどでした。
トライアルは初めて…というレベルの人を前提に、木村さんのていねいなテクニック指導が始まりました。
テクニックとはいっても、安全な坂の下り方、上り切れずに止まった場合の対処法など、人車ともに無事に戻るための基本中の基本なのですが、初心者でなくとも案外うまくできない人もいたりして、これは非常に意味のある講習内容です。
しかも、「上り切れずに止まった場合、不用意にクラッチを切るとバイクはこのように後ろ向きに走り出し、大転倒…」と、受講者の前でリアルな転倒シーンまで実演する黒山選手の熱の入れようがじつに素晴らしい!

野崎選手もこの日ばかりは木村さんの助手に徹して、いい例、悪い例を解説どおりに見せてくれるので、参加者は理解を深めただけでなく、二人の有名ライダーが見せるプロ精神に深く感動したようすでした。

スクールのあとは、模擬出光イーハトーブトライアルのコースで採点を行いながらトライアル体験に突入。
これがまた、本番そのままの気分にひたれる絶妙のコースとセクション設定で、参加者は真剣にトライアルを楽しんでいました。
一日目は開始直前までかなりの雨が降っていたこともあり、コースは非常にすべるうえに、あちこちにあるわだちにハンドルを取られて転倒する人もいて、短いコースながら1周したあとにはヘトヘト状態の人も見受けられましたが、ゴールのゲートをくぐったそれぞれの顔には充実感がみなぎっていました。
しかも、ちゃんと採点カードを集計して3位までの賞品も贈られて、小さいながらも出光イーハトーブトライアルの気分は最後まで見事に演出されていました。
最後に参加者を楽しませたのが、二人のスーパーA級ライダーのデモンストレーションで、飛んだり跳ねたり回ったりの、高度な技の連続に見ているほうは大興奮。
それにしても、TYS125Fでも腕さえあればここまでの技ができるんですね。

今回は、開催が急遽決定したこともあり、大会申し込み締め切り(7月21日)直前というタイミングになってしまいましたが、非常に濃い内容のイベントだったこともあり、取材に訪れたバイク雑誌記者らのあいだからは「今回限りではもったいない」などの声も出て、来年以降も継続開催される可能性が濃厚となりました。
最後に、私自身の感想として、このような素晴らしいプレイベントが、出光イーハトーブトライアル大会運営実行団以外の人たちによって完璧に開催されたことに驚嘆するとともに、関係者のみなさんの努力に心からのお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。おつかれさまー!
ところで、出光イーハトーブトライアルの申し込み締め切りは今週の金曜日。
あと4日後です。誘ってあげたいあの人といっしょに、急いでエントリーしましょう!
クラシック観戦ツアー締め切りは8月18日(金)正午ですが、その前でも定員の15名に達した時点で締め切りますので、こちらもお早めにお申し込み下さい。
サーキット、それに事務局のテレビ岩手が協働(あえてこの言葉)して、「出光イーハトーブトライアルプレイベント」が7月15、16日に開催され、予想以上の大成功となりました。
広大な菅生サーキットの山野を巡るエンデューロコースのもっとも
やさしい部分だけをつなげ、7つの「ネリ」(初心者・初級向け)セクションを配置したのは、ご存知、木村治男さん。

両日合わせて40名の参加者に直接指導してくれたインストラクターは、木村さんに加え、黒山健一、野崎史高らスーパーA級ライダーを含む4名という、まるで夢のような豪華さ!
いつも出光イーハトーブトライアルのスタート台に掲げられる出光ロゴ入り横断幕、コースマーカー、セクションマーカー、それにライダーのゼッケンにいたるまで、すべて本物の出光イーハトーブトライアル用を使用して、いやがおうでも本番気分を盛り上げる演出も、さすがイーハトーブトライアル精神をしっかり汲み取っている木村さんだけあって芸が細かい!
このイベントの最大の目的は、出光イーハトーブトライアルに参加するにあたり精神的、技術的、それに健康面の不安要素もを取り除き、大会終了後、「ああ、面白かった!」と、笑顔で帰宅できるようになることにつきます。
…というわけで、普段はヤマハ契約ロードレースライダーの体調管理をしているトレーナーの先生の指導で、念入りな準備運動をすることから始まりました。
ふだんはあまりやらない体の動きを取り入れた約15分の準備運動は、それだけで十分に汗をかくほどでした。
トライアルは初めて…というレベルの人を前提に、木村さんのていねいなテクニック指導が始まりました。
テクニックとはいっても、安全な坂の下り方、上り切れずに止まった場合の対処法など、人車ともに無事に戻るための基本中の基本なのですが、初心者でなくとも案外うまくできない人もいたりして、これは非常に意味のある講習内容です。
しかも、「上り切れずに止まった場合、不用意にクラッチを切るとバイクはこのように後ろ向きに走り出し、大転倒…」と、受講者の前でリアルな転倒シーンまで実演する黒山選手の熱の入れようがじつに素晴らしい!

野崎選手もこの日ばかりは木村さんの助手に徹して、いい例、悪い例を解説どおりに見せてくれるので、参加者は理解を深めただけでなく、二人の有名ライダーが見せるプロ精神に深く感動したようすでした。

スクールのあとは、模擬出光イーハトーブトライアルのコースで採点を行いながらトライアル体験に突入。
これがまた、本番そのままの気分にひたれる絶妙のコースとセクション設定で、参加者は真剣にトライアルを楽しんでいました。
一日目は開始直前までかなりの雨が降っていたこともあり、コースは非常にすべるうえに、あちこちにあるわだちにハンドルを取られて転倒する人もいて、短いコースながら1周したあとにはヘトヘト状態の人も見受けられましたが、ゴールのゲートをくぐったそれぞれの顔には充実感がみなぎっていました。
しかも、ちゃんと採点カードを集計して3位までの賞品も贈られて、小さいながらも出光イーハトーブトライアルの気分は最後まで見事に演出されていました。
最後に参加者を楽しませたのが、二人のスーパーA級ライダーのデモンストレーションで、飛んだり跳ねたり回ったりの、高度な技の連続に見ているほうは大興奮。
それにしても、TYS125Fでも腕さえあればここまでの技ができるんですね。

今回は、開催が急遽決定したこともあり、大会申し込み締め切り(7月21日)直前というタイミングになってしまいましたが、非常に濃い内容のイベントだったこともあり、取材に訪れたバイク雑誌記者らのあいだからは「今回限りではもったいない」などの声も出て、来年以降も継続開催される可能性が濃厚となりました。
最後に、私自身の感想として、このような素晴らしいプレイベントが、出光イーハトーブトライアル大会運営実行団以外の人たちによって完璧に開催されたことに驚嘆するとともに、関係者のみなさんの努力に心からのお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。おつかれさまー!
ところで、出光イーハトーブトライアルの申し込み締め切りは今週の金曜日。
あと4日後です。誘ってあげたいあの人といっしょに、急いでエントリーしましょう!
クラシック観戦ツアー締め切りは8月18日(金)正午ですが、その前でも定員の15名に達した時点で締め切りますので、こちらもお早めにお申し込み下さい。
2006年07月10日
じつに実行団員向きな人
7月9日のコメントに書き込んでくれた、きたがまえさんは、
出光イーハトーブトライアル実行団長の家村君と、その右腕、
中村君が住んでいる岩手町内から、ついさきごろ志願して
実行団員見習いを始めた人です。

町内とはいっても面積が広い岩手のこと、さすがに顔が広い家村、
中村両君とも、きたがまえさんとは面識が無かったそうです。
いつごろイーハトーブトライアルのことを知ったのかと聞いた
ところ、10年ほど前とのこと。
そして昨年岩手町のハイライトでもある北緯40度公園
ヒルクライムセクションで、高橋由君のデモ走行と、参加者
の走りを見て、どうしても実行団員として手伝いたいと思った
そうです。
そういう方は気軽にテレビ岩手事務局(019-624-1166 担当:高橋)
に電話してもらうか、メール(ヘッダー参照)してもらえばいい
のですが、彼の場合はお祭りのとき、神主さんとなんとはなしに
イーハトーブトライアルの話になって、その神主さんが町内の
バイク屋さん、「セヨシサイクル」を紹介してくれたそうです。
じつはセヨシの社長はいつも40度公園ヒルクライムで失敗して
落ちそうになるライダーをキャッチするために、ロープで体をしばって
急斜面で待機しているお助けマンその人なのです!
このブログを読んでいる人の中にも、助けられた覚えのある人もいる
かも知れませんね。
ともかく、そこできたがまえさんを中村君が紹介され、めでたく実行団
見習いとなったというわけです。
ネット時代でも、このような人づての連絡は結びつきが固くなる、
一番いい方法かもしれませんね。
きたがまえさんは、私がニュージーランドに行っている間に
一度作業に参加してくれているので、7月9日の作業が二回目の
参加ですが、私はこの日が初対面でした。
団長から紹介されたとき、がっしりといかにも頼りになりそう
な体の上に、おだやかに微笑んでいる顔がとても印象的でした。
全員で9名と、参加者が多かったことと、長い距離を草刈りする
関係で、今回のクラシック観戦ツアーガイドのザビエル土谷が
所長をつとめる出光SS葛巻給油所から軽トラを借りて9人分の
草刈機と荷物を積み込んで、さんだいなべに登りました。
到着してすぐ、私がセクションを見ている間に、彼はトラックから
降ろした草刈機を整然と並べ、バイク部隊の到着にそなえていました。
とくに指示が無くとも、自分が何をすべきかをつねに考えて静かに、
しかし確実に作業をすすめる…まるで実行団員の理想の姿をそこに
見るような思いがしました。
実行団の中で、私も含め、みんながどういう役割を受け持っているの
かを、軽トラを運転しながら説明してもすぐに呑み込んでくれるし、
道路や地名もさすが地元だけあってよくわかっている点がたのもしく
感じられました。
これまで、色んな意味で負担が集中していた家村、中村両君を助ける
つもりでお願いしますと私が言うと、しずかにうなずくその横顔を見て、
岩手にはほんとうにいい人がいるなぁと、あらためて思えました。
きたがまえさん、これならすぐに一人前の実行団員ですよ!
出光イーハトーブトライアル実行団長の家村君と、その右腕、
中村君が住んでいる岩手町内から、ついさきごろ志願して
実行団員見習いを始めた人です。

町内とはいっても面積が広い岩手のこと、さすがに顔が広い家村、
中村両君とも、きたがまえさんとは面識が無かったそうです。
いつごろイーハトーブトライアルのことを知ったのかと聞いた
ところ、10年ほど前とのこと。
そして昨年岩手町のハイライトでもある北緯40度公園
ヒルクライムセクションで、高橋由君のデモ走行と、参加者
の走りを見て、どうしても実行団員として手伝いたいと思った
そうです。
そういう方は気軽にテレビ岩手事務局(019-624-1166 担当:高橋)
に電話してもらうか、メール(ヘッダー参照)してもらえばいい
のですが、彼の場合はお祭りのとき、神主さんとなんとはなしに
イーハトーブトライアルの話になって、その神主さんが町内の
バイク屋さん、「セヨシサイクル」を紹介してくれたそうです。
じつはセヨシの社長はいつも40度公園ヒルクライムで失敗して
落ちそうになるライダーをキャッチするために、ロープで体をしばって
急斜面で待機しているお助けマンその人なのです!
このブログを読んでいる人の中にも、助けられた覚えのある人もいる
かも知れませんね。
ともかく、そこできたがまえさんを中村君が紹介され、めでたく実行団
見習いとなったというわけです。
ネット時代でも、このような人づての連絡は結びつきが固くなる、
一番いい方法かもしれませんね。
きたがまえさんは、私がニュージーランドに行っている間に
一度作業に参加してくれているので、7月9日の作業が二回目の
参加ですが、私はこの日が初対面でした。
団長から紹介されたとき、がっしりといかにも頼りになりそう
な体の上に、おだやかに微笑んでいる顔がとても印象的でした。
全員で9名と、参加者が多かったことと、長い距離を草刈りする
関係で、今回のクラシック観戦ツアーガイドのザビエル土谷が
所長をつとめる出光SS葛巻給油所から軽トラを借りて9人分の
草刈機と荷物を積み込んで、さんだいなべに登りました。
到着してすぐ、私がセクションを見ている間に、彼はトラックから
降ろした草刈機を整然と並べ、バイク部隊の到着にそなえていました。
とくに指示が無くとも、自分が何をすべきかをつねに考えて静かに、
しかし確実に作業をすすめる…まるで実行団員の理想の姿をそこに
見るような思いがしました。
実行団の中で、私も含め、みんながどういう役割を受け持っているの
かを、軽トラを運転しながら説明してもすぐに呑み込んでくれるし、
道路や地名もさすが地元だけあってよくわかっている点がたのもしく
感じられました。
これまで、色んな意味で負担が集中していた家村、中村両君を助ける
つもりでお願いしますと私が言うと、しずかにうなずくその横顔を見て、
岩手にはほんとうにいい人がいるなぁと、あらためて思えました。
きたがまえさん、これならすぐに一人前の実行団員ですよ!
2006年07月07日
日本行きまであと1ヶ月半の日々
思いがけず、テレビ取材のコーディネーターとして
再びオリバーファミリーに会う機会に恵まれました。

ちょうど1年ぶりに会うスティーブンと妻のデボラ、
3人の息子たち、アンディ、ニック、ピーターと、
さっそくネルソン郊外の88バレー(地名)で撮影
を開始。ごらんのように最高の環境でライディング
するのですから、どこにカメラを向けても絵になり
ます。おまけに天気も絶好で、気分も最高です。
スティーブンは、さすがに5回もNZチャンプに
なっただけのことはあり、飛んだり跳ねたりの息子
たちとは違うライディングスタイルで、随所に
うまさを感じさせます。
3人の息子たちはいずれも自転車トライアルののち
モーターサイクルに転向したので、とにかく飛ぶ、
跳ねるが得意で、しかも疲れを知らないかのように
休みもせず乗り続けています。
デボラも一応乗るのですが、トライアルはまだまだ
おっかなびっくりのレベル。簡単なセクションを
設定してあげたら、なんとなくコツがつかめてきた
様子でしたが、まあ、ネリの参加者としてはこれで
もいいでしょう…
この日は、ネルソンに住む彼らだけが撮影の対象で、
約400キロ離れたお爺さんのアラン、スティーブン
の弟で、現役エンデューロNZチャンプ(40歳以上クラス)
のグラント、末弟のデイビッドは参加していません。
じつに残念なことに、グラントは4月末に開かれた
エンデューロに参加し、時速100キロ以上のスピード
で走行中、飛び出してきた羊と激突して肩の骨を折る
重傷を負い、今回の出光イーハトーブトライアルには
参加できなくなりました。
デイビッドは視野狭窄症のため、日本には行かれないと
昨年の段階であきらめていたので、結局、今回の参加
は6名と決まりました。
もう、日本に来るまであと1ヶ月半あまり。
日本に来たことがあるアラン以外は日本は初めて。
3人の息子たちは海外に出ること自体初めてなので、
いまは楽しみと不安の交錯する日々というところで
しょうか。
再びオリバーファミリーに会う機会に恵まれました。

ちょうど1年ぶりに会うスティーブンと妻のデボラ、
3人の息子たち、アンディ、ニック、ピーターと、
さっそくネルソン郊外の88バレー(地名)で撮影
を開始。ごらんのように最高の環境でライディング
するのですから、どこにカメラを向けても絵になり
ます。おまけに天気も絶好で、気分も最高です。
スティーブンは、さすがに5回もNZチャンプに
なっただけのことはあり、飛んだり跳ねたりの息子
たちとは違うライディングスタイルで、随所に
うまさを感じさせます。
3人の息子たちはいずれも自転車トライアルののち
モーターサイクルに転向したので、とにかく飛ぶ、
跳ねるが得意で、しかも疲れを知らないかのように
休みもせず乗り続けています。
デボラも一応乗るのですが、トライアルはまだまだ
おっかなびっくりのレベル。簡単なセクションを
設定してあげたら、なんとなくコツがつかめてきた
様子でしたが、まあ、ネリの参加者としてはこれで
もいいでしょう…
この日は、ネルソンに住む彼らだけが撮影の対象で、
約400キロ離れたお爺さんのアラン、スティーブン
の弟で、現役エンデューロNZチャンプ(40歳以上クラス)
のグラント、末弟のデイビッドは参加していません。
じつに残念なことに、グラントは4月末に開かれた
エンデューロに参加し、時速100キロ以上のスピード
で走行中、飛び出してきた羊と激突して肩の骨を折る
重傷を負い、今回の出光イーハトーブトライアルには
参加できなくなりました。
デイビッドは視野狭窄症のため、日本には行かれないと
昨年の段階であきらめていたので、結局、今回の参加
は6名と決まりました。
もう、日本に来るまであと1ヶ月半あまり。
日本に来たことがあるアラン以外は日本は初めて。
3人の息子たちは海外に出ること自体初めてなので、
いまは楽しみと不安の交錯する日々というところで
しょうか。
2006年06月27日
NHK盛岡で収録してきました!
いうまでもなく出光イーハトーブトライアルは、
出光興産株式会社が冠協賛している大会です。
大会事務局はテレビ岩手販促事業部です。
それをNHKテレビが取り上げると、
いったいどうなるでしょうか?

昔のNHKだと、冠協賛の名前は間違っても言わない
とか、事務局が民放ならそもそも取り上げないと
相場が決まっていたものでしたが、NHK盛岡放送局では
そんな野暮なことは言いません。
30周年記念大会ならぜひ取り上げましょう!
…という感じで、30分の人気番組、「昼っこいわて」
でなんと9分間も放映してくれるのです!!
しかも「出光イーハトーブトライアル」と、ちゃんと
アナウンサーが言ってくれましたし、テレビ岩手制作の
番組を1分間も流して、きちんと内容紹介もして
くれました。
スタジオにはごらんのようにトライアルバイクを
デンと置いての掛け合いトーク形式ですから、
バイクを知らない人にもわかりやすかったと思います。
それにアナウンサーを良く見てください。
ゼッケンをつけているのがおわかりですか?
これは出光イーハトーブトライアル・ネリクラスのもの。
そうです、このアナウンサーは常連参加者でもあるのです!
岩手の人なら知らない人はいないアナウンサーの上原さんは、
ロードスポーツ、エンデューロ、トライアル、モンキーにいたるまで
7台(かな?)を所有する熱血ライダーです。
こういう人のおかげで、ふつうならあり得ない上記の話も実現
した…というのが真相だと思います。
きょうは収録だったので、放映はあさって29日11時30分から
12時までの「昼っこいわて」です。
まだ、きょうは確定していませんでしたが、夕方の人気番組「おばん
です、いわて」でも再放映の予定だそうです。
他県のみなさん、岩手限定でごめんね。
上原さんについては、いずれあらためてご紹介しましょう。
出光興産株式会社が冠協賛している大会です。
大会事務局はテレビ岩手販促事業部です。
それをNHKテレビが取り上げると、
いったいどうなるでしょうか?

昔のNHKだと、冠協賛の名前は間違っても言わない
とか、事務局が民放ならそもそも取り上げないと
相場が決まっていたものでしたが、NHK盛岡放送局では
そんな野暮なことは言いません。
30周年記念大会ならぜひ取り上げましょう!
…という感じで、30分の人気番組、「昼っこいわて」
でなんと9分間も放映してくれるのです!!
しかも「出光イーハトーブトライアル」と、ちゃんと
アナウンサーが言ってくれましたし、テレビ岩手制作の
番組を1分間も流して、きちんと内容紹介もして
くれました。
スタジオにはごらんのようにトライアルバイクを
デンと置いての掛け合いトーク形式ですから、
バイクを知らない人にもわかりやすかったと思います。
それにアナウンサーを良く見てください。
ゼッケンをつけているのがおわかりですか?
これは出光イーハトーブトライアル・ネリクラスのもの。
そうです、このアナウンサーは常連参加者でもあるのです!
岩手の人なら知らない人はいないアナウンサーの上原さんは、
ロードスポーツ、エンデューロ、トライアル、モンキーにいたるまで
7台(かな?)を所有する熱血ライダーです。
こういう人のおかげで、ふつうならあり得ない上記の話も実現
した…というのが真相だと思います。
きょうは収録だったので、放映はあさって29日11時30分から
12時までの「昼っこいわて」です。
まだ、きょうは確定していませんでしたが、夕方の人気番組「おばん
です、いわて」でも再放映の予定だそうです。
他県のみなさん、岩手限定でごめんね。
上原さんについては、いずれあらためてご紹介しましょう。
2006年06月26日
林道の走り方、大丈夫ですか?
25日は、クラシックとネリ・ブドリの両方とも作業日に当たり、大会会長の私としてはどっちも大切なので、どっちに行くべきか困りました。
で、結局、ネリ・ブドリのコースとセクション設定に行ってきましたが、印象的なのは全長100キロの”町内コース”なのに林道が長い区間にわたって続くこと。それもじつに景色の良いところが多いのです。

この数年、クラシックのコース・セクション設定ばかりやっていたので、久々に走るネリ・ブドリのコース上には新しい林道も開通していたり、ビックリするような良いセクションを石山さん(ネリ・ブドリの生みの親)が発見・交渉・設定していてくれたりと、なかなか楽しめる作業日でした。

さて、ここで問題になるのが林道の走り方です。
まず、出光イーハトーブトライアルはこれまでの29年間、
一件の交通事故も無くやってこられたのは、参加者のみなさんの
テクニックもマナーも良かったからです。
そのほかに神様のお守りもあったと、私は思っていますが…
ところが中には、良くもいままで事故にならなかったなーと思える
走り方の参加者がいるのも事実です。
それにはふたとおりのタイプがあり、ひとつはやたらに飛ばす人、
もうひとつはやたらに下手な人。
どちらもとっさの状況では無事ではすまないはず。
いままで無事だったのは単に運が良かったからと思いましょう!
そこで、せっかく林道を走るなら安全でスマートな走り方を身に
つけるほうが、よりいっそう出光イーハトーブトライアルを楽しむ
ことができるようになりますから、そのためのワンポイントアドバイス
をしましょう。
まず、出光イーハトーブトライアル参加規則書にもあるように、
常時ライトを上向きに点けること。これは対向車から一瞬でも早く
発見してもらえるようにです。
したがって下向きに切り替える必要はありません。
なぜ上向きかというと、昼間は下向きに点灯しても、カーブミラーなどに写った場合、ライトの光が目立たないので発見を早めるという観点からはライト点灯の効果が半減してしまうのです。
その点、上向きならミラーに反射した光が対向車に届く確率が高いので発見が早まるというわけです。
え、上向きだと対向車がまぶしくないかって?
心配ご無用! 昼間は回りが明るいので車のライトでさえ上向きでもまぶしくないのです。その証拠に対向車がチカチカ知らせてくることはまずありません。
それよりなにより、対向車から視認されることのほうがずっとずっと重要なのですから、物事の優先順位を正しく把握しましょう!
次に、見えないところではスピードを落とすことです。
逆に言えば、見えている区間はバイクの性能とライダーの技量の許す範囲で飛ばしても危険なことにはならないはずです。
危険を感じるようなら、バイクかライダーのレベルがそこまで行ってないということですから、スローダウンしましょう。
ただし、人がいる、あるいは車が止まっている場合は、
相手に危険を感じさせない速度に落としましょう。
おうおうにして、ライダーの感覚と、見ている人の感覚では大きなズレがあり、こちらは普通に(快適に)走っているつもりでも「とんでもなく飛ばしている」というふうにとられることがありますから。
さて、テクニックのアドバイスはおおまかに二つだけです。
ハンドルと両腕と肩とで○を描くようなイメージをして下さい。
これが林道だけでなく、セクションでも有効なライディングフォームなのです。(上達したいなら教習所で習ったフォームはいますぐ忘れましょう!)
じつはこのかたちになるためには、ハンドルの握り方からして教習所とは違います。
ハンドルを握るとき、極端に言えば丸いドアノブを回すようにハンドルを握ります。自分の目で見るとハンドルに対して手が45度になり、自然とヒジが外に張り出すかっこうになります。
このヒジの力を抜いて乗ることがどんなバイクでも上手に走らせるコツなのです!
もうひとつは、できるだけ遠くを見ながら乗ること。
つまり視線は見える限り前方を見ることで、自然と良いラインが取れるようになり、対向車などの発見も早まるのでリラックスして乗れるわけです。
このような知識も、知っているだけでは何の意味もありません。
走りに関すること、安全に関することはすべてできて初めて使い物になるのです。
出光イーハトーブトライアル実行団員たちも、この走り方をマスターした安全確実な走り方で、あの広い岩手にコースやセクションを設定しているのです。
ところで急な話ですが、7月15(土)、16日(日)の2日間、宮城県の菅生サーキットで「出光イーハトーブトライアルに行こう!」というプレイベントが開催されます。
ヤマハのトライアル車のほぼすべてを開発してきた、あの木村治男さんら講師陣が、出光イーハトーブトライアルを安全に楽しく走るためのコツを伝えてくれます。
詳しくは出光イーハトーブトライアルのウェブサイトをごらん下さい。
で、結局、ネリ・ブドリのコースとセクション設定に行ってきましたが、印象的なのは全長100キロの”町内コース”なのに林道が長い区間にわたって続くこと。それもじつに景色の良いところが多いのです。

この数年、クラシックのコース・セクション設定ばかりやっていたので、久々に走るネリ・ブドリのコース上には新しい林道も開通していたり、ビックリするような良いセクションを石山さん(ネリ・ブドリの生みの親)が発見・交渉・設定していてくれたりと、なかなか楽しめる作業日でした。

さて、ここで問題になるのが林道の走り方です。
まず、出光イーハトーブトライアルはこれまでの29年間、
一件の交通事故も無くやってこられたのは、参加者のみなさんの
テクニックもマナーも良かったからです。
そのほかに神様のお守りもあったと、私は思っていますが…
ところが中には、良くもいままで事故にならなかったなーと思える
走り方の参加者がいるのも事実です。
それにはふたとおりのタイプがあり、ひとつはやたらに飛ばす人、
もうひとつはやたらに下手な人。
どちらもとっさの状況では無事ではすまないはず。
いままで無事だったのは単に運が良かったからと思いましょう!
そこで、せっかく林道を走るなら安全でスマートな走り方を身に
つけるほうが、よりいっそう出光イーハトーブトライアルを楽しむ
ことができるようになりますから、そのためのワンポイントアドバイス
をしましょう。
まず、出光イーハトーブトライアル参加規則書にもあるように、
常時ライトを上向きに点けること。これは対向車から一瞬でも早く
発見してもらえるようにです。
したがって下向きに切り替える必要はありません。
なぜ上向きかというと、昼間は下向きに点灯しても、カーブミラーなどに写った場合、ライトの光が目立たないので発見を早めるという観点からはライト点灯の効果が半減してしまうのです。
その点、上向きならミラーに反射した光が対向車に届く確率が高いので発見が早まるというわけです。
え、上向きだと対向車がまぶしくないかって?
心配ご無用! 昼間は回りが明るいので車のライトでさえ上向きでもまぶしくないのです。その証拠に対向車がチカチカ知らせてくることはまずありません。
それよりなにより、対向車から視認されることのほうがずっとずっと重要なのですから、物事の優先順位を正しく把握しましょう!
次に、見えないところではスピードを落とすことです。
逆に言えば、見えている区間はバイクの性能とライダーの技量の許す範囲で飛ばしても危険なことにはならないはずです。
危険を感じるようなら、バイクかライダーのレベルがそこまで行ってないということですから、スローダウンしましょう。
ただし、人がいる、あるいは車が止まっている場合は、
相手に危険を感じさせない速度に落としましょう。
おうおうにして、ライダーの感覚と、見ている人の感覚では大きなズレがあり、こちらは普通に(快適に)走っているつもりでも「とんでもなく飛ばしている」というふうにとられることがありますから。
さて、テクニックのアドバイスはおおまかに二つだけです。
ハンドルと両腕と肩とで○を描くようなイメージをして下さい。
これが林道だけでなく、セクションでも有効なライディングフォームなのです。(上達したいなら教習所で習ったフォームはいますぐ忘れましょう!)
じつはこのかたちになるためには、ハンドルの握り方からして教習所とは違います。
ハンドルを握るとき、極端に言えば丸いドアノブを回すようにハンドルを握ります。自分の目で見るとハンドルに対して手が45度になり、自然とヒジが外に張り出すかっこうになります。
このヒジの力を抜いて乗ることがどんなバイクでも上手に走らせるコツなのです!
もうひとつは、できるだけ遠くを見ながら乗ること。
つまり視線は見える限り前方を見ることで、自然と良いラインが取れるようになり、対向車などの発見も早まるのでリラックスして乗れるわけです。
このような知識も、知っているだけでは何の意味もありません。
走りに関すること、安全に関することはすべてできて初めて使い物になるのです。
出光イーハトーブトライアル実行団員たちも、この走り方をマスターした安全確実な走り方で、あの広い岩手にコースやセクションを設定しているのです。
ところで急な話ですが、7月15(土)、16日(日)の2日間、宮城県の菅生サーキットで「出光イーハトーブトライアルに行こう!」というプレイベントが開催されます。
ヤマハのトライアル車のほぼすべてを開発してきた、あの木村治男さんら講師陣が、出光イーハトーブトライアルを安全に楽しく走るためのコツを伝えてくれます。
詳しくは出光イーハトーブトライアルのウェブサイトをごらん下さい。
2006年06月21日
「とりぱん」は、岩手紹介の名著です!
「とりぱん」???
なーに、それ?
フッフッフ…そう思ったアナタはもう編集者の思うツボにはまりましたね。
かくいう私もすぐはまりました。

まずは本屋さんで「とりぱん」を買いましょう!
(講談社 ワイドKCモーニング ¥590)
この印象的な題の由来も、読めばすぐにわかります。
内容は、主に庭に来る野鳥の生態や、岩手の身近な
自然と日常生活を題材にしているだけなのに、
それが結果として岩手生活の気持ちよさを、
余すところなく他県の人に伝えるチカラがあります。
読むと、作者の感性に共感し、大いに笑い、感心させられます。
そしてときどき見せる、詩的な言葉の選び方にも…
とにかく、小学生から大人まで、だれが読んでも楽しめ、
いま岩手の本屋さんで売り切れ続出のバカ受けコミック
なので、参加者のみなさんにもご紹介しておきます。
断言しますが、これは岩手紹介の名著です!
この、ユニークで面白い漫画の作者にもがぜん興味がわきます。
その人、盛岡市郊外の住宅街に住む30代独身女性。
なんとバイクにも乗る(少なくとも免許はある)人だということも、作品中で自己紹介してあります。
それにしても、とりのなんこつのような作者の名前も、
その由来をぜひ聞きたいものです。
「出光イーハトーブトライアル」のパンフに何か書いてもらい
たい、と、読んで本を閉じたときに思いました。
連絡とってみようかな…
なーに、それ?
フッフッフ…そう思ったアナタはもう編集者の思うツボにはまりましたね。
かくいう私もすぐはまりました。

まずは本屋さんで「とりぱん」を買いましょう!
(講談社 ワイドKCモーニング ¥590)
この印象的な題の由来も、読めばすぐにわかります。
内容は、主に庭に来る野鳥の生態や、岩手の身近な
自然と日常生活を題材にしているだけなのに、
それが結果として岩手生活の気持ちよさを、
余すところなく他県の人に伝えるチカラがあります。
読むと、作者の感性に共感し、大いに笑い、感心させられます。
そしてときどき見せる、詩的な言葉の選び方にも…
とにかく、小学生から大人まで、だれが読んでも楽しめ、
いま岩手の本屋さんで売り切れ続出のバカ受けコミック
なので、参加者のみなさんにもご紹介しておきます。
断言しますが、これは岩手紹介の名著です!
この、ユニークで面白い漫画の作者にもがぜん興味がわきます。
その人、盛岡市郊外の住宅街に住む30代独身女性。
なんとバイクにも乗る(少なくとも免許はある)人だということも、作品中で自己紹介してあります。
それにしても、とりのなんこつのような作者の名前も、
その由来をぜひ聞きたいものです。
「出光イーハトーブトライアル」のパンフに何か書いてもらい
たい、と、読んで本を閉じたときに思いました。
連絡とってみようかな…
2006年06月15日
「出光イーハトーブ4ストオイル」をプレゼント!
なんとなんと、先日の出光イーハトーブトライアル準備会議の席上で、ビックリするようなありがたいお話が出光のみなさんから紹介されました。
モータースポーツのサポート開始以来、そろそろ20年になろうという出光技術陣が、総力を挙げて作ったのが、今回、出光イーハトーブトライアルに参加する人全員に1リッター缶をプレゼントする予定の「出光イーハトーブ4ストオイル」なのです!
バイクの歴史上、トライアル用オイルというのはこれが世界初でしょうね。

このオイル、「どうせ何かのオイルのラベルを張替えただけだろ?」
なんて思った人は、大バチ当たりの不届き者として百たたきですよ!
なにせ、あのルマン24時間総合優勝のマツダロータリーエンジンを支えたオイルを作り出した技術陣が本気で取り組んだ、いわば出光モータースポーツサポートの集大成ともいうべきオイルなんですから!そんじょそこらの、宣伝文句が一人歩きしているようなオイルとは、いっしょにしないでもらいたいです。
とにかく、「出光イーハトーブ4ストオイル」は、生まれが違います。
ベースオイル作りからこだわり、現在ではまれなバイク用、それも空冷エンジンの過酷な使用を前提に作り出した仕様で、まったくのスペシャルということです。
こんなに素晴らしいオイルを、今回の出光イーハトーブトライアル30周年記念大会のビッグなプレゼントとして、発売に先立って参加者の皆さんにその良さを実感してもらいたいという、出光のみなさんの熱意には本当に頭が下がります。ありがとうございます、出光さん…
それはそうと、バイク用、それもトライアル用という仕様が、ふつうのオイルとどこが違うかというと、まず熱負荷が非常に高い使用でも余裕で耐えられるように、クルマ用より粘度を高くしてある点です。
最近のクルマ用オイルは省燃費性能向上のために粘度が低くなる一方なので、空冷バイクエンジンの過酷な条件にはあまり向いていません。
とくに出光イーハトーブトライアル・クラシックコースのように標高差が1000メートル以上もあり、普代ヒルクライムのような急な登坂、舗装の長い登り、低速で風が当たらない山道コースなど、空冷・小排気量エンジンでは熱負荷の高い場面がたくさんあるときにも、このオイルはまったく変調を感じさせないのです。
私たち実行団員の4ストバイクは、すでにこのオイルを使ってさんざん走り回って、その良さを実感しているので、自信を持ってこのようなことが書けるわけです。
しかも、市販オイルでは摩擦を減らすために使われることが多いモリブデン系の減摩剤を使わず、特殊な減摩剤(ヒ・ミ・ツ)を使っている点が最大の特徴なのですが、詳しいことは私も知りません(笑)いまのところ市販するかどうかは未定だそうですが、今回の参加者のみなさんの反応しだいでは、ひょっとしたら発売することになるかもしれません。
会議の席上では、1リッター缶のラベルデザインも3種類提案されましたが、私が手にしているデザイン案をベースに若干手直ししたものになりそうです。
いずれにしろ、30周年記念大会にかける出光技術陣の意気込みがビンビン伝わってくるような、まさに世界最高峰オイルといってもさしつかえありません。
ちなみに、価格のことを聞いたら「○千円程度で売れるようなものではありません。とんでもない開発費がかかっていますから」と笑っているだけで、答えてもらえませんでした。
こんなプレミアムオイル、参加するだけでプレゼントしてもらえるなんて…やっぱりブログのタイトルどおり、出光イーハトーブトライアルへ行こう!
モータースポーツのサポート開始以来、そろそろ20年になろうという出光技術陣が、総力を挙げて作ったのが、今回、出光イーハトーブトライアルに参加する人全員に1リッター缶をプレゼントする予定の「出光イーハトーブ4ストオイル」なのです!
バイクの歴史上、トライアル用オイルというのはこれが世界初でしょうね。

このオイル、「どうせ何かのオイルのラベルを張替えただけだろ?」
なんて思った人は、大バチ当たりの不届き者として百たたきですよ!
なにせ、あのルマン24時間総合優勝のマツダロータリーエンジンを支えたオイルを作り出した技術陣が本気で取り組んだ、いわば出光モータースポーツサポートの集大成ともいうべきオイルなんですから!そんじょそこらの、宣伝文句が一人歩きしているようなオイルとは、いっしょにしないでもらいたいです。
とにかく、「出光イーハトーブ4ストオイル」は、生まれが違います。
ベースオイル作りからこだわり、現在ではまれなバイク用、それも空冷エンジンの過酷な使用を前提に作り出した仕様で、まったくのスペシャルということです。
こんなに素晴らしいオイルを、今回の出光イーハトーブトライアル30周年記念大会のビッグなプレゼントとして、発売に先立って参加者の皆さんにその良さを実感してもらいたいという、出光のみなさんの熱意には本当に頭が下がります。ありがとうございます、出光さん…
それはそうと、バイク用、それもトライアル用という仕様が、ふつうのオイルとどこが違うかというと、まず熱負荷が非常に高い使用でも余裕で耐えられるように、クルマ用より粘度を高くしてある点です。
最近のクルマ用オイルは省燃費性能向上のために粘度が低くなる一方なので、空冷バイクエンジンの過酷な条件にはあまり向いていません。
とくに出光イーハトーブトライアル・クラシックコースのように標高差が1000メートル以上もあり、普代ヒルクライムのような急な登坂、舗装の長い登り、低速で風が当たらない山道コースなど、空冷・小排気量エンジンでは熱負荷の高い場面がたくさんあるときにも、このオイルはまったく変調を感じさせないのです。
私たち実行団員の4ストバイクは、すでにこのオイルを使ってさんざん走り回って、その良さを実感しているので、自信を持ってこのようなことが書けるわけです。
しかも、市販オイルでは摩擦を減らすために使われることが多いモリブデン系の減摩剤を使わず、特殊な減摩剤(ヒ・ミ・ツ)を使っている点が最大の特徴なのですが、詳しいことは私も知りません(笑)いまのところ市販するかどうかは未定だそうですが、今回の参加者のみなさんの反応しだいでは、ひょっとしたら発売することになるかもしれません。
会議の席上では、1リッター缶のラベルデザインも3種類提案されましたが、私が手にしているデザイン案をベースに若干手直ししたものになりそうです。
いずれにしろ、30周年記念大会にかける出光技術陣の意気込みがビンビン伝わってくるような、まさに世界最高峰オイルといってもさしつかえありません。
ちなみに、価格のことを聞いたら「○千円程度で売れるようなものではありません。とんでもない開発費がかかっていますから」と笑っているだけで、答えてもらえませんでした。
こんなプレミアムオイル、参加するだけでプレゼントしてもらえるなんて…やっぱりブログのタイトルどおり、出光イーハトーブトライアルへ行こう!
2006年06月02日
20周年記念植樹の深山桜
いえ、間違いじゃありませんよ、20周年記念大会の話です。
あの年、記念植樹として安比ペンション村にかなり太いけやきを2本、クラシックのランチ場所でもある袖山の道路わきにも、50本の深山桜を植えました。
そういえば、書いていて思い出しましたが、植樹のとき、袖山のある葛巻町のとなり、いつもクラシック2日目昼食を取る山形村から手伝いに来て下さった出光SS経営の清水恭二さんは、その後山形村の村長になられ、現在に至ります。それまでの村長は昼食後のさんだいなべセクションの地主、小笠原さんでした。10年の間にはいろいろあるものですね。
ところで、記念植樹の話に戻りますが、安比に植えたけやきは何の問題もなかったのですが、袖山は冬季通行止めになるほど積雪が多く、強風が吹き荒れるので、なかなか木が育たない場所でもあるのです。
翌年の春(5月連休ごろ道路開通の時期)見に行ったら思ったとおり、たくさんの苗木が雪にへし折られていました。
苗木を支える添え木もボキボキに折れていて、雪の重さのいかにすごいかを物語っていました。
毎年、そんな具合で折れた木を見てきましたが、おととし頃から花をつけた木を何本か見つけ、今年はちゃんと数えたら4本が大きくなって、かなりの数の花をつけていました。
ここまで育てばもう折れることはないので、当初、夢見ていた桜並木には遠く及びませんが、ともかく4本が立派に花を咲かせていたというご報告です。
夏の出光イーハトーブトライアル大会のときには、目を凝らしてもどれが深山桜かわからないと思いますが、五月にこのように葉っぱと同時に花が咲いているけなげな姿を見ると、そめいよしのとは違う美しさを感じます。
この時期の岩手では、あちこちの山の中に咲く深山桜が新緑に映えてとてもきれいです。
この木ももっと大きくなるとますます存在感が増すことでしょう。
ともかく、20周年記念大会に参加のみなさん、ありがとうございました。
(写真は5月27日に撮ったものです)
2006年05月26日
今大会はハイビジョン撮影ですよ!
このブログを読んでいる人ならもうとっくにご覧になったかもしれませんが、出光イーハトーブトライアルのテレビ放映番組ハイライトシーンがビデオクリップで見られるようになったのが5月連休のちょっと前からでした。

アップロード作業に時間がかかりましたが、いまは過去3年分の放映番組のハイライトシーンがずらりと並んでいますので、まだの方はぜひどうぞ!
岩手県では毎年放映されている出光イーハトーブトライアルの1時間番組は、あいにく全国放映ではないので、せっかく参加しても見られない人が多かったわけです。
それを少しでも補う意味で、毎年出光イーハトーブトライアルの番組放映後にDVD特別編集版をテレビ岩手事務局から発売しているのです。
これはこれで参加した人なら自分が写っていたりもするし、とにかく画質がきれいで岩手の景色が満喫できる環境ビデオ(?)みたいな位置づけかもしれません。
しかし、参加したいと思いながらも、お盆休みが明けたあの時期に毎年開催されている出光イーハトーブトライアルには、仕事を引退してからでないと参加できない・・・という人や、トライアルって何?という人にはクリックするだけで番組ハイライトシーンが見られるビデオクリップはおおいにその役割を発揮しています。
なにしろ、開始以来、アクセス数がどんどん伸びてサーバーの契約容量を大幅に超えてしまったほどで、全国にたくさんのトライアルファンがいることが良くわかります。
いくら書いても表現しきれないのが景色の美しさや、地元の方々の楽しそうな表情です。
そういうものが動画なら実にいきいきと伝えられる点が圧倒的に優れています。
それに毎年素晴らしいライディングを、地元の方々に披露して拍手を浴びるデモンストレーションライディングの様子など、出光イーハトーブトライアルの全体像がこれで十分に伝わることでしょう。
じつは、今回のゲストとしてニュージーランドから来日するオリバーファミリーからもメールが来て、
「出光イーハトーブトライアルのようすが良くわかった」とのことでした。
ビデオクリップを始めてからよくわかったのは、岩手の様子とともに、ニュージーランドの様子にも大変な関心が集まっていることがアクセス数に良く表れている点です。
これはオリバーファミリーに対する関心とともに、アウトドア全般に素晴らしい環境を誇るニュージーランドという国そのものに対する関心でもあるからでしょう。
ビデオクリップの中に、オリバー家が制作した「ノンストップアドベンチャー1&2」が2005年のページの右下にあるので、ぜひご覧頂きたいのですが、なんと日本語(日本人女性)でナレーションが入っているのです。
この春、私のところには2枚のDVDがオリバー家から送られてきて、そのひとつは英語版、もう一つが日本語版だったのです!これにはホントにビックリでした。
じつはスティーブンと、妻のデボラは日本語を習っていたこともあり、自己紹介ぐらいはなんとか日本語で話せるレベルなので、日本のことはかなり良く理解している人たちです。
そこで楽しみなのが、今年の大会でオリバーファミリーのライダーたちがテレビ番組の中でインタビューを受けて、英語で答えると、番組中には日本語字幕が流れ、音声は英語なわけです。
それがインターネットで見られるわけですから、世界中のトライアルファンが「出光イーハトーブトライアルはこんな素晴らしい大会なのか…!」と、ビックリすることうけあい(?)ということになりそうですね。
いやー、ホントに動画の力はすごいものだと、あらためて思います。
ところで、今年の大会に参加するつもりのアナタ、ぜひとも目立つウェアと、明るいキャラでカメラ写りを意識して来てくださいね。
あえて旧いバイクで参加する方は、当時のウェアで完璧なコスプレ状態でやってくるぐらいの心意気なら必ずテレビカメラが向けられるはずです。
番組ディレクターは、目立つ人、カッコイイ人にカメラやマイクを向けたがる習性がありますから、編集でカットされずに番組に登場できれば、世界中の人が見る大スター(?)にもなるし、DVDに写る自分の姿を心行くまでリピート上映して見る楽しみも、この先ずーっとあるわけです。
アナタのお孫さんが「じいちゃん、またあのシーン見てるよ」と呆れる光景なんて、想像しただけで楽しみですね!
ちなみに、今年からハイビジョンカメラで撮影しますので、いままでとはケタ違いにクッキリと写りますよ!
女性ライダーの方はお肌の手入れもお忘れなく(笑)

アップロード作業に時間がかかりましたが、いまは過去3年分の放映番組のハイライトシーンがずらりと並んでいますので、まだの方はぜひどうぞ!
岩手県では毎年放映されている出光イーハトーブトライアルの1時間番組は、あいにく全国放映ではないので、せっかく参加しても見られない人が多かったわけです。
それを少しでも補う意味で、毎年出光イーハトーブトライアルの番組放映後にDVD特別編集版をテレビ岩手事務局から発売しているのです。
これはこれで参加した人なら自分が写っていたりもするし、とにかく画質がきれいで岩手の景色が満喫できる環境ビデオ(?)みたいな位置づけかもしれません。
しかし、参加したいと思いながらも、お盆休みが明けたあの時期に毎年開催されている出光イーハトーブトライアルには、仕事を引退してからでないと参加できない・・・という人や、トライアルって何?という人にはクリックするだけで番組ハイライトシーンが見られるビデオクリップはおおいにその役割を発揮しています。
なにしろ、開始以来、アクセス数がどんどん伸びてサーバーの契約容量を大幅に超えてしまったほどで、全国にたくさんのトライアルファンがいることが良くわかります。
いくら書いても表現しきれないのが景色の美しさや、地元の方々の楽しそうな表情です。
そういうものが動画なら実にいきいきと伝えられる点が圧倒的に優れています。
それに毎年素晴らしいライディングを、地元の方々に披露して拍手を浴びるデモンストレーションライディングの様子など、出光イーハトーブトライアルの全体像がこれで十分に伝わることでしょう。
じつは、今回のゲストとしてニュージーランドから来日するオリバーファミリーからもメールが来て、
「出光イーハトーブトライアルのようすが良くわかった」とのことでした。
ビデオクリップを始めてからよくわかったのは、岩手の様子とともに、ニュージーランドの様子にも大変な関心が集まっていることがアクセス数に良く表れている点です。
これはオリバーファミリーに対する関心とともに、アウトドア全般に素晴らしい環境を誇るニュージーランドという国そのものに対する関心でもあるからでしょう。
ビデオクリップの中に、オリバー家が制作した「ノンストップアドベンチャー1&2」が2005年のページの右下にあるので、ぜひご覧頂きたいのですが、なんと日本語(日本人女性)でナレーションが入っているのです。
この春、私のところには2枚のDVDがオリバー家から送られてきて、そのひとつは英語版、もう一つが日本語版だったのです!これにはホントにビックリでした。
じつはスティーブンと、妻のデボラは日本語を習っていたこともあり、自己紹介ぐらいはなんとか日本語で話せるレベルなので、日本のことはかなり良く理解している人たちです。
そこで楽しみなのが、今年の大会でオリバーファミリーのライダーたちがテレビ番組の中でインタビューを受けて、英語で答えると、番組中には日本語字幕が流れ、音声は英語なわけです。
それがインターネットで見られるわけですから、世界中のトライアルファンが「出光イーハトーブトライアルはこんな素晴らしい大会なのか…!」と、ビックリすることうけあい(?)ということになりそうですね。
いやー、ホントに動画の力はすごいものだと、あらためて思います。
ところで、今年の大会に参加するつもりのアナタ、ぜひとも目立つウェアと、明るいキャラでカメラ写りを意識して来てくださいね。
あえて旧いバイクで参加する方は、当時のウェアで完璧なコスプレ状態でやってくるぐらいの心意気なら必ずテレビカメラが向けられるはずです。
番組ディレクターは、目立つ人、カッコイイ人にカメラやマイクを向けたがる習性がありますから、編集でカットされずに番組に登場できれば、世界中の人が見る大スター(?)にもなるし、DVDに写る自分の姿を心行くまでリピート上映して見る楽しみも、この先ずーっとあるわけです。
アナタのお孫さんが「じいちゃん、またあのシーン見てるよ」と呆れる光景なんて、想像しただけで楽しみですね!
ちなみに、今年からハイビジョンカメラで撮影しますので、いままでとはケタ違いにクッキリと写りますよ!
女性ライダーの方はお肌の手入れもお忘れなく(笑)
2006年05月20日
誘ってあげよう、二十歳以下!
5月14日から、出光イーハトーブトライアル参加申し込み受付が始まりました。
今年のポスターには「誘ってあげよう、二十歳以下!」と印刷されていますが、ご覧になりましたか?

読んでわかるとおり、出光イーハトーブトライアルに参加するなら、ついでに二十歳以下の若者を誘って連れて行ってあげましょうということです。
ちなみに、出光イーハトーブトライアルでは昨年から二十歳以下の参加費は保険料2千円のみにしましたが、その理由はオジサンが若者を誘ってあげやすくするためなのです。
もちろん、バイクを持っていない若者に、自分が参加するバイクの他に使っていないバイクを貸してあげるというのが理想ですが、今年は参加しない仲間のバイクを借りてあげてもいいわけです。
または、自分は参加する予定がなかったけど、そういうことならバイクだけ貸してあげてもいいなというのもありです。
昔、イーハトーブトライアルが始まったころは、東京から自走で参加したTL125のライダーもいたのですから、TYS125Fのような4サイクルマシンなら、長いツーリング体験もできて若者が成長す
るかもしれませんね。
いずれにしろ、オジサン(オバサンも?)にとっては、自分が楽しむために乗るだけでなく、若者に乗せて成長を見守る楽しみというのもわかって欲しいと思うのです。
たとえ、自分の息子や娘でなくとも、それは大きな喜びであると同時に、若者にとっては忘れがたい成長の記憶となるわけですから。
出光イーハトーブトライアルに限らず、日本のモータースポーツは全体的に高齢化の傾向があり、とくにいつまでも続けられるトライアルではそれが目立ちます。
でも、そのこと自体は決して悪いことでも悲しむべきことでもなく、むしろ喜ばしいのです。
歳をとっても元気でモータースポーツに打ち込む人々なんて、いままでの日本には居なかった、いわば新人類なのですから!
定年退職したあと、何していいかわからない人とは比べようもなく幸せな年寄りになってゆくライダーたちは、もしかすると高齢者の医療費を減らすことにも貢献しているかも知れません。
そうは言っても、このまま年寄りばっかりになってしまうと、トライアルの世界は先細りですし、何よりも元気の良いライディングを見せてくれる若者が居てこそ、渋いライディングのオジサンたちのうまさも際立つというものです。
ただ、大問題は世界的に若者はおじさんより経済力が無い場合が多く(もちろん逆の例もありますが…)トライアルバイクを買えない、買っても運ぶクルマがない、ウェアが買えない…などなど、やっぱり費用が大きな壁となってしまいます。
そこで、オジサンのバイクを貸してあげる、という好意がトライアルの世界を活性化させ、成長の過程を見守ることが貸した人にとっての喜びにもなる…という図式が理想の展開なわけです。
わかりやすく言えば、自分が乗らないときは若者に乗せてあげようと、おじさんたちが思って実行することで、ニッポンの世の中が明るくなるのです!
これは見返りを求めないパトロンの感覚です。
昔からさまざまな芸術家がパトロンの存在によって世に出て、優れた作品を残しました。
つまりパトロンなしには芸術は栄えなかったといっても過言ではないのです。
それをいまの日本のトライアル界に当てはめてみれば、この先がとっても楽しみな状況になるわけで、たまたまトライアルバイクを持っているおじさんが、そのことに気づくだけで、大きな、しかも良い変化が起き、それがさらに良い状況につながるという好循環が期待できます。
繰り返しますが、二十歳以下の若者を誘ってあげるとき、参加費の負担も非常に軽いわけですから、誘うほうも、誘われるほうも、これは嬉しいことにちがいありません。
さて、参加申し込み締め切りは7月21日(日)ですから、いまから参加申し込みする予定の方、若者を誘ってあげるのはどうですか?
今年は参加しない方、若者にバイクを貸してあげるのはどうですか?
若者を成長させ、自分の喜びも深まって、ますますトライアルが楽しくなる方法がこれなんです。
それがオリバーファミリーに象徴される、3世代ライダーの参加にもつながってゆくわけで、そうなればトライアル界の将来が楽しみですね。
今年のポスターには「誘ってあげよう、二十歳以下!」と印刷されていますが、ご覧になりましたか?

読んでわかるとおり、出光イーハトーブトライアルに参加するなら、ついでに二十歳以下の若者を誘って連れて行ってあげましょうということです。
ちなみに、出光イーハトーブトライアルでは昨年から二十歳以下の参加費は保険料2千円のみにしましたが、その理由はオジサンが若者を誘ってあげやすくするためなのです。
もちろん、バイクを持っていない若者に、自分が参加するバイクの他に使っていないバイクを貸してあげるというのが理想ですが、今年は参加しない仲間のバイクを借りてあげてもいいわけです。
または、自分は参加する予定がなかったけど、そういうことならバイクだけ貸してあげてもいいなというのもありです。
昔、イーハトーブトライアルが始まったころは、東京から自走で参加したTL125のライダーもいたのですから、TYS125Fのような4サイクルマシンなら、長いツーリング体験もできて若者が成長す
るかもしれませんね。
いずれにしろ、オジサン(オバサンも?)にとっては、自分が楽しむために乗るだけでなく、若者に乗せて成長を見守る楽しみというのもわかって欲しいと思うのです。
たとえ、自分の息子や娘でなくとも、それは大きな喜びであると同時に、若者にとっては忘れがたい成長の記憶となるわけですから。
出光イーハトーブトライアルに限らず、日本のモータースポーツは全体的に高齢化の傾向があり、とくにいつまでも続けられるトライアルではそれが目立ちます。
でも、そのこと自体は決して悪いことでも悲しむべきことでもなく、むしろ喜ばしいのです。
歳をとっても元気でモータースポーツに打ち込む人々なんて、いままでの日本には居なかった、いわば新人類なのですから!
定年退職したあと、何していいかわからない人とは比べようもなく幸せな年寄りになってゆくライダーたちは、もしかすると高齢者の医療費を減らすことにも貢献しているかも知れません。
そうは言っても、このまま年寄りばっかりになってしまうと、トライアルの世界は先細りですし、何よりも元気の良いライディングを見せてくれる若者が居てこそ、渋いライディングのオジサンたちのうまさも際立つというものです。
ただ、大問題は世界的に若者はおじさんより経済力が無い場合が多く(もちろん逆の例もありますが…)トライアルバイクを買えない、買っても運ぶクルマがない、ウェアが買えない…などなど、やっぱり費用が大きな壁となってしまいます。
そこで、オジサンのバイクを貸してあげる、という好意がトライアルの世界を活性化させ、成長の過程を見守ることが貸した人にとっての喜びにもなる…という図式が理想の展開なわけです。
わかりやすく言えば、自分が乗らないときは若者に乗せてあげようと、おじさんたちが思って実行することで、ニッポンの世の中が明るくなるのです!
これは見返りを求めないパトロンの感覚です。
昔からさまざまな芸術家がパトロンの存在によって世に出て、優れた作品を残しました。
つまりパトロンなしには芸術は栄えなかったといっても過言ではないのです。
それをいまの日本のトライアル界に当てはめてみれば、この先がとっても楽しみな状況になるわけで、たまたまトライアルバイクを持っているおじさんが、そのことに気づくだけで、大きな、しかも良い変化が起き、それがさらに良い状況につながるという好循環が期待できます。
繰り返しますが、二十歳以下の若者を誘ってあげるとき、参加費の負担も非常に軽いわけですから、誘うほうも、誘われるほうも、これは嬉しいことにちがいありません。
さて、参加申し込み締め切りは7月21日(日)ですから、いまから参加申し込みする予定の方、若者を誘ってあげるのはどうですか?
今年は参加しない方、若者にバイクを貸してあげるのはどうですか?
若者を成長させ、自分の喜びも深まって、ますますトライアルが楽しくなる方法がこれなんです。
それがオリバーファミリーに象徴される、3世代ライダーの参加にもつながってゆくわけで、そうなればトライアル界の将来が楽しみですね。
2006年05月13日
J-NZトライアルフレンドシップ特典のお知らせ
明日、5月14日からいよいよ第30回出光イーハトーブトライアル参加申し込み受付が始まります。
それにともない、オリバーファミリーが出光イーハトーブトライアルに参加するためのバイクを貸して下さる方を募集します。

これは単にバイクをお借りするというだけのことではなく、「J-NZトライアルフレンドシップ」と名づけ、
今後も継続的に日本とニュージーランドのトライアル交流を促進するための道を開こうという趣旨ですので、
ぜひその点をご理解のうえ、ご協力下さいますようお願いいたします。
使用後のバイクに破損があれば現状に戻すことを条件に、
フレンドシップ(友情)をもって無料借用に応じて下さる方を募集します。

借用の対象になるバイクは、2001年以降の公道走行可能なトライアルバイクで、良好に整備された状態のものです。
排気量は、125cc~250ccですが、応募いただいたバイクの中から選ばせていただくこともあります。
借用はイーハトーブのスタート場所まで届けて下さることが前提です。
貸し出して下さる方には、オリバー家との間で交わす契約書をお渡しします。
契約書の内容は、バイクを貸し出して下さった方がNZネルソン市に来たときに、
キウイ流の親切なおもてなしで1日(あるいは2日)トライアル遊びを無料で楽しんでもらう特典を差し上げるというものです。
もちろん、期間延長の場合や、同伴者がある場合は有料でご一緒に楽しんでいただけます。
(オリバーたちはノンストップアドベンチャーという、トライアルバイクで美しい山々を巡るビジネスを2001年から行っていますので、ぜひウェブサイトをご覧下さい。)
http://www.nonstopadventure.co.nz/
特典の内容は、ネルソン空港からトライアルグランド、さくらB&B(宿泊料金は自己負担)への送り迎え付き。
トライアルバイク(モンテサ315R)、ヘルメット・ブーツ類の貸し出し、アドベンチャーツアーのガイド、当日のランチなどが含まれます。
借用が1日の場合はNZでの特典も1日、借用が2日の場合はNZでも2日間の特典となります。
ネリに参加予定のアラン(お父さん)とデボラ(スティーブンの妻)は1日借用の予定で、残りの5人は2日間借用の予定です。
なお、この特典は貸し出した本人の一生涯、またはオリバーファミリーのトライアルグランドが存在する限り有効とします。
つまり、元気で乗れるうちにニュージーランド・ネルソンまで行けば、オリバーファミリーの誰かにかならず面倒を見てもらえ、
美しい山々を心行くまで駆け巡って過ごせるわけで、こんなに楽しみな特典はありません!
しかも、3人の孫たち、アンドリュー、ニコラス、ピーターはいずれも10代と若いので、これから先もみなさんの息子や娘たちと友達になる可能性が大きいのです。

つまり、「J-NZトライアルフレンドシップ」によって、皆さんが息子や娘たちとともに、あの美しいニュージーランドでライディングを楽しむ環境をつくることにもなるわけです。
ついでに言うと、彼らが20年契約で借りている88バレーの牧場の沢は、SSDTの沢そっくりですので、将来の参加に向けてのトレーニングにもこれほどふさわしい場所はありません。(スコットランドでは普段の練習はできませんから)
あなた自身のバイクが無理でも、貸していただけそうな方々にぜひこの話をお伝えください!
貸し出しのお申し出は、テレビ岩手販促事業部、高橋までよろしくお願いいたします。
kazu@tvi.co.jp
電話019-624-1166
2006年05月09日
オリバーファミリーはこんな人たち
親、子、孫の三世代がトライアルを楽しむファミリーは、世界中さがしてもそうはいないはず。
しかも、ただ乗るだけでなく、そのほとんどがチャンピオン経験者とくれば、これはもうオリバーファミリーしかいない。
そのオリバーファミリーを出光イーハトーブトライアル30周年記念大会の特別ゲストに招待するのは、
いうまでもなくこれからの日本のトライアルがこのようなかたちで健全に発展するようにという、イメージモデルそのものだからだ。
しかも、スティーブンは2001年から、20年契約で広大な牧場を借り、その山々をトライアルバイクで巡って楽しむ「ノンストップアドベンチャー」という、トライアルツアーを主催し、外国からも参加者を募ってNZの魅力をアピールしている。
さらに、自転車トライアルも含め、若いトライアルライダーたちを育ててNZのトライアルを発展させようと、昨年、トライアルパークも開設し、トライアルイベントやデモンストレーションライディングも行っている。
それにニュージーランドモーターサイクル協会(日本で言えばMFJ)のトライアル委員長としても精力的に活動し、今回、日本に来ることもNZライダーたちとの交流を視野に入れて楽しみにしている。
とにかく、トライアルにかける情熱では、スティーブンをしのぐ者はいないと言っていい。
そんなオリバーファミリーを、一人ひとり紹介しておこう。

長男 スティーブン (46)NZトライアルチャンプ5回。88年SSDTファーストクラス。88年世界選手権トライアル2回出場。ノンストップアドベンチャーNZリミテッド創設者。趣味は「バイクに乗ること以外何があるんだい!」NZのトライアルを発展させて、世界との交流をはかること。アンドリュー、ニコラス、ピーターの実父、アレキサンドラの継父。クラシックに参加予定。
スティーブンの妻 デボラ(45)オン・オフ共にバイク歴30年。ノンストップアドベンチャーリミテッドの創設者であるとともに財政担当。趣味は歌うこと、バイクに乗ること。ネリに参加予定。
デボラの娘、アレキサンドラ(11)デボラの野心的なアシスタント・・・! 趣味は音楽、とくにヒップホップ、ジャズバレー、社交ダンスでは03、04、05とハイオナーに輝いている。よくしゃべる快活な女の子。来日するかどうか目下のところ不明。

次男 グラント(45)80年代のNZトライアルトップライダー。84年SSDTファーストクラス。85年ISDEニュージーランドチームライダー。2002年、2003年、2005年NZクロスカントリー40歳以上クラスチャンプ。趣味はバイクに乗ること!ふたりの娘、メガン(12)ルビー(10)の父。クラシックに参加予定。
(グラントが着ているのはISDEのNZチームジャケットで、オリバーの名前入り)

三男 デイビッド(43)86年NZクロスカントリー200ccクラスチャンプ。87年、同2位。その後視野狭窄症のため、米国で手術を受けるも、わずかな視野を残すのみの状態になって現在にいたる。趣味はマウンテンバイク。二人の息子、クレイグ(10)ベン(9)と、娘ララ(4)の父。来日するかどうか不明。

孫長男 アンドリュー(19)03オセアニア&NZジュニアトライアルチャンプ。趣味はBMXと自転車トライアル。長男らしいしっかり者。ブドリ、サンムトリに参加予定。

孫次男 ニコラス(17)04NZジュニアトライアルチャンプ。趣味はサッカー。物静かな好青年。ブドリ、サンムトリに参加予定。

孫三男 ピーター(14)06NZジュニアトライアルチャンプ予定! 趣味はサッカーとBMX。いつも回りを明るくするひょうきん者。運転免許が取れない年齢のため、デモンストレーション見習いとして参加予定。

父 アラン(69)息子であるスティーブン、グラント、デイビッドたちとともにオフロードを走り回った80年代には、クライストチャーチのローカルエンデューロ200ccクラスチャンプにもなった。70年代から80年代はホンダ南島インポーターのセールスマネージャーだった人。趣味は電気関係なんでも。とくにビデオやDVDを制作すること。孫たちとマウンテンバイクに乗ること。ネリに参加予定。
こんなファミリーと一緒に、美しいNZの山々をトライアルバイクで駆け巡ったらどんなに気持ちいいだろうって思うあなたに、
次回は耳よりなお知らせがあるのでお楽しみに!
しかも、ただ乗るだけでなく、そのほとんどがチャンピオン経験者とくれば、これはもうオリバーファミリーしかいない。
そのオリバーファミリーを出光イーハトーブトライアル30周年記念大会の特別ゲストに招待するのは、
いうまでもなくこれからの日本のトライアルがこのようなかたちで健全に発展するようにという、イメージモデルそのものだからだ。
しかも、スティーブンは2001年から、20年契約で広大な牧場を借り、その山々をトライアルバイクで巡って楽しむ「ノンストップアドベンチャー」という、トライアルツアーを主催し、外国からも参加者を募ってNZの魅力をアピールしている。
さらに、自転車トライアルも含め、若いトライアルライダーたちを育ててNZのトライアルを発展させようと、昨年、トライアルパークも開設し、トライアルイベントやデモンストレーションライディングも行っている。
それにニュージーランドモーターサイクル協会(日本で言えばMFJ)のトライアル委員長としても精力的に活動し、今回、日本に来ることもNZライダーたちとの交流を視野に入れて楽しみにしている。
とにかく、トライアルにかける情熱では、スティーブンをしのぐ者はいないと言っていい。
そんなオリバーファミリーを、一人ひとり紹介しておこう。
長男 スティーブン (46)NZトライアルチャンプ5回。88年SSDTファーストクラス。88年世界選手権トライアル2回出場。ノンストップアドベンチャーNZリミテッド創設者。趣味は「バイクに乗ること以外何があるんだい!」NZのトライアルを発展させて、世界との交流をはかること。アンドリュー、ニコラス、ピーターの実父、アレキサンドラの継父。クラシックに参加予定。
スティーブンの妻 デボラ(45)オン・オフ共にバイク歴30年。ノンストップアドベンチャーリミテッドの創設者であるとともに財政担当。趣味は歌うこと、バイクに乗ること。ネリに参加予定。
デボラの娘、アレキサンドラ(11)デボラの野心的なアシスタント・・・! 趣味は音楽、とくにヒップホップ、ジャズバレー、社交ダンスでは03、04、05とハイオナーに輝いている。よくしゃべる快活な女の子。来日するかどうか目下のところ不明。
次男 グラント(45)80年代のNZトライアルトップライダー。84年SSDTファーストクラス。85年ISDEニュージーランドチームライダー。2002年、2003年、2005年NZクロスカントリー40歳以上クラスチャンプ。趣味はバイクに乗ること!ふたりの娘、メガン(12)ルビー(10)の父。クラシックに参加予定。
(グラントが着ているのはISDEのNZチームジャケットで、オリバーの名前入り)
三男 デイビッド(43)86年NZクロスカントリー200ccクラスチャンプ。87年、同2位。その後視野狭窄症のため、米国で手術を受けるも、わずかな視野を残すのみの状態になって現在にいたる。趣味はマウンテンバイク。二人の息子、クレイグ(10)ベン(9)と、娘ララ(4)の父。来日するかどうか不明。
孫長男 アンドリュー(19)03オセアニア&NZジュニアトライアルチャンプ。趣味はBMXと自転車トライアル。長男らしいしっかり者。ブドリ、サンムトリに参加予定。
孫次男 ニコラス(17)04NZジュニアトライアルチャンプ。趣味はサッカー。物静かな好青年。ブドリ、サンムトリに参加予定。
孫三男 ピーター(14)06NZジュニアトライアルチャンプ予定! 趣味はサッカーとBMX。いつも回りを明るくするひょうきん者。運転免許が取れない年齢のため、デモンストレーション見習いとして参加予定。
父 アラン(69)息子であるスティーブン、グラント、デイビッドたちとともにオフロードを走り回った80年代には、クライストチャーチのローカルエンデューロ200ccクラスチャンプにもなった。70年代から80年代はホンダ南島インポーターのセールスマネージャーだった人。趣味は電気関係なんでも。とくにビデオやDVDを制作すること。孫たちとマウンテンバイクに乗ること。ネリに参加予定。
こんなファミリーと一緒に、美しいNZの山々をトライアルバイクで駆け巡ったらどんなに気持ちいいだろうって思うあなたに、
次回は耳よりなお知らせがあるのでお楽しみに!
2006年04月29日
23年前の立ち話し
いよいいよ申し込み受付(5月14日から開始)が近づいてきた第30回出光イーハトーブトライアル特別ゲストには、ニュージーランドからオリバーファミリーを招待する。一家8人、3世代がトライアルライダーという、これからの出光イーハトーブトライアルの方向そのままのライフスタイルは、まさに30年と言う節目の大会ゲストにふさわしい。
ところで、ファミリーの中心であるスティーブン・オリバーとは大会会長の万澤が23年前にクライストチャーチのバイク屋でわずか30分ほど立ち話をしたことがそもそものきっかけだった。

カタログをお持ちの方はぜひ見てほしいが、ホンダTLR250(ヒット作200の250cc版)のカタログ撮影(マウントクックの氷河にヘリで運んで撮影した!)のため、日本から空輸したバイクの受け渡し拠点となった現地デーラーが、当時スティーブンとその父、アランが働いていた会社だったのだ。
届いたバイクがトライアル車ということで、スティーブンが話しかけてきた。私が73、74年のSSDTに参加したことを知ると「ああ、当時のバイク新聞に載っていたの覚えている。俺もSSDTに出ようと思っているんだ」ということでしばし盛り上がったものだ。
それから20年が過ぎたある日、NZネルソン市でさくらB&Bというペンションを経営している野口さんという方の投稿が自然山通信に載っていた。美しいNZに来たらぜひ泊まって下さいという内容だったが、最後に「トライアルをしたい方は友人で元NZチャンプのスティーブン・オリバーがご案内します…」とあった。
「あ、きっとあの人だ!」と気がつき、「たぶん、バイク屋で立ち話をした人だと思います。覚えているかな?とお伝えください」と見ず知らずの野口さんにメールした。
すぐに野口さんから返信が来て「よく覚えていると言って大喜びでした。ビックリするメールを送るそうです」とあり、すぐにスティーブンから来たメールにはなんと、あの日、立ち話をしている二人の写真3枚と、そのとき渡したマンザワの名刺コピーが添付されてきたのだ!これにはホントにビックリ!
写真なんて、撮られたことすら知らなかったが、当時その店のセールスマネージャーだった父、アランが二人の立ち話を撮ってくれていたのだった。以来、折にふれてメール交換をしているうちに、スティーブンがあのあとSSDTでファーストクラス入賞したこと、NZチャンプを5回も取ったこと、3人の息子たちがつぎつぎと自転車トライアルからトライアルを始めるようになったことなど、いろいろようすがわかってきた。
そしてある日、出光イーハトーブトライアル30周年記念大会ゲストには、3世代でトライアルを楽しんでいる彼らこそがもっともふさわしいと気づいて、相談した冠協賛の出光興産の方々からも快諾を得て、昨年夏には現地で打ち合わせもして、めでたく今回のゲスト招待が決まったというわけだ。
それにしても、23年前の、それも外国での、わずか30分の立ち話が、ここまでの縁の始まりだったとは、いまさらながら人生がおりなす綾の見事さに感心させられる。しかもオリバーファミリーとの交流は今回限りのものではなく、若い孫たちとともに今後もずっと続いてゆくことになるのだ。
出光イーハトーブトライアルに参加のみなさんの息子や娘が、美しいNZで気軽にトライアルできる環境を整えるのは、お父さん、お母さんであるみなさんの役割ですよ!
ともかく、スティーブンとの不思議な縁と、野口さんと、自然山通信に感謝!それを実現していただく出光興産に最大の感謝!
ところで、ファミリーの中心であるスティーブン・オリバーとは大会会長の万澤が23年前にクライストチャーチのバイク屋でわずか30分ほど立ち話をしたことがそもそものきっかけだった。

カタログをお持ちの方はぜひ見てほしいが、ホンダTLR250(ヒット作200の250cc版)のカタログ撮影(マウントクックの氷河にヘリで運んで撮影した!)のため、日本から空輸したバイクの受け渡し拠点となった現地デーラーが、当時スティーブンとその父、アランが働いていた会社だったのだ。
届いたバイクがトライアル車ということで、スティーブンが話しかけてきた。私が73、74年のSSDTに参加したことを知ると「ああ、当時のバイク新聞に載っていたの覚えている。俺もSSDTに出ようと思っているんだ」ということでしばし盛り上がったものだ。
それから20年が過ぎたある日、NZネルソン市でさくらB&Bというペンションを経営している野口さんという方の投稿が自然山通信に載っていた。美しいNZに来たらぜひ泊まって下さいという内容だったが、最後に「トライアルをしたい方は友人で元NZチャンプのスティーブン・オリバーがご案内します…」とあった。
「あ、きっとあの人だ!」と気がつき、「たぶん、バイク屋で立ち話をした人だと思います。覚えているかな?とお伝えください」と見ず知らずの野口さんにメールした。
すぐに野口さんから返信が来て「よく覚えていると言って大喜びでした。ビックリするメールを送るそうです」とあり、すぐにスティーブンから来たメールにはなんと、あの日、立ち話をしている二人の写真3枚と、そのとき渡したマンザワの名刺コピーが添付されてきたのだ!これにはホントにビックリ!
写真なんて、撮られたことすら知らなかったが、当時その店のセールスマネージャーだった父、アランが二人の立ち話を撮ってくれていたのだった。以来、折にふれてメール交換をしているうちに、スティーブンがあのあとSSDTでファーストクラス入賞したこと、NZチャンプを5回も取ったこと、3人の息子たちがつぎつぎと自転車トライアルからトライアルを始めるようになったことなど、いろいろようすがわかってきた。
そしてある日、出光イーハトーブトライアル30周年記念大会ゲストには、3世代でトライアルを楽しんでいる彼らこそがもっともふさわしいと気づいて、相談した冠協賛の出光興産の方々からも快諾を得て、昨年夏には現地で打ち合わせもして、めでたく今回のゲスト招待が決まったというわけだ。
それにしても、23年前の、それも外国での、わずか30分の立ち話が、ここまでの縁の始まりだったとは、いまさらながら人生がおりなす綾の見事さに感心させられる。しかもオリバーファミリーとの交流は今回限りのものではなく、若い孫たちとともに今後もずっと続いてゆくことになるのだ。
出光イーハトーブトライアルに参加のみなさんの息子や娘が、美しいNZで気軽にトライアルできる環境を整えるのは、お父さん、お母さんであるみなさんの役割ですよ!
ともかく、スティーブンとの不思議な縁と、野口さんと、自然山通信に感謝!それを実現していただく出光興産に最大の感謝!
2006年04月14日
目立ちのプロ、デモンストレーションライダーたち
どんなスポーツにもレベルによってクラスがあり、トライアルも例外ではありません。草トライアルから世界選手権まで、そのレベル差がとてつもなく大きいことは野球などと同じです。
出光イーハトーブトライアルは「参加することに意義がある」草トライアルですから、初心者クラスにはきのう免許を取ったばかりの人も参加できます。そもそも初心者クラスはそのために存在するわけですし、ケガの無いように楽しんでもらえれば、下手でもいっこうにさしつかえないのです。
一方、中級者向けのクラシック、サンムトリなどのクラスには、それなりの腕のライダーたちが参加するわけですが、それでも目の覚めるようなライディングを見せてくれる人はごくわずかです。
しかも、昔にくらべると最近は非常にうまい人の数がだんだん減って行く傾向にあり、乗っている本人はともかく、見ているほうの立場で言えば、もうすこし見ごたえのある人に来て欲しいと感じるのも無理はありません。
なにしろ、2日間で350キロ走るクラシックのコース沿いの人々は、30年近くも毎年見続けているわけですから、思いのほか目が肥えているのです。
一見、何もわからずに見ているかのようなおじいちゃんが、「このごろはうめぐねのが増えだな」と、的確にレベルの低下を指摘したのにはビックリしたほどです。こんなぐあいに、地元の人々の観察眼はなかなか鋭いものがあります。
そこで、地元の方々が見る楽しみを増すためにはどんなことをすればいいか実行団で話し合った結果、本当にうまいライダーが技の限りを見せるデモンストレーションを、コース上の各地で行うことにしました。
真っ先に白羽の矢が立ったのが成田匠選手でした。というより、イーハトーブでのデモンストレーションには彼よりふさわしいライダーはいなかったのです。

世界選手権からは引退し、国内選手権に舞台を移した成田選手は、デモンストレーションライダーとして、それはそれは見事な技を披露し、地元の人々も度肝を抜かれて口を開いたままという雰囲気で、各地でのデモンストレーションはねらいどおりに大成功でした。
成田選手は、現在、全日本選手権トライアルのIASクラス(最高クラス)で活躍していますが、94年には世界選手権トライアルのランキング5位という、それまで日本人が到達したことのなかった好成績を残して、後進に道を開いた人です。
じつは、成田匠選手は物心つくかつかないかの幼児の頃、大会創始者でもあり、現在も大会副会長である父親・省造さんに連れられて、世界一過酷なスコティッシュ6日間トライアルについていった経験を持っています。まさに三つ児の魂百までもの典型ですね。ちなみに、イーハトーブトライアルは、そのときのSSDTの体験を元に、私と成田さんとで始めたものなので、このときはまだ影もかたちもありません。
そして、成田匠選手は16歳で父親とともにイーハトーブトライアルに初参加。なんど大観衆の見守る最終セクションで、常勝だった丸山選手を劇的な大逆転で下し、初優勝の偉業を達成したのです。
こうして、成田選手は地元の人々に強烈な印象を残しただけでなく、いつも明るく真面目な好青年としてイーハトーブの人々からは親しみをもって「タクミ!」と呼ばれるほど、圧倒的な人気を保っているのです。
そんな成田匠選手とともに、デモンストレーションに加わったのが弟の成田亮選手でした。全日本IAクラスで活躍する彼も兄に負けず劣らず華麗な大技を披露して、成田兄弟そろっての見ごたえあるデモは大好評でした。

亮選手はもう一人仲間を誘って華を添えてくれました。全日本選手権トライアルIASクラスで活躍している渋谷勲選手です。思い切りのいいデモンストレーションで乱舞する姿に、人々はやんやの喝采を送るのでした。

しかし、成田匠選手はヤマハ契約ライダーとしてアジア各国でモータースポーツ普及の仕事が忙しくなり、夏に岩手に来るスケジュールの都合がつかなくなり、渋谷選手も全日本選手権でトップクラスの争いに集中する関係から、彼らのパフォーマンスは第27回大会が最後となり、すぐに後任を探す必要に迫られることになりました。
そこで高橋由君という、全日本トライアルIBクラスで好成績を挙げていた地元八幡平市の高校生にお願いすることになったのです。当時はまだクルマの運転免許が取れない年齢のため、お父さんの運転するクルマでコース上の各地を回ってもらうことになりました。
第28回大会で初めてデモンストレーションをした高橋由選手は、地元出身ということもあり、たちまち人気者になり、見せる技の切れ味も年毎に向上してきました。性格的にサービス精神も旺盛で、観客をたっぷり満足させる演出から、子供やお母さんもいっぺん見ただけでファンになってしまいます。

高橋選手は05年の全日本選手権トライアルIBクラスでランキングトップ争いをしていましたが、惜しくも最終ステージでライバルにリードを許し、IBクラス最後の年をランキング2位で終わりました。
ことしはIAクラスに昇格し、並み居る強豪たちとの熾烈な戦いが待っていますが、高橋選手は東京の大月ヤマハレーシングチームメンバーとなり、新しい環境のもとで意欲満々のかまえです。
まだ19歳と若い高橋選手には、志を大きく持ってイーハトーブから世界に羽ばたいてもらいたいものです。もちろん、そのときもできるだけイーハトーブのデモンストレーションには戻ってきてくれることでしょう。
じつは、高橋由(ゆう)選手には、ことしみっちり英語の勉強をしてもらうことになりそうです。なにしろ世界に羽ばたくには言葉も必要ですから・・・
出光イーハトーブトライアル30周年記念ゲストとしてニュージーランドから招待するオリバーファミリーの末っ子、ピーター君(14歳)と、今回はいっしょにデモンストレーションをしてもらう計画なのです。なにしろピーター君も免許が取れない年齢ですから、由君の運転するクルマに乗せてもらうしかないのです。
ピーター君にこのことを話したら、「そのライダー、名前は何て言うの?」「ゆうだよ」「え?だから何て名前?」「だからゆうって言うんだよ!」「えー、まじ?」というやり取りで大笑いでした。
というわけで、今年のデモンストレーションで由君とピーター君を見かけたら、英語で声援よろしくお願いします。
出光イーハトーブトライアルは「参加することに意義がある」草トライアルですから、初心者クラスにはきのう免許を取ったばかりの人も参加できます。そもそも初心者クラスはそのために存在するわけですし、ケガの無いように楽しんでもらえれば、下手でもいっこうにさしつかえないのです。
一方、中級者向けのクラシック、サンムトリなどのクラスには、それなりの腕のライダーたちが参加するわけですが、それでも目の覚めるようなライディングを見せてくれる人はごくわずかです。
しかも、昔にくらべると最近は非常にうまい人の数がだんだん減って行く傾向にあり、乗っている本人はともかく、見ているほうの立場で言えば、もうすこし見ごたえのある人に来て欲しいと感じるのも無理はありません。
なにしろ、2日間で350キロ走るクラシックのコース沿いの人々は、30年近くも毎年見続けているわけですから、思いのほか目が肥えているのです。
一見、何もわからずに見ているかのようなおじいちゃんが、「このごろはうめぐねのが増えだな」と、的確にレベルの低下を指摘したのにはビックリしたほどです。こんなぐあいに、地元の人々の観察眼はなかなか鋭いものがあります。
そこで、地元の方々が見る楽しみを増すためにはどんなことをすればいいか実行団で話し合った結果、本当にうまいライダーが技の限りを見せるデモンストレーションを、コース上の各地で行うことにしました。
真っ先に白羽の矢が立ったのが成田匠選手でした。というより、イーハトーブでのデモンストレーションには彼よりふさわしいライダーはいなかったのです。

世界選手権からは引退し、国内選手権に舞台を移した成田選手は、デモンストレーションライダーとして、それはそれは見事な技を披露し、地元の人々も度肝を抜かれて口を開いたままという雰囲気で、各地でのデモンストレーションはねらいどおりに大成功でした。
成田選手は、現在、全日本選手権トライアルのIASクラス(最高クラス)で活躍していますが、94年には世界選手権トライアルのランキング5位という、それまで日本人が到達したことのなかった好成績を残して、後進に道を開いた人です。
じつは、成田匠選手は物心つくかつかないかの幼児の頃、大会創始者でもあり、現在も大会副会長である父親・省造さんに連れられて、世界一過酷なスコティッシュ6日間トライアルについていった経験を持っています。まさに三つ児の魂百までもの典型ですね。ちなみに、イーハトーブトライアルは、そのときのSSDTの体験を元に、私と成田さんとで始めたものなので、このときはまだ影もかたちもありません。
そして、成田匠選手は16歳で父親とともにイーハトーブトライアルに初参加。なんど大観衆の見守る最終セクションで、常勝だった丸山選手を劇的な大逆転で下し、初優勝の偉業を達成したのです。
こうして、成田選手は地元の人々に強烈な印象を残しただけでなく、いつも明るく真面目な好青年としてイーハトーブの人々からは親しみをもって「タクミ!」と呼ばれるほど、圧倒的な人気を保っているのです。
そんな成田匠選手とともに、デモンストレーションに加わったのが弟の成田亮選手でした。全日本IAクラスで活躍する彼も兄に負けず劣らず華麗な大技を披露して、成田兄弟そろっての見ごたえあるデモは大好評でした。

亮選手はもう一人仲間を誘って華を添えてくれました。全日本選手権トライアルIASクラスで活躍している渋谷勲選手です。思い切りのいいデモンストレーションで乱舞する姿に、人々はやんやの喝采を送るのでした。

しかし、成田匠選手はヤマハ契約ライダーとしてアジア各国でモータースポーツ普及の仕事が忙しくなり、夏に岩手に来るスケジュールの都合がつかなくなり、渋谷選手も全日本選手権でトップクラスの争いに集中する関係から、彼らのパフォーマンスは第27回大会が最後となり、すぐに後任を探す必要に迫られることになりました。
そこで高橋由君という、全日本トライアルIBクラスで好成績を挙げていた地元八幡平市の高校生にお願いすることになったのです。当時はまだクルマの運転免許が取れない年齢のため、お父さんの運転するクルマでコース上の各地を回ってもらうことになりました。
第28回大会で初めてデモンストレーションをした高橋由選手は、地元出身ということもあり、たちまち人気者になり、見せる技の切れ味も年毎に向上してきました。性格的にサービス精神も旺盛で、観客をたっぷり満足させる演出から、子供やお母さんもいっぺん見ただけでファンになってしまいます。

高橋選手は05年の全日本選手権トライアルIBクラスでランキングトップ争いをしていましたが、惜しくも最終ステージでライバルにリードを許し、IBクラス最後の年をランキング2位で終わりました。
ことしはIAクラスに昇格し、並み居る強豪たちとの熾烈な戦いが待っていますが、高橋選手は東京の大月ヤマハレーシングチームメンバーとなり、新しい環境のもとで意欲満々のかまえです。
まだ19歳と若い高橋選手には、志を大きく持ってイーハトーブから世界に羽ばたいてもらいたいものです。もちろん、そのときもできるだけイーハトーブのデモンストレーションには戻ってきてくれることでしょう。
じつは、高橋由(ゆう)選手には、ことしみっちり英語の勉強をしてもらうことになりそうです。なにしろ世界に羽ばたくには言葉も必要ですから・・・
出光イーハトーブトライアル30周年記念ゲストとしてニュージーランドから招待するオリバーファミリーの末っ子、ピーター君(14歳)と、今回はいっしょにデモンストレーションをしてもらう計画なのです。なにしろピーター君も免許が取れない年齢ですから、由君の運転するクルマに乗せてもらうしかないのです。
ピーター君にこのことを話したら、「そのライダー、名前は何て言うの?」「ゆうだよ」「え?だから何て名前?」「だからゆうって言うんだよ!」「えー、まじ?」というやり取りで大笑いでした。
というわけで、今年のデモンストレーションで由君とピーター君を見かけたら、英語で声援よろしくお願いします。
2006年04月03日
“誰もがスター”のイーハトーブ
ライダーは、だれでも少なからず目立ちたがり屋なところがあるようです。出光イーハトーブトライアルの人気の秘密は“誰もがスター”の気分になれる点にもあるといえるでしょう。
77年に第1回大会が開催されたとき、「歓迎イーハトーブトライアル」の横断幕を掲げてライダーたちを感激させてくれて普代村では、河川のセクションを見下ろすように橋の上に地元観客が鈴なりでした。
おりしも、トップをキープしていたライダーが、観客の前で川を横断している最中にエンスト!当時はポイント点火だったので、クランクケーズカバーから水が浸入するとあっけなくエンストしたものでした。
その瞬間、観客からは期せずして「あー!」というため息が…!
初めて見るトライアルなのに、トップ争いをしているライダーに、村人が感情移入しながら観戦していることに、私のほうが感動してしまいました。
創成期のイーハトーブトライアルに参加した人なら覚えていると思いますが、行く先々の小さな村でたくさんの(当時はいたんです)子供たちが紙ふぶきを撒いて歓迎してくれたこと!
それも、不思議なことに険しい山々を越えた別の村の子供たちも同じことをするんです。
後年、その紙ふぶきを撒いた子、いや、そのときはりっぱな大人になってましたが、聞いてみたところ他の地域と連絡を取り合ったことはないと言うことだったので、あれは自然発生的なものだったんですね。
さらに、その当時から今でも「シールちょうだい!」という子がいっぱいいたので、参加ライダーは日頃からいろんなステッカーをため込んで、大会当日に子供たちに配るのです。これが楽しみで、地元の子はコレクションを毎年増やしていたようです。
おなじちょうだいでも、「サイン下さい…」と、ノートをおずおず差し出す子もけっこうたくさんいたものです。いまでは少なくなりましたが、じつはこれがいちばんライダー心理をくすぐるのじゃないでしょうか?
だって、ふつうのおじさんが「サイン下さい!」と言われる機会は、そうめったにあるもんじゃないですから。
差し出されたノートには、ゼッケン番号と名前、中にはていねいに住所と電話番号が書いてあるものもありました。
そして、子供があとから葉書を出して、ライダーとの文通が始まり、その女の子が20歳になったときに初めてライダーと対面したこともありました。この感動的な場面はテレビ岩手の1時間番組で放送され、大反響を巻き起こした(たぶん…)ものです。
ちなみに、その女性、いまではりっぱなお母さんとなり、その子がまた手を振ってくれています。こういうシーンに出光イーハトーブトライアル30年の歴史がしみじjみ実感できるわけです。
さて、地元の人といっても、もっと広い意味での地元、つまり広い岩手県の他の地域からわざわざ毎年観戦…ではなく、応援に駆けつけることを楽しみにしている人々もいます。
「ネリ・ブドリ」クラスに参加しているライダーなら、「トマト娘さん」といえば「あー、俺も食べさせてもらった」と思い当たるでしょう。
路上に2家族の親子がずらりと並んで、かごにはいったミニトマトを、やってくるライダーたちの口に次々と放り込んでくれるのです。そして、そのトマトがことのほか甘いとか…
少し前の話になりますが、初めてこの人たちの存在を私に教えてくれた、小山田商店(出光協賛…の項参照)の社長夫人、Y子さんの手紙を紹介しましょう。
「イーハトーブトライアル運営実行団の皆さまへ
本日、嬉しい手紙が届きました。去年お目にかかり、「追っかけさん」(お名前も分からず勝手にこうお呼びしていた今年のプログラム《輝く笑顔に会えるから》に掲載の人)に、やっとの思いで今年もお目にかかり、住所をお聞きし去年のお写真をお送りしたことに対してのお手紙でした。
ご自分はライダーではありません。しかし毎年ご近所の子供たち、お友達、ご主人方とおそろいのバンダナとTシャツで応援に徹しての参加です。
何がここまで?と私はいつも不思議に思うのです。子供にいい経験をさせたいから?お友達といい夏遊びをしたいから?旦那様と趣味が同じ?彼らの二日間の行動を見る時、楽しみながら燃えている心が、何もしていない私どもに伝わり、彼らを見ているだけで感動します。
ライダーに対する応援はもちろんのこと、そのシーンを見ている私どもも口では言い表せない心と人間性を学ばされます。
実行団の方々の数多くのご苦労には例年頭が下がる思いで感謝と感激はしているのですが、こういう表に出ない熱いスタッフもたくさんいることを、どうぞ実行団の皆さまのお力に添えてやって下さい。
そして、その見えないスタッフを応援している我々ミーハーも力んでいることを…ちょっぴり付け加えましょう。若々しい、いい笑顔で、岩手はやっぱりイーハトーブ!
実行団の皆さま、本当にお疲れさまでした。 小山田 Y子」
そして、それにそえられていたのが、「トマト娘さん」の手紙でした。
「大イベントイーハトーブトライアルも終わり、私の燃える夏が終わりました。
たくさんのライダーとお話できたことは、私の宝物として心に残ってます。
反省会もしながら、もう来年のイーハトーブに想いを寄せてもおります。
このビッグイベントを、名前だけは知っておりましたが、3、4年前に実際目の当たりにして、夏は絶対これだと勝手に決めつけ、近所の有志=バガッコ(万註:馬鹿な子だけどかわいい…という意味)を連れ出し、田山、長者前で水とミニトマト、キャンディをライダーに心を込めてお渡ししております。
彼、彼女たちのアクティブな姿に来年のここでの逢瀬を約束し、私たちの熱い真夏が終わるのです。古希を迎えたライダートリオとも米寿まで見届けてやると約束しましたので、ずっと見守りたいと思っている、三度目の成人式を迎える私です。今年の匠クンとの記念写真は出来次第お送りします。
追伸:男心(女心)と秋の空、気まぐれな天気が続きますこの頃です。どうぞご自愛のほど。
イーハトーブならぬミーハートーブ 渡辺T子

…と、まあ、こんなに熱心に出光イーハトーブトライアルを応援することを楽しみにしている人々がいるなんて、本当に嬉しいことです。
考えてみれば、野球だって、サッカーだって、自分はプレイしないけど応援することによって、見るだけでなく参加している人々がいるのですから、トライアルに「トマト娘さん」がもっと増えてもいいわけですね。
「クラシック」のライダーならみんな覚えていますが、普代村に入って間もない山里の道路端でライダーが通るたびに太鼓を叩いて応援してくれたおじいさんがいました。
いつのころからか見えないと思ったら亡くなっていたのですが、後日、そのお孫さんがおじいさんの気持ちを代弁して「何かできることでライダーを応援したいと思ったのが太鼓…」だったそうで、みんなでジーンときたものでした。
どんなかたちであれ、遠巻きに見ているより、参加することでいっそう楽しみが増すというものです。
そいういう意味でも、イーハトーブの観客は一流だと、つくづく私は思います。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
77年に第1回大会が開催されたとき、「歓迎イーハトーブトライアル」の横断幕を掲げてライダーたちを感激させてくれて普代村では、河川のセクションを見下ろすように橋の上に地元観客が鈴なりでした。
おりしも、トップをキープしていたライダーが、観客の前で川を横断している最中にエンスト!当時はポイント点火だったので、クランクケーズカバーから水が浸入するとあっけなくエンストしたものでした。
その瞬間、観客からは期せずして「あー!」というため息が…!
初めて見るトライアルなのに、トップ争いをしているライダーに、村人が感情移入しながら観戦していることに、私のほうが感動してしまいました。
創成期のイーハトーブトライアルに参加した人なら覚えていると思いますが、行く先々の小さな村でたくさんの(当時はいたんです)子供たちが紙ふぶきを撒いて歓迎してくれたこと!
それも、不思議なことに険しい山々を越えた別の村の子供たちも同じことをするんです。
後年、その紙ふぶきを撒いた子、いや、そのときはりっぱな大人になってましたが、聞いてみたところ他の地域と連絡を取り合ったことはないと言うことだったので、あれは自然発生的なものだったんですね。
さらに、その当時から今でも「シールちょうだい!」という子がいっぱいいたので、参加ライダーは日頃からいろんなステッカーをため込んで、大会当日に子供たちに配るのです。これが楽しみで、地元の子はコレクションを毎年増やしていたようです。
おなじちょうだいでも、「サイン下さい…」と、ノートをおずおず差し出す子もけっこうたくさんいたものです。いまでは少なくなりましたが、じつはこれがいちばんライダー心理をくすぐるのじゃないでしょうか?
だって、ふつうのおじさんが「サイン下さい!」と言われる機会は、そうめったにあるもんじゃないですから。
差し出されたノートには、ゼッケン番号と名前、中にはていねいに住所と電話番号が書いてあるものもありました。
そして、子供があとから葉書を出して、ライダーとの文通が始まり、その女の子が20歳になったときに初めてライダーと対面したこともありました。この感動的な場面はテレビ岩手の1時間番組で放送され、大反響を巻き起こした(たぶん…)ものです。
ちなみに、その女性、いまではりっぱなお母さんとなり、その子がまた手を振ってくれています。こういうシーンに出光イーハトーブトライアル30年の歴史がしみじjみ実感できるわけです。
さて、地元の人といっても、もっと広い意味での地元、つまり広い岩手県の他の地域からわざわざ毎年観戦…ではなく、応援に駆けつけることを楽しみにしている人々もいます。
「ネリ・ブドリ」クラスに参加しているライダーなら、「トマト娘さん」といえば「あー、俺も食べさせてもらった」と思い当たるでしょう。
路上に2家族の親子がずらりと並んで、かごにはいったミニトマトを、やってくるライダーたちの口に次々と放り込んでくれるのです。そして、そのトマトがことのほか甘いとか…
少し前の話になりますが、初めてこの人たちの存在を私に教えてくれた、小山田商店(出光協賛…の項参照)の社長夫人、Y子さんの手紙を紹介しましょう。
「イーハトーブトライアル運営実行団の皆さまへ
本日、嬉しい手紙が届きました。去年お目にかかり、「追っかけさん」(お名前も分からず勝手にこうお呼びしていた今年のプログラム《輝く笑顔に会えるから》に掲載の人)に、やっとの思いで今年もお目にかかり、住所をお聞きし去年のお写真をお送りしたことに対してのお手紙でした。
ご自分はライダーではありません。しかし毎年ご近所の子供たち、お友達、ご主人方とおそろいのバンダナとTシャツで応援に徹しての参加です。
何がここまで?と私はいつも不思議に思うのです。子供にいい経験をさせたいから?お友達といい夏遊びをしたいから?旦那様と趣味が同じ?彼らの二日間の行動を見る時、楽しみながら燃えている心が、何もしていない私どもに伝わり、彼らを見ているだけで感動します。
ライダーに対する応援はもちろんのこと、そのシーンを見ている私どもも口では言い表せない心と人間性を学ばされます。
実行団の方々の数多くのご苦労には例年頭が下がる思いで感謝と感激はしているのですが、こういう表に出ない熱いスタッフもたくさんいることを、どうぞ実行団の皆さまのお力に添えてやって下さい。
そして、その見えないスタッフを応援している我々ミーハーも力んでいることを…ちょっぴり付け加えましょう。若々しい、いい笑顔で、岩手はやっぱりイーハトーブ!
実行団の皆さま、本当にお疲れさまでした。 小山田 Y子」
そして、それにそえられていたのが、「トマト娘さん」の手紙でした。
「大イベントイーハトーブトライアルも終わり、私の燃える夏が終わりました。
たくさんのライダーとお話できたことは、私の宝物として心に残ってます。
反省会もしながら、もう来年のイーハトーブに想いを寄せてもおります。
このビッグイベントを、名前だけは知っておりましたが、3、4年前に実際目の当たりにして、夏は絶対これだと勝手に決めつけ、近所の有志=バガッコ(万註:馬鹿な子だけどかわいい…という意味)を連れ出し、田山、長者前で水とミニトマト、キャンディをライダーに心を込めてお渡ししております。
彼、彼女たちのアクティブな姿に来年のここでの逢瀬を約束し、私たちの熱い真夏が終わるのです。古希を迎えたライダートリオとも米寿まで見届けてやると約束しましたので、ずっと見守りたいと思っている、三度目の成人式を迎える私です。今年の匠クンとの記念写真は出来次第お送りします。
追伸:男心(女心)と秋の空、気まぐれな天気が続きますこの頃です。どうぞご自愛のほど。
イーハトーブならぬミーハートーブ 渡辺T子

…と、まあ、こんなに熱心に出光イーハトーブトライアルを応援することを楽しみにしている人々がいるなんて、本当に嬉しいことです。
考えてみれば、野球だって、サッカーだって、自分はプレイしないけど応援することによって、見るだけでなく参加している人々がいるのですから、トライアルに「トマト娘さん」がもっと増えてもいいわけですね。
「クラシック」のライダーならみんな覚えていますが、普代村に入って間もない山里の道路端でライダーが通るたびに太鼓を叩いて応援してくれたおじいさんがいました。
いつのころからか見えないと思ったら亡くなっていたのですが、後日、そのお孫さんがおじいさんの気持ちを代弁して「何かできることでライダーを応援したいと思ったのが太鼓…」だったそうで、みんなでジーンときたものでした。
どんなかたちであれ、遠巻きに見ているより、参加することでいっそう楽しみが増すというものです。
そいういう意味でも、イーハトーブの観客は一流だと、つくづく私は思います。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
2006年03月27日
大会の信頼を高める事務局
出光イーハトーブトライアルの事務局はテレビ岩手事業部内にあり、トライアルを思想的に牽引し、実際に形作る大会運営実行団と共同作業をしていますが、これは大会運営の理想的なかたちです。
「信頼できる事務局」こそが、出光イーハトーブトライアルが長年にわたって出光興産の冠協賛を得ながら継続してこられた大きな理由であることに疑いの余地はありません。
テレビ岩手が大会事務局となったのは1991年の第15回大会からです。今年で18年目になる1時間特別番組の制作は、出光冠協賛が始まった1989年の第13回大会から行っていて、そのことが大会事務局となるきっかけになりました。
テレビ岩手が大会事務局になるまでの数年間は、東京のモータースポーツプロモーション会社が事務局として大会事務作業を行っていましたが、現地との距離を克服するには困難な問題が数多くあったため、その会社がテレビ岩手と話合って、事務局を円満に委譲するかたちになったのでした。
話としては簡単ですが、ここまでこぎつけるには一人の情熱的なテレビ岩手社員の活躍と、地道な社内説得があったのです。当時、いくらイーハトーブトライアルが15年以上も続いていたとはいえ、テレビ局にとっては異質の、バイクによるスポーツイベントを理解するにはまだまだ情報が不足していました。
しかし、個人的にイーハトーブトライアルのファンだった照井さん(現・販促部長)が、その2年前から番組制作を実現したうえに、この大会が岩手を代表するスポーツイベントであり、番組制作も含めてテレビ岩手が関わるべき事業としても有望であると、社内に対して説得し続けてくれたおかげで、めでたく大会事務局が実現したのでした。
地元企業のテレビ岩手が大会事務局となったことで、さまざまな制約が取り払われたと同時に、この大会に寄せられる各方面からの信頼が飛躍的に高まりました。以後、テレビ岩手事業部の中で最も大きなイベントとして、大会のスポットCMを放映するまでになっています。
じつは大会のスポットCMも、前述の照井さんが始めてからずっと歴代の担当者にも引き継がれ、テレビ岩手チャンネルを見る楽しみにもなっています。事実、そのCMが流れると「ああ、イーハトーブの季節だと感じる…」と近所のおばちゃんが言っていました。
また、大会の参加申し込みは数年前からインターネットで出来るようになっていますが、これも当時の担当者、斉藤さんがほとんど一人で尽力して、イーハトーブ大会業務のIT化を推し進めた結果でした。
斉藤さんも非常に情熱をもって事務局を6年も担当してくれた人で、「スポットCMの音楽はエンヤでいくんだ!」とこだわりを見せてくれましたし、担当を離れたいまでも「イーハトーブのことは気になる」と笑っています。
斉藤さんとの一番の思い出は、第25回大会のさいにヨーロッパ女性トライアルチャンプ、イリス・クラマーさんを招待したときの、実にきわどいタイミングでした。
イリスとのやりとりは私、マンザワがメールでやっていたのですが、大会前のコース最終仕上げのために140キロも離れた普代村方面に泊りがけで行ったときに、イリスから到着便の連絡が来るタイミングになってしまったのです。パソコンは持っていったのですが、くろさき荘でどうしても電話回線がつながらず、困り果てて斉藤さんに代わりに受信してもらうようお願いしたのです。
私のネットID、パスワードを伝えて斉藤さんがイリスのメールを受信したところ、こんどは文字化けで読み取れず、エンコードを変えて無事読み出し、すぐに成田に迎えに行くよう手配し…と、綱渡りの連続でしたが、無事にイリスは両親とともに日本の土を踏み、岩手の美しさ、出光イーハトーブトライアルの楽しさに大満足してドイツに帰りました。
あのときのことは、パソコンに強い斉藤さんでなければできなかった離れ業で、いまでも思い出すと冷や汗ものです。
さて、昨年から担当になった高橋さんは大会事務局担当6代目にあたり、文字通り出光イーハトーブトライアルの窓口として、大会への問い合わせの対応や、出場者からの参加申し込みの受付などをしています。
ことしはオリバーファミリー招待という大仕事が通常業務に上乗せされるので余計に大変なはずですが、高橋さんは「昨年は、何がなんだかわからない状況でしたが…」と、いまでは余裕の笑みさえ浮かべています。
テレビ岩手の事業部内にある大会事務局とは言っても、事務作業は高橋さんが1人で行っています。しかも、事業部は多数のイベントを手がけているので、常に出光イーハトーブトライアルと他の何かが同時進行中、という忙しい仕事環境の中で大会の事務作業を行うのです。(参加者の皆さんは、無理言って困らせないようにしてね)
ちょうどいまの時期からは、大会開催に向けて、会議のセッティングや各関係者への事務連絡作業などが始まり、参加者募集のためのポスターやコマーシャルを製作と放映、そしてもっとも大変な参加者組み合わせとゼッケン割り振り、それに大会プログラムの制作で疲労は最高度に達し、休む間もなく大会当日を迎えます。大会終了後には参加者への記念メダル発送、イーハトーブトライアルの番組を放映、実行団の打ち上げなど、ほとんど一年中、出光イーハトーブトライアル関連の仕事は続きます。
出光イーハトーブトライアルの大会予算は草大会の割に巨額なので、その経理事務が非常に重要な仕事です。これをすべて取りまとめるのが高橋さんとっても大変な仕事なのですが、そのおかげで大会の経理の透明性が保たれ、高い信頼につながっています。
とくに冠協賛の出光に対しては協賛金の受け皿としてだけでなく、大会への関わりをすべて把握できる窓口として機能しているため、テレビ岩手東京支社、電通などを通じた情報のやり取りを正確に反映することで、大会準備の方向性もきちんと決まってゆきます。
ところで、岩手は今の季節、まだまだ山にはどっさり雪が残っていますが、里では残雪の脇からふきのとうがポッコリ顔をのぞかせています。まだまだコース作業で山に入ることは出来ないこの時期から、事務局はすでに大忙しの状態で、先日行われた第1回目の実行団会議ではさっそくポスターのためし刷りを前に高橋さんから説明がありました。
今年は30周年記念大会なので、4月に入ったら、東北6県の出光SSに貼り出してもらえるように、今の時期に細かい手直し段階まで進んでいるのです。それから、もうじき公式ホームページでもお知らせしますが、希望するバイク販売店などにもポスターをお送りして貼り出しのお願いをするつもりです。
雪が溶けたら、私たち実行団員はさっそく山の中にコース探しに出かけ、地主と交渉して走行許可をもらい、森林管理署とも話しをして、山中の倒木をチェーンソーで切り、夏になったら大変な距離の草刈をします。
でも、そのつど細かい経費が発生しますので、これらをキチンと処理することも高橋さんの役目というわけで、誰がどこで動いても大会に関わることはすべて高橋さんのお世話になっているのです。
エントリーが始まるころ、高橋さんの忙しさはピークを迎えます。参加者の皆さんは、エントリー用紙にきちんと書き込みをして、高橋さんの仕事が円滑に進むようにしましょうね!

高橋さん、いつもありがとう!体に気をつけてね
「信頼できる事務局」こそが、出光イーハトーブトライアルが長年にわたって出光興産の冠協賛を得ながら継続してこられた大きな理由であることに疑いの余地はありません。
テレビ岩手が大会事務局となったのは1991年の第15回大会からです。今年で18年目になる1時間特別番組の制作は、出光冠協賛が始まった1989年の第13回大会から行っていて、そのことが大会事務局となるきっかけになりました。
テレビ岩手が大会事務局になるまでの数年間は、東京のモータースポーツプロモーション会社が事務局として大会事務作業を行っていましたが、現地との距離を克服するには困難な問題が数多くあったため、その会社がテレビ岩手と話合って、事務局を円満に委譲するかたちになったのでした。
話としては簡単ですが、ここまでこぎつけるには一人の情熱的なテレビ岩手社員の活躍と、地道な社内説得があったのです。当時、いくらイーハトーブトライアルが15年以上も続いていたとはいえ、テレビ局にとっては異質の、バイクによるスポーツイベントを理解するにはまだまだ情報が不足していました。
しかし、個人的にイーハトーブトライアルのファンだった照井さん(現・販促部長)が、その2年前から番組制作を実現したうえに、この大会が岩手を代表するスポーツイベントであり、番組制作も含めてテレビ岩手が関わるべき事業としても有望であると、社内に対して説得し続けてくれたおかげで、めでたく大会事務局が実現したのでした。
地元企業のテレビ岩手が大会事務局となったことで、さまざまな制約が取り払われたと同時に、この大会に寄せられる各方面からの信頼が飛躍的に高まりました。以後、テレビ岩手事業部の中で最も大きなイベントとして、大会のスポットCMを放映するまでになっています。
じつは大会のスポットCMも、前述の照井さんが始めてからずっと歴代の担当者にも引き継がれ、テレビ岩手チャンネルを見る楽しみにもなっています。事実、そのCMが流れると「ああ、イーハトーブの季節だと感じる…」と近所のおばちゃんが言っていました。
また、大会の参加申し込みは数年前からインターネットで出来るようになっていますが、これも当時の担当者、斉藤さんがほとんど一人で尽力して、イーハトーブ大会業務のIT化を推し進めた結果でした。
斉藤さんも非常に情熱をもって事務局を6年も担当してくれた人で、「スポットCMの音楽はエンヤでいくんだ!」とこだわりを見せてくれましたし、担当を離れたいまでも「イーハトーブのことは気になる」と笑っています。
斉藤さんとの一番の思い出は、第25回大会のさいにヨーロッパ女性トライアルチャンプ、イリス・クラマーさんを招待したときの、実にきわどいタイミングでした。
イリスとのやりとりは私、マンザワがメールでやっていたのですが、大会前のコース最終仕上げのために140キロも離れた普代村方面に泊りがけで行ったときに、イリスから到着便の連絡が来るタイミングになってしまったのです。パソコンは持っていったのですが、くろさき荘でどうしても電話回線がつながらず、困り果てて斉藤さんに代わりに受信してもらうようお願いしたのです。
私のネットID、パスワードを伝えて斉藤さんがイリスのメールを受信したところ、こんどは文字化けで読み取れず、エンコードを変えて無事読み出し、すぐに成田に迎えに行くよう手配し…と、綱渡りの連続でしたが、無事にイリスは両親とともに日本の土を踏み、岩手の美しさ、出光イーハトーブトライアルの楽しさに大満足してドイツに帰りました。
あのときのことは、パソコンに強い斉藤さんでなければできなかった離れ業で、いまでも思い出すと冷や汗ものです。
さて、昨年から担当になった高橋さんは大会事務局担当6代目にあたり、文字通り出光イーハトーブトライアルの窓口として、大会への問い合わせの対応や、出場者からの参加申し込みの受付などをしています。
ことしはオリバーファミリー招待という大仕事が通常業務に上乗せされるので余計に大変なはずですが、高橋さんは「昨年は、何がなんだかわからない状況でしたが…」と、いまでは余裕の笑みさえ浮かべています。
テレビ岩手の事業部内にある大会事務局とは言っても、事務作業は高橋さんが1人で行っています。しかも、事業部は多数のイベントを手がけているので、常に出光イーハトーブトライアルと他の何かが同時進行中、という忙しい仕事環境の中で大会の事務作業を行うのです。(参加者の皆さんは、無理言って困らせないようにしてね)
ちょうどいまの時期からは、大会開催に向けて、会議のセッティングや各関係者への事務連絡作業などが始まり、参加者募集のためのポスターやコマーシャルを製作と放映、そしてもっとも大変な参加者組み合わせとゼッケン割り振り、それに大会プログラムの制作で疲労は最高度に達し、休む間もなく大会当日を迎えます。大会終了後には参加者への記念メダル発送、イーハトーブトライアルの番組を放映、実行団の打ち上げなど、ほとんど一年中、出光イーハトーブトライアル関連の仕事は続きます。
出光イーハトーブトライアルの大会予算は草大会の割に巨額なので、その経理事務が非常に重要な仕事です。これをすべて取りまとめるのが高橋さんとっても大変な仕事なのですが、そのおかげで大会の経理の透明性が保たれ、高い信頼につながっています。
とくに冠協賛の出光に対しては協賛金の受け皿としてだけでなく、大会への関わりをすべて把握できる窓口として機能しているため、テレビ岩手東京支社、電通などを通じた情報のやり取りを正確に反映することで、大会準備の方向性もきちんと決まってゆきます。
ところで、岩手は今の季節、まだまだ山にはどっさり雪が残っていますが、里では残雪の脇からふきのとうがポッコリ顔をのぞかせています。まだまだコース作業で山に入ることは出来ないこの時期から、事務局はすでに大忙しの状態で、先日行われた第1回目の実行団会議ではさっそくポスターのためし刷りを前に高橋さんから説明がありました。
今年は30周年記念大会なので、4月に入ったら、東北6県の出光SSに貼り出してもらえるように、今の時期に細かい手直し段階まで進んでいるのです。それから、もうじき公式ホームページでもお知らせしますが、希望するバイク販売店などにもポスターをお送りして貼り出しのお願いをするつもりです。
雪が溶けたら、私たち実行団員はさっそく山の中にコース探しに出かけ、地主と交渉して走行許可をもらい、森林管理署とも話しをして、山中の倒木をチェーンソーで切り、夏になったら大変な距離の草刈をします。
でも、そのつど細かい経費が発生しますので、これらをキチンと処理することも高橋さんの役目というわけで、誰がどこで動いても大会に関わることはすべて高橋さんのお世話になっているのです。
エントリーが始まるころ、高橋さんの忙しさはピークを迎えます。参加者の皆さんは、エントリー用紙にきちんと書き込みをして、高橋さんの仕事が円滑に進むようにしましょうね!

高橋さん、いつもありがとう!体に気をつけてね
2006年03月17日
イーハトーブ地元協力は熱い!
出光イーハトーブトライアルは、「生活圏で行われるモータースポーツ」です。
それが30年も続けてこられた大きな理由は、絶大な地元の理解と協力があったからにほかなりません。
そもそも、この大会が始まった1977年ごろは、世間一般にはバイク=暴走族という図式でしか、マスコミに載ることはありませんでした。
だから、77年に日本人初のロードレース世界GPチャンプとなった片山敬済や、78年のモトクロス世界GPチャンプとなった渡辺明の偉業も、ニュースがテレビや新聞で取り上げられることはほとんどなかった時代だったのです。
そんなわけで、77年の第1回大会に参加した27人のトライアルライダーたちは、普代村(太平洋に面した小さな村で、一日目のゴール)の役場前にかかる橋に、「歓迎・イーハトーブトライアル」と書かれた手製の横断幕に大感激したものです。
それ以来、伝統的に…と言えるほど、普代村では「歓迎・イーハトーブトライアル」ののぼり旗が、村内のあちこちや、「クラシック」クラスの一日目最終セクションの普代浜に林立しているのです。
しかも、大会開始11年目から、普代浜では参加ライダーたちを歓迎するもてなしとして、イカポッポ(丸焼き)、豆腐田楽、普代村にんじんジュース、地元アイスミルク(クリームではない!)など、おいしいおやつがテントで大量に振舞われるのです。

じつはこれを楽しみに「クラシック」に参加しているライダーたちも多数いるほどです。食べ過ぎると普代村営国民宿舎「くろさき荘」での夕食が入らないはずなのですが、「食べられない…」というライダーはあまり聞いたことがなく、みんな見事に平らげて、にぎやかに歓談しています。
その「くろさき荘」には、大会開始以来ずっとお世話になり続けているわけですが、ここの協力ぶりもたいしたもんです。
なにしろ、トライアル大会は天候に関係なく開催されますから、雨の日はライダー全員が合羽を脱ぎ、びしょぬれのブーツを脱いて乾かしたいのです。でも「くろさき荘」はちゃんと大きなスペースに、ブーツを並べるためにシートをしいて、ロープを張って合羽をつるす準備をしてくれています。
また、普代村の中学校からは、地元に伝わる神楽を舞うチームが毎回「くろさき荘」にやってきて、ライダーたちを楽しませてくれます。
これらはすべて村長のはからいですが、この舞に感激して大会後すぐに家族全員を連れて横浜から普代村の秋祭りに戻ってきたライダーもいるほどです。そのことにまた村長は大感激して…というぐあいに、普代村の存在は「クラシック」の第二の拠点とも言えるほど重要なのです。
2日間で往復約350キロもの長丁場を走る「クラシック」では、コースが通過する12町村(年により変化)の役場に呼びかけて「出光イーハトーブトライアル町村会議」を毎年開催してきました。
町村合併により、町村の数は減りましたが、地元の熱い歓迎ぶりはテレビ番組にかならず映ることもあり、各町村の歓迎体制はいささかもゆるぎません。
たとえば最大の観客数(約500人)を集める岩手町の北緯40度公園では、観客をあてこんだ業者の出店も出たり、国道から公園までの取りつけ道路が駐車でいっぱいになるので、その整理にパトカーが待機しているほどの人気セクション、「北緯40度公園ヒルクライム」があります。(斜度も40度くらいありそう?)
公園の駐車場には岩手町役場が歓迎のもてなしを行うテントが張られ、特産のブルーベリージュースや、篤志家の農家、三浦さんが毎年差し入れてくれるゆでたてのとうもろこしが山と用意されています。
そして、整然とクルマで埋め尽くされてた駐車場の最前列には、急斜面を見上げる観客、それも幼児から老人まであらゆる年齢層の人々が境界線にそってビッシリ座りこんでいるのです。それも、ある種、期待を込めた表情で…。
大観衆の見守る中でライダーたちは次々と急斜面に挑むのですが、うまくいかないとたちまちバイクがサオ立ちになって大転落したり、単に停止しただけでも重力に勝てず人車ともに転がり落ちてゆくのです。
そのつど「あー」「おおーっ!」と観客の声があがりますが、土の斜面なので人車ともに見た目ほどにダメージはありません。
うまく登りきるとちゃんと観客の間から拍手が沸き起こり、降りてきたライダーには岩手町特産品が記念に渡されたりもします。そう、イーハトーブの地元民はトライアル観戦にかけては一流なのです。
なにしろ、場所よっては30年間もトライアルを見続けている人々もいるのですから、ライダーがセクションに入ったとたんに「あー、あいっつぁー、うめぐねな…」(あいつはうまくないな)と、瞬時に腕前を見抜き、周りの人々に解説するおじいさんがいたりするのですから…!
さて、出光イーハトーブトライアルのスタート地点はいままで安代町だったのが、05年秋に3町村の合併があり、八幡平市になりました。
「クラシック」がスタートする田代平(たしろたい)の緑の芝生にデンと設置されたスタート台は、旧安代町の寄贈でしたが、さすがに11年経って作りなおす必要が出てきたので、今回は八幡平市となって初の、そして出光イーハトーブトライアル30周年記念大会という節目の年でもあるため、全面的に八幡平市が作り直してくれることになりました。
大会の行われる8月は旧安代町の特産であるりんどうの花が真っ盛りでもあり、スタート台にもりんどうがいっぱい飾られることになりそうです。あ、そこに費用が取られるからといって、旧安代町が参加ライダーをもてなしてくれていた安比アイスクリームが無くなるようなことは(たぶん)ありませんので、御心配なく!
では、今回はこの辺で。次回、お楽しみに!
それが30年も続けてこられた大きな理由は、絶大な地元の理解と協力があったからにほかなりません。
そもそも、この大会が始まった1977年ごろは、世間一般にはバイク=暴走族という図式でしか、マスコミに載ることはありませんでした。
だから、77年に日本人初のロードレース世界GPチャンプとなった片山敬済や、78年のモトクロス世界GPチャンプとなった渡辺明の偉業も、ニュースがテレビや新聞で取り上げられることはほとんどなかった時代だったのです。
そんなわけで、77年の第1回大会に参加した27人のトライアルライダーたちは、普代村(太平洋に面した小さな村で、一日目のゴール)の役場前にかかる橋に、「歓迎・イーハトーブトライアル」と書かれた手製の横断幕に大感激したものです。
それ以来、伝統的に…と言えるほど、普代村では「歓迎・イーハトーブトライアル」ののぼり旗が、村内のあちこちや、「クラシック」クラスの一日目最終セクションの普代浜に林立しているのです。
しかも、大会開始11年目から、普代浜では参加ライダーたちを歓迎するもてなしとして、イカポッポ(丸焼き)、豆腐田楽、普代村にんじんジュース、地元アイスミルク(クリームではない!)など、おいしいおやつがテントで大量に振舞われるのです。

じつはこれを楽しみに「クラシック」に参加しているライダーたちも多数いるほどです。食べ過ぎると普代村営国民宿舎「くろさき荘」での夕食が入らないはずなのですが、「食べられない…」というライダーはあまり聞いたことがなく、みんな見事に平らげて、にぎやかに歓談しています。
その「くろさき荘」には、大会開始以来ずっとお世話になり続けているわけですが、ここの協力ぶりもたいしたもんです。
なにしろ、トライアル大会は天候に関係なく開催されますから、雨の日はライダー全員が合羽を脱ぎ、びしょぬれのブーツを脱いて乾かしたいのです。でも「くろさき荘」はちゃんと大きなスペースに、ブーツを並べるためにシートをしいて、ロープを張って合羽をつるす準備をしてくれています。
また、普代村の中学校からは、地元に伝わる神楽を舞うチームが毎回「くろさき荘」にやってきて、ライダーたちを楽しませてくれます。
これらはすべて村長のはからいですが、この舞に感激して大会後すぐに家族全員を連れて横浜から普代村の秋祭りに戻ってきたライダーもいるほどです。そのことにまた村長は大感激して…というぐあいに、普代村の存在は「クラシック」の第二の拠点とも言えるほど重要なのです。
2日間で往復約350キロもの長丁場を走る「クラシック」では、コースが通過する12町村(年により変化)の役場に呼びかけて「出光イーハトーブトライアル町村会議」を毎年開催してきました。
町村合併により、町村の数は減りましたが、地元の熱い歓迎ぶりはテレビ番組にかならず映ることもあり、各町村の歓迎体制はいささかもゆるぎません。
たとえば最大の観客数(約500人)を集める岩手町の北緯40度公園では、観客をあてこんだ業者の出店も出たり、国道から公園までの取りつけ道路が駐車でいっぱいになるので、その整理にパトカーが待機しているほどの人気セクション、「北緯40度公園ヒルクライム」があります。(斜度も40度くらいありそう?)
公園の駐車場には岩手町役場が歓迎のもてなしを行うテントが張られ、特産のブルーベリージュースや、篤志家の農家、三浦さんが毎年差し入れてくれるゆでたてのとうもろこしが山と用意されています。
そして、整然とクルマで埋め尽くされてた駐車場の最前列には、急斜面を見上げる観客、それも幼児から老人まであらゆる年齢層の人々が境界線にそってビッシリ座りこんでいるのです。それも、ある種、期待を込めた表情で…。
大観衆の見守る中でライダーたちは次々と急斜面に挑むのですが、うまくいかないとたちまちバイクがサオ立ちになって大転落したり、単に停止しただけでも重力に勝てず人車ともに転がり落ちてゆくのです。
そのつど「あー」「おおーっ!」と観客の声があがりますが、土の斜面なので人車ともに見た目ほどにダメージはありません。
うまく登りきるとちゃんと観客の間から拍手が沸き起こり、降りてきたライダーには岩手町特産品が記念に渡されたりもします。そう、イーハトーブの地元民はトライアル観戦にかけては一流なのです。
なにしろ、場所よっては30年間もトライアルを見続けている人々もいるのですから、ライダーがセクションに入ったとたんに「あー、あいっつぁー、うめぐねな…」(あいつはうまくないな)と、瞬時に腕前を見抜き、周りの人々に解説するおじいさんがいたりするのですから…!
さて、出光イーハトーブトライアルのスタート地点はいままで安代町だったのが、05年秋に3町村の合併があり、八幡平市になりました。
「クラシック」がスタートする田代平(たしろたい)の緑の芝生にデンと設置されたスタート台は、旧安代町の寄贈でしたが、さすがに11年経って作りなおす必要が出てきたので、今回は八幡平市となって初の、そして出光イーハトーブトライアル30周年記念大会という節目の年でもあるため、全面的に八幡平市が作り直してくれることになりました。
大会の行われる8月は旧安代町の特産であるりんどうの花が真っ盛りでもあり、スタート台にもりんどうがいっぱい飾られることになりそうです。あ、そこに費用が取られるからといって、旧安代町が参加ライダーをもてなしてくれていた安比アイスクリームが無くなるようなことは(たぶん)ありませんので、御心配なく!
では、今回はこの辺で。次回、お楽しみに!
2006年03月09日
出光冠協賛はここがすごい!
出光イーハトーブトライアルの冠スポンサーは、ご覧のとおり出光興産株式会社です。今年の30周年大会は、出光の冠協賛18年目の年でもあり、これほどの長い期間、全面的に支援していただいていることに、大会会長としてあらためて厚くお礼申し上げます。
しかも、いわゆるスポンサーとしての関わり以上に、出光イーハトーブトライアルでは、大会そのものを盛り立てていただいていることは、なかなか外に伝わっていかないことなので、今回はそのへんのお話です。
まず、真っ先に紹介したいのが、3年前の大会前夜祭で、突然、衝撃のデビューを飾った出光興産仙台支店の誇る(?)「出光まいどプラス隊」の、はつらつとした、じつに知的で美しい女性社員たちです。
「出光カードまいどプラスは、年会費が永久無料!」「入会後1ヶ月は、なんとなんと5円引き!」「それ以降も、なんといつでも2円引き!」「プラスポイントサービスは・・・」と、壇上に颯爽と並んだ彼女たちの口からは、つぎつぎと爽やかで歯切れの良いフレーズがリズミカルに飛び出して、期せずして見事なパフォーマンスとなり、そのとき夜の安比の空気はなんとも言えず華やかに変化したのです。

大勢の観客はしばしあっけに取られ、そして次の瞬間大拍手喝采、「アンコール!」の声援ワーワー、口笛ビービーの大騒ぎとなったのでした。そして、舞台の下にはこの仕込みをプロデュースした(と思われる)仙台支店のS課長がニンマリと満足そうな笑みを浮かべているのでした。それにしても、このチームの美的レベルの高さ・・・うーむ、おそるべし、S課長!
昨年も大好評に応えて「まいどプラス隊」は例のパフォーマンスを披露しただけでなく、実行団員に代わって参加者に採点カードを渡したり、スタートのチャイムを鳴らしたりと、その活力と知性と美貌を惜しみなく大会のために役立ててくれ、いまや彼女たちなしの大会は考えられません。
あ、そうだ、今年は特別のゲストにオリバーファミリー8人をニュージーランドから招待する関係で、英語の通訳ができるアテンダント(付き添いさん)がたくさん必要になるので、彼女たちにもできるだけ助けてもらえるようにお願いしてみましょう。きっと、ゲストたちも大喜びすることまちがいなしですね。
もちろん、このような華やかなパフォーマンスだけが出光の関わり方じゃありません。モータースポーツの大会に、冠協賛会社の社員が参加しているなんて、普通はあんまり聞かない話ですが、出光の社員はもう十数年前から、本社や支店、製油所などから毎年必ず社員のだれかが参加し、すでに延べ数十人もの参加者をかぞえ、社内にトライアル愛好家のサークルらしきものまであるのです。
昨年も最多参加社員のOさんが、わざわざこの大会に参加するために、赴任先のシンガポールから一時帰国し、前夜祭でもそのことを紹介され、大喝采をあびていました。
ついで参加回数が多く、「いつかは社長…」と言われるエリート社員Iさんは、数年前にガスガスを購入し、トライアルスクールに通い、何度も大会に参加しているあたりが、出光の企業風土を物語ります。
ちなみに、出光興産のウェブサイトにある経営方針のページに、こんな一節があるので引用しましょう。
http://www.idemitsu.co.jp/company/policy/index.html
「出光は、1911年の創業以来、「人間尊重」を経営理念とし、社会から尊重される人間の育成に経営の主眼を置いてきました。〔中略〕今でも出光では社員の成長や達成感を大切に考える伝統が色濃く残っています。それが、結果的に社員の責任感や結束を生み、変革期や逆境に強さを発揮する企業体質を醸成しています」
なるほど、トライアル参加はまさに逆境に強さを発揮するための社員修行の一環(?)だったわけです。
そういえば、18年間毎年欠かさず、出光広報課、潤滑油部など、出光イーハトーブトライアルに直接関係のある部署や、広告代理店、テレビ岩手など、然るべき方々から構成されるご一行様が視察にやってきて、その大半は往復350キロの「クラシック」をずっと追っかけて観戦してくれています。だから、あちこちに顔見知りが出来て、ご一行様はそういう地元の方々とのふれあいを楽しんでいる姿がこちらとしても嬉しいのです。
そして、一ヶ月ほどあとには、出光社員全員が読む「月刊出光」に、大きなスペースを割いて写真入の記事が載るのです。こちらは毎年同じようなことをやっているのに、記事はマンネリに陥らないように見る角度を少しずつ巧みに変えた内容で、出光イーハトーブトライアルの魅力を伝えているのには感心します。この律儀さ、真面目さも、出光の社風なのだと素直に思えます。
「こんなバイクが参加…」のところで、出光イーハトーブトライアルの変化に富んだ自然条件はバイクの開発にもってこいの舞台…と書きましたが、そのことはガソリンやオイルに関しても同じこと。
ガソリンに関しては、日頃からゼアス、スーパーゼアスを愛用している方も多いでしょうが、2サイクルエンジンが多いトライアルバイクでは、オイルの性能も重要です。
出光ゼプロ2サイクルは、参加者の大半が使用することでもわかるように、信頼性の高さと取り扱いの容易さで、じつに出光イーハトーブトライアル向きのオイルです。
混合ガスを使用する2サイクルエンジンでは、オイルが薄いほど燃焼が良くなるので、パワーも、レスポンスも良くなります。しかし、それで焼きついたり、エンジンを痛めたりしない信頼性こそが重要なポイントになります。
ゼプロ2サイクルは、水冷エンジンなら100:1で使用することも可能な油膜の強さを誇ると同時に、混合性の良さがピカイチなので、いちいちスペアタンクを振り回して混合する必要がないのです。
たとえば、SSで先にガソリンを満たした燃料タンクに、あとから必要量のオイルをトローッと注いだだけで、たちまち混合できてしまう点がトライアルの最中には非常に便利、かつ安心です。
ちなみに、私は耐久性重視なので70:1で新車から使用していますが、上記の方法で燃料タンクにオイルを入れ、過酷な実行団の準備作業で6年間ガスガスを酷使しまくっています。「クラシック」の、長い登りが多いコースを走り続けると、ガスガスの排気管内側はまるで4サイクルのようにねずみ色に乾いています。が、エンジンは快調そのものでいつもキック一発、ピストンの打音なども出ていません。 同じ混合比(普通は30:1指定)で、チェーンソーも、草刈機も全開で使いますと、排気ガスは無色で、やはりねずみ色のテールパイプになりますが、エンジンはじつにいい音で快調に回っています。
そして、30周年記念大会には、待望の4サイクルトライアルマシン向けに開発された「トライアル4サイクル」(仮称)が、参加者に試供品として提供されるかもしれません。(おっと、秘密情報のリーク…!)
いわば出光イーハトーブトライアル生れのこのオイルは、低速から高速まで全域にわたる優位性をめざして開発されたもので、出光の自信作ということです。まだ市販化が決定されたわけではありませんが、ことしの参加者はいちはやくそれを手に入れることができそうです。しかも出光イーハトーブトライアルのマーク入り!どうぞ、お楽しみに・・・!
そういえば、そろそろ皆さんの近くでも、出光イーハトーブトライアルのポスターが見られるかも知れません。今年は30周年記念大会ということで、いつもの2倍以上の枚数を刷るだけでなく、できるだけ早い時期から出光SSなどに張り出すことになりそうです。
そんなふうに、単なる冠協賛ではなく、まさに私たち大会運営実行団と一緒になって大会を盛り上げていこうという出光の姿勢が、18年間もの長い間、この大会を支えてくれている情熱の表れといえましょう。
思えば18年前、「おめたち、そろそろスポンサーが要るんじゃないか?」と、出光を紹介してくださった、岩手の小山田商店(県北部でSS4店と自動車販売などを経営)社長の、あの一言のおかげで出光冠協賛が始まりました。あれ以来、毎年8月末にはSS各店にトライアルバイクがいっぱい並ぶ光景が見られ、小山田社長がそれを笑顔で岩手県知事ご夫妻に案内していたこともありましたね…。小山田さんに、あらためて感謝です!
出光本社のウェブサイトを見ると、企業メセナのページに3つの対象が紹介されています。
http://www.idemitsu.co.jp/company/mesenat/index.html
創業者、出光佐三の素晴らしいコレクションが見られる出光美術館、若手クラシック音楽家の育成を目的にした出光音楽賞、そして出光イーハトーブトライアルの3つというわけです。
現在では希少な、冠協賛のついたモータースポーツとして、今後はますます幅広い魅力を備えた出光イーハトーブトライアルを目指します。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
しかも、いわゆるスポンサーとしての関わり以上に、出光イーハトーブトライアルでは、大会そのものを盛り立てていただいていることは、なかなか外に伝わっていかないことなので、今回はそのへんのお話です。
まず、真っ先に紹介したいのが、3年前の大会前夜祭で、突然、衝撃のデビューを飾った出光興産仙台支店の誇る(?)「出光まいどプラス隊」の、はつらつとした、じつに知的で美しい女性社員たちです。
「出光カードまいどプラスは、年会費が永久無料!」「入会後1ヶ月は、なんとなんと5円引き!」「それ以降も、なんといつでも2円引き!」「プラスポイントサービスは・・・」と、壇上に颯爽と並んだ彼女たちの口からは、つぎつぎと爽やかで歯切れの良いフレーズがリズミカルに飛び出して、期せずして見事なパフォーマンスとなり、そのとき夜の安比の空気はなんとも言えず華やかに変化したのです。

大勢の観客はしばしあっけに取られ、そして次の瞬間大拍手喝采、「アンコール!」の声援ワーワー、口笛ビービーの大騒ぎとなったのでした。そして、舞台の下にはこの仕込みをプロデュースした(と思われる)仙台支店のS課長がニンマリと満足そうな笑みを浮かべているのでした。それにしても、このチームの美的レベルの高さ・・・うーむ、おそるべし、S課長!
昨年も大好評に応えて「まいどプラス隊」は例のパフォーマンスを披露しただけでなく、実行団員に代わって参加者に採点カードを渡したり、スタートのチャイムを鳴らしたりと、その活力と知性と美貌を惜しみなく大会のために役立ててくれ、いまや彼女たちなしの大会は考えられません。
あ、そうだ、今年は特別のゲストにオリバーファミリー8人をニュージーランドから招待する関係で、英語の通訳ができるアテンダント(付き添いさん)がたくさん必要になるので、彼女たちにもできるだけ助けてもらえるようにお願いしてみましょう。きっと、ゲストたちも大喜びすることまちがいなしですね。
もちろん、このような華やかなパフォーマンスだけが出光の関わり方じゃありません。モータースポーツの大会に、冠協賛会社の社員が参加しているなんて、普通はあんまり聞かない話ですが、出光の社員はもう十数年前から、本社や支店、製油所などから毎年必ず社員のだれかが参加し、すでに延べ数十人もの参加者をかぞえ、社内にトライアル愛好家のサークルらしきものまであるのです。
昨年も最多参加社員のOさんが、わざわざこの大会に参加するために、赴任先のシンガポールから一時帰国し、前夜祭でもそのことを紹介され、大喝采をあびていました。
ついで参加回数が多く、「いつかは社長…」と言われるエリート社員Iさんは、数年前にガスガスを購入し、トライアルスクールに通い、何度も大会に参加しているあたりが、出光の企業風土を物語ります。
ちなみに、出光興産のウェブサイトにある経営方針のページに、こんな一節があるので引用しましょう。
http://www.idemitsu.co.jp/company/policy/index.html
「出光は、1911年の創業以来、「人間尊重」を経営理念とし、社会から尊重される人間の育成に経営の主眼を置いてきました。〔中略〕今でも出光では社員の成長や達成感を大切に考える伝統が色濃く残っています。それが、結果的に社員の責任感や結束を生み、変革期や逆境に強さを発揮する企業体質を醸成しています」
なるほど、トライアル参加はまさに逆境に強さを発揮するための社員修行の一環(?)だったわけです。
そういえば、18年間毎年欠かさず、出光広報課、潤滑油部など、出光イーハトーブトライアルに直接関係のある部署や、広告代理店、テレビ岩手など、然るべき方々から構成されるご一行様が視察にやってきて、その大半は往復350キロの「クラシック」をずっと追っかけて観戦してくれています。だから、あちこちに顔見知りが出来て、ご一行様はそういう地元の方々とのふれあいを楽しんでいる姿がこちらとしても嬉しいのです。
そして、一ヶ月ほどあとには、出光社員全員が読む「月刊出光」に、大きなスペースを割いて写真入の記事が載るのです。こちらは毎年同じようなことをやっているのに、記事はマンネリに陥らないように見る角度を少しずつ巧みに変えた内容で、出光イーハトーブトライアルの魅力を伝えているのには感心します。この律儀さ、真面目さも、出光の社風なのだと素直に思えます。
「こんなバイクが参加…」のところで、出光イーハトーブトライアルの変化に富んだ自然条件はバイクの開発にもってこいの舞台…と書きましたが、そのことはガソリンやオイルに関しても同じこと。
ガソリンに関しては、日頃からゼアス、スーパーゼアスを愛用している方も多いでしょうが、2サイクルエンジンが多いトライアルバイクでは、オイルの性能も重要です。
出光ゼプロ2サイクルは、参加者の大半が使用することでもわかるように、信頼性の高さと取り扱いの容易さで、じつに出光イーハトーブトライアル向きのオイルです。
混合ガスを使用する2サイクルエンジンでは、オイルが薄いほど燃焼が良くなるので、パワーも、レスポンスも良くなります。しかし、それで焼きついたり、エンジンを痛めたりしない信頼性こそが重要なポイントになります。
ゼプロ2サイクルは、水冷エンジンなら100:1で使用することも可能な油膜の強さを誇ると同時に、混合性の良さがピカイチなので、いちいちスペアタンクを振り回して混合する必要がないのです。
たとえば、SSで先にガソリンを満たした燃料タンクに、あとから必要量のオイルをトローッと注いだだけで、たちまち混合できてしまう点がトライアルの最中には非常に便利、かつ安心です。
ちなみに、私は耐久性重視なので70:1で新車から使用していますが、上記の方法で燃料タンクにオイルを入れ、過酷な実行団の準備作業で6年間ガスガスを酷使しまくっています。「クラシック」の、長い登りが多いコースを走り続けると、ガスガスの排気管内側はまるで4サイクルのようにねずみ色に乾いています。が、エンジンは快調そのものでいつもキック一発、ピストンの打音なども出ていません。 同じ混合比(普通は30:1指定)で、チェーンソーも、草刈機も全開で使いますと、排気ガスは無色で、やはりねずみ色のテールパイプになりますが、エンジンはじつにいい音で快調に回っています。
そして、30周年記念大会には、待望の4サイクルトライアルマシン向けに開発された「トライアル4サイクル」(仮称)が、参加者に試供品として提供されるかもしれません。(おっと、秘密情報のリーク…!)
いわば出光イーハトーブトライアル生れのこのオイルは、低速から高速まで全域にわたる優位性をめざして開発されたもので、出光の自信作ということです。まだ市販化が決定されたわけではありませんが、ことしの参加者はいちはやくそれを手に入れることができそうです。しかも出光イーハトーブトライアルのマーク入り!どうぞ、お楽しみに・・・!
そういえば、そろそろ皆さんの近くでも、出光イーハトーブトライアルのポスターが見られるかも知れません。今年は30周年記念大会ということで、いつもの2倍以上の枚数を刷るだけでなく、できるだけ早い時期から出光SSなどに張り出すことになりそうです。
そんなふうに、単なる冠協賛ではなく、まさに私たち大会運営実行団と一緒になって大会を盛り上げていこうという出光の姿勢が、18年間もの長い間、この大会を支えてくれている情熱の表れといえましょう。
思えば18年前、「おめたち、そろそろスポンサーが要るんじゃないか?」と、出光を紹介してくださった、岩手の小山田商店(県北部でSS4店と自動車販売などを経営)社長の、あの一言のおかげで出光冠協賛が始まりました。あれ以来、毎年8月末にはSS各店にトライアルバイクがいっぱい並ぶ光景が見られ、小山田社長がそれを笑顔で岩手県知事ご夫妻に案内していたこともありましたね…。小山田さんに、あらためて感謝です!
出光本社のウェブサイトを見ると、企業メセナのページに3つの対象が紹介されています。
http://www.idemitsu.co.jp/company/mesenat/index.html
創業者、出光佐三の素晴らしいコレクションが見られる出光美術館、若手クラシック音楽家の育成を目的にした出光音楽賞、そして出光イーハトーブトライアルの3つというわけです。
現在では希少な、冠協賛のついたモータースポーツとして、今後はますます幅広い魅力を備えた出光イーハトーブトライアルを目指します。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
2006年03月05日
大会を作る実行団員たち
大会運営実行団員〔以下、団員〕たちの活躍ぶりときたら、それは見事なもんです。参加したライダーで、少しでも想像力がある人なら、「これだけの長い山道を草刈りしたなんて、準備はホントに大変だなー」と気づいてくれているでしょうね。
でも、そういう実行団員の仕事ぶりは、雑誌の記事にも書かれないし、20年も前から毎回テレビ岩手が制作しているイーハトーブトライアルの1時間番組にも、正面から取り上げられることはないんです。(これが縁の下の力持ち、ならではの宿命ってもんですけど…)
そもそも、どんな大会でも準備をする人がいないと始まりません。
そして、大会当日も大切ですが、準備のほうがはるかに、時間も、エネルギーも、お金もかかるんです。
しかも大会という締め切りに間に合うように、すべての準備がキチンと形になって、はじめて大会が素晴らしいものになるわけです。
出光イーハトーブトライアルの場合は、バイクの大会で、しかも小さな市なんかよりずっと広い面積を駆けずり回るコース(4つのクラス併せて約550キロ!)の設定をするのですから、時間も労力も大変なものです。
そこで、何より重要なのが、個々の実行団員の働きぶりです。
中でも、直接コース設定に関わる仕事をする、通称バイク団員たちは、一見ふつうのオジサンですが、次の条件を満たしている曲者、いや、立派な人たちなのです。
●トライアルバイクにちゃんと乗れること。(スタートしたら、時間内に必ず戻ってくる信頼性)
●イーハトーブの地理・地名が頭に入ってる(△山二つ目のセクションを草刈、でわかる理解力)
●機転が利くこと(何があるかわからない現場仕事の突発事態にも冷静に対処できる智慧)
●弱音を吐かず、常に明るいこと(大変なのは自分だけじゃなくみんなも…と、常に前向きな姿勢)
読んでおわかりのように、いまどきの若者(だけじゃないけど…)には、なかなか高いハードルのよう思えますが、そのとおりなんです。
優秀なバイク団員は一朝一夕では育たないし、20年以上も同じ団員が活躍する一方で、転勤など、理由はさまざまですが、だんだんにバイク団員の数が減って、いまでは岩手県の絶滅危惧種に指定されています(んなわけないっ!)
たしかに、バイク団員はみんないい年のオジサンばかりですが、このごろ若いモンがポツポツ見習いで入ってきたのは喜ばしいことです。
人間は社会性があればあるほど、心豊かな人生となる傾向があります。たとえば、会社と家の往復だけよりも、何かの習い事で別の社会にも属している、あるいは趣味の世界で評価されているなど、いくつもの社会に属していることが人間形成に大きなプラスになるわけです。
そういう意味でも実行団員の見習いをしている若者たちは、確実に成長してゆくのがわかりますし、その成長振りを見守ることは大きな楽しみでもあるのです。
まあ、そんなことを偉そうに言うオジサンたちだって、まだまだ日々成長し続けているんですけどね。
大会の根幹を作るバイク団員の他にも、当日の運営も大切な役割はたくさんあるので、いろんなタイプの実行団員がいます。
たとえば受付のお姉さんとか、ケガ人をやさしく手当てしてくれるお医者さん、看護婦さん、パソコンをたたくお姉さん、グッズを売るお姉さん…え、お姉さんばっかり? ま、そうだったらいいなの願望も入ってますけど…ホントに女性が大活躍してますから。
ところで、出光イーハトーブトライアルの実行団員という役割には、なんとも言えない不思議な魅力があるのです。
その証拠に“非常に”遠くから10年以上、中には20年近くも続けてやってきてくれる団員が4人、10年以下ならさらに3人います。非常に、というのは開催地から最低でも500キロ以上離れているわけですから、一番近くて、首都圏ということです!一番遠いのは姫路に近い兵庫県!!!
この話はつぎの機会に詳しくしますが、要は実行団員をやるということは、大変な中にも他のことでは味わえない達成感とか、自分の存在感とかが実感でき、その喜びが大きいからこそ、(自費で)何年も続けてやってきてくれるわけです。
おそらく、その中には岩手という場所が人をひきつけるというのも含まれるはずです。
が、なんと言っても実行団そのものを率いる、家村実行団長の魅力、人柄あってのこと!これはは間違いありません。
いつもニコニコ寡黙な彼は、岩手県人の人の良さ(テレビで日本一にランクされたそうで…ナットク)を代表する人物・人柄です。
何でもすぐ自分の手柄にする人(え、私のことですか!?)とは違い、どんなに大変なことでも黙々と作業を進め、決して弱音を吐きません。
それどころか、どうしよう、困った…と、人に相談することもあんまりしないようで、一人で悩んで、一人で解決するのです。(だから彼だけがどんどん成長する…??)
彼がもしいなければ、この大会はたちまち機能不全に陥り、継続困難になることでしょう。
それほどの重要人物なのに、何に乗っても(スコルパTYS125、BMW・R100GS、ヤマハスノーモビル、三菱タウンボックス、ニッサンアトラスパネルトラック、etc)いったん走り出すと手がつけられないほど速いし、余計な技をひけらかすやんちゃ者なので(50歳だというのに…!)、知らない人が見たらただの変なおじさんと思うはずです。
しかし、その腕前はホントにたいしたものです。
スノモなんか全日本ランキング4位になったこともあるほどで、つい先月も北海道で久しぶりに表彰台の低いところに立ったと、嬉しそうに笑ってました。
そんなふうに、走りに関してはつねに若いモンの芽をつむことが生きがいのようなオジサンなのです。(返り討ちにあうこともあるようですが…)
団長のエピソードは、とてもここだけでは書ききれないので、おいおいお話しましょう。
とにかく出光イーハトーブトライアルの実行団員たちは、みんな良く働き、それぞれの役割をよく果たしてくれます。この輪の中に入って、世界一のこの大会を支える一人になることで、きっとアナタ自身の成長が実感できるはずです。
「よしっ!それじゃ俺も一肌ぬいでやるか!」と、実行団員に参加してくれるか、「なんだか大変そうだけど、立派な団員になることは人間として成長することらしいから見習いでいってみようか…」と、思ってくれる方々はいつでも大歓迎です。
また、いつもは参加者で来ている人も、実行団員として参加すると、大会準備を通じて岩手の違う魅力が見え、ますます素晴らしいことがわかりますよ。
…とういうわけでで、ちょっとでもやってみようと思った方は、大会事務局、テレビ岩手事業部の高橋和典さんにメールすれば、まずはどうするかの連絡がきますから、素晴らしい実行団員たちに会いに来るつもりでどうぞ!
そうそう、出光イーハトーブトライアル公式ウェブサイトの掲示板
http://www.sukaheru.net/~ihatove/iha_bbs/ihabbs.cgi?
で、こんどの実行団員会議にどなたでも興味のある方はいらっしゃいと呼びかけていますから、まずは会議に参加して実行団の雰囲気を感じてみましょう。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
でも、そういう実行団員の仕事ぶりは、雑誌の記事にも書かれないし、20年も前から毎回テレビ岩手が制作しているイーハトーブトライアルの1時間番組にも、正面から取り上げられることはないんです。(これが縁の下の力持ち、ならではの宿命ってもんですけど…)
そもそも、どんな大会でも準備をする人がいないと始まりません。
そして、大会当日も大切ですが、準備のほうがはるかに、時間も、エネルギーも、お金もかかるんです。
しかも大会という締め切りに間に合うように、すべての準備がキチンと形になって、はじめて大会が素晴らしいものになるわけです。
出光イーハトーブトライアルの場合は、バイクの大会で、しかも小さな市なんかよりずっと広い面積を駆けずり回るコース(4つのクラス併せて約550キロ!)の設定をするのですから、時間も労力も大変なものです。
そこで、何より重要なのが、個々の実行団員の働きぶりです。
中でも、直接コース設定に関わる仕事をする、通称バイク団員たちは、一見ふつうのオジサンですが、次の条件を満たしている曲者、いや、立派な人たちなのです。
●トライアルバイクにちゃんと乗れること。(スタートしたら、時間内に必ず戻ってくる信頼性)
●イーハトーブの地理・地名が頭に入ってる(△山二つ目のセクションを草刈、でわかる理解力)
●機転が利くこと(何があるかわからない現場仕事の突発事態にも冷静に対処できる智慧)
●弱音を吐かず、常に明るいこと(大変なのは自分だけじゃなくみんなも…と、常に前向きな姿勢)
読んでおわかりのように、いまどきの若者(だけじゃないけど…)には、なかなか高いハードルのよう思えますが、そのとおりなんです。
優秀なバイク団員は一朝一夕では育たないし、20年以上も同じ団員が活躍する一方で、転勤など、理由はさまざまですが、だんだんにバイク団員の数が減って、いまでは岩手県の絶滅危惧種に指定されています(んなわけないっ!)
たしかに、バイク団員はみんないい年のオジサンばかりですが、このごろ若いモンがポツポツ見習いで入ってきたのは喜ばしいことです。
人間は社会性があればあるほど、心豊かな人生となる傾向があります。たとえば、会社と家の往復だけよりも、何かの習い事で別の社会にも属している、あるいは趣味の世界で評価されているなど、いくつもの社会に属していることが人間形成に大きなプラスになるわけです。
そういう意味でも実行団員の見習いをしている若者たちは、確実に成長してゆくのがわかりますし、その成長振りを見守ることは大きな楽しみでもあるのです。
まあ、そんなことを偉そうに言うオジサンたちだって、まだまだ日々成長し続けているんですけどね。
大会の根幹を作るバイク団員の他にも、当日の運営も大切な役割はたくさんあるので、いろんなタイプの実行団員がいます。
たとえば受付のお姉さんとか、ケガ人をやさしく手当てしてくれるお医者さん、看護婦さん、パソコンをたたくお姉さん、グッズを売るお姉さん…え、お姉さんばっかり? ま、そうだったらいいなの願望も入ってますけど…ホントに女性が大活躍してますから。
ところで、出光イーハトーブトライアルの実行団員という役割には、なんとも言えない不思議な魅力があるのです。
その証拠に“非常に”遠くから10年以上、中には20年近くも続けてやってきてくれる団員が4人、10年以下ならさらに3人います。非常に、というのは開催地から最低でも500キロ以上離れているわけですから、一番近くて、首都圏ということです!一番遠いのは姫路に近い兵庫県!!!
この話はつぎの機会に詳しくしますが、要は実行団員をやるということは、大変な中にも他のことでは味わえない達成感とか、自分の存在感とかが実感でき、その喜びが大きいからこそ、(自費で)何年も続けてやってきてくれるわけです。
おそらく、その中には岩手という場所が人をひきつけるというのも含まれるはずです。
が、なんと言っても実行団そのものを率いる、家村実行団長の魅力、人柄あってのこと!これはは間違いありません。
いつもニコニコ寡黙な彼は、岩手県人の人の良さ(テレビで日本一にランクされたそうで…ナットク)を代表する人物・人柄です。
何でもすぐ自分の手柄にする人(え、私のことですか!?)とは違い、どんなに大変なことでも黙々と作業を進め、決して弱音を吐きません。
それどころか、どうしよう、困った…と、人に相談することもあんまりしないようで、一人で悩んで、一人で解決するのです。(だから彼だけがどんどん成長する…??)
彼がもしいなければ、この大会はたちまち機能不全に陥り、継続困難になることでしょう。
それほどの重要人物なのに、何に乗っても(スコルパTYS125、BMW・R100GS、ヤマハスノーモビル、三菱タウンボックス、ニッサンアトラスパネルトラック、etc)いったん走り出すと手がつけられないほど速いし、余計な技をひけらかすやんちゃ者なので(50歳だというのに…!)、知らない人が見たらただの変なおじさんと思うはずです。
しかし、その腕前はホントにたいしたものです。
スノモなんか全日本ランキング4位になったこともあるほどで、つい先月も北海道で久しぶりに表彰台の低いところに立ったと、嬉しそうに笑ってました。
そんなふうに、走りに関してはつねに若いモンの芽をつむことが生きがいのようなオジサンなのです。(返り討ちにあうこともあるようですが…)
団長のエピソードは、とてもここだけでは書ききれないので、おいおいお話しましょう。
とにかく出光イーハトーブトライアルの実行団員たちは、みんな良く働き、それぞれの役割をよく果たしてくれます。この輪の中に入って、世界一のこの大会を支える一人になることで、きっとアナタ自身の成長が実感できるはずです。
「よしっ!それじゃ俺も一肌ぬいでやるか!」と、実行団員に参加してくれるか、「なんだか大変そうだけど、立派な団員になることは人間として成長することらしいから見習いでいってみようか…」と、思ってくれる方々はいつでも大歓迎です。
また、いつもは参加者で来ている人も、実行団員として参加すると、大会準備を通じて岩手の違う魅力が見え、ますます素晴らしいことがわかりますよ。
…とういうわけでで、ちょっとでもやってみようと思った方は、大会事務局、テレビ岩手事業部の高橋和典さん
そうそう、出光イーハトーブトライアル公式ウェブサイトの掲示板
http://www.sukaheru.net/~ihatove/iha_bbs/ihabbs.cgi?
で、こんどの実行団員会議にどなたでも興味のある方はいらっしゃいと呼びかけていますから、まずは会議に参加して実行団の雰囲気を感じてみましょう。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!

2006年03月03日
こんなバイクが参加してる
知らない人はビックリ!でしょうけど、トライアル競技は、基本的にバイクの排気量制限とか、排気量による区分がありません。カテゴリー区分はライダーの腕前によるものだけです。排気量が関係するのは、副賞として「ベスト125ccクラス」のような場合だけで、さほど大きな意味を持ちません。
そのココロは、「人車一体となって、セクションをクリーン(足をつかない)するための最良の組み合わせ」になることこそが最重要だからです。(バイクの排気量については、別の機会に詳しく書きましょうか…)
出光イーハトーブトライアルに参加する車両は、「トライアル車に限る」と規則で決められているためもあり、トライアルバイクばかりです。国産も外車も旧車も、ときにはプロトタイプ(?)もやってきます。
トライアルバイクの特長は、文字通り、「どこでも走れる」ということにつきます。(腕さえあれば…と付け加えておきましょうか) 何しろ、快適とは言えないにせよ、126cc以上なら法的には高速道路も走れ、山道や沢まで自由自在に走れる車種はトライアル車しかありません。
トライアルに詳しくない人だと、バイクに乗っている人でさえ、「トライアル車は遅い…」と思い込んでいるかもしれませんが、市販されているバイクならどれも100km/h以上は出ますから十分に速いのです。それに車重は70キロ台なので、出足加速もなかなかです。
でも、そういう絶対的な速さより、もっと速さを実感できるのが、曲がりくねった林道や、細いけもの道や、岩石だらけの山道を行くときです。
ある程度の速度を維持していれば、本格的なエンデューロマシンなら、岩石だらけの登りでも、かなりのところまでついて来られますが、いったんミスして登り坂の途中で止まったりしたら、再スタートが非常に難しいのです。
その点、トライアル車は、どんなところでも再スタートして行くことができ、出来ない場合にも押して登ることが、他のどの車種よりも容易なのです。
トライアルというのは、そもそも足を着かない以前に、走破力、つまりどんなところでも乗り越えて戻ってくることが大基本なので、トライアルバイクでもその点が最も重要なのです。
逆に、足なんかいくら着いてもいいから、ちゃんと戻ってくるだけの体力、気力、知力が重要な競技なのだと言ってもいいでしょう。リタイヤは一番悔しく、情けないことです。とくにケガの場合は…
じつは第2回目のイーハトーブトライアルが開催された1978年から第3回までの短い時期、トレイルバイクの参加もOKだったことがあります。
その理由は、国内で販売されているトライアル車が皆無になったからです。そのかわり、世界的にオフロードがブームだったので、トレイルバイクは今よりずっと多くありましたから、窮余の策としてそれでも参加できるようにしたのでした。
しかし、もともとトレイルバイクは、ラフロードは走れても、オフロード性能は目をおおうばかりに無残なものですから、多少の改造が施されたぐらいでは、トライアルのチャンピオンが乗ってさえ、四苦八苦の状態で、当然、好成績は望むべくもありませんでした。
この話の大事な点は、成績のことではなく、そんなに扱いにくいバイクだと、トライアルが楽しくないだけでなく、思わぬ失敗でケガをしたり、マシンを大破する危険が大きかったことです。
つまり、重たい車重、パワーはあっても、トラクションがないエンジン特性、速過ぎるローギヤ(ゆっくり走れない)、高いシート高、グリップしないタイヤなどなど、トライアルの心得がない初心者にとってト、レイルバイクをトライアルセクションで乗ることは、すすんでケガをしに行くようなものです。
実際、それでケガをした人はわずかでしたが、楽しくないことは明白でした。当時の人気車種はスタート後まもない沢のセクションを走ったら、石に軽く当たったクランクケースが、まるで瓦せんべいのようにあっけなく割れて、オイルが漏れる始末で、早々とリタイヤしました。
やはり、トライアルには、トライアルバイクしか通用しないのです。
ちょうどその翌年、旧いモデルの焼き直しながら、トライアルバイクが国内販売されるようになったので、トレイルバイクは参加できないように、大会規則で「トライアル車に限る」としたのです。
その後は、各輸入代理店の方々の努力もあって、ヨーロッパの素晴らしいトライアルバイクが続々と輸入されるようになり、そのおかげでトライアル車の選択は、中古車も含めるとずっと広がりました。
いまでも、たまに「トレイルバイクの改造車では参加できないのか」という問い合わせがあったりしますが、出光イーハトーブトライアルでは、基本的な線引きとして「トライアルバイクで参加してください」とお願いしています。
ただ、主催者判断で例外的な場合もあります。それが、大会、およびトライアル界の発展に寄与する(かもしれない…を含む)場合です。
実際、そうやって木村治男さんが早くから持ち込んでいた、東南アジア向け125cc実用車エンジンの改造車は、やがて現在のスコルパTYS125として発売になりました。
出光イーハトーブトライアルの、とくに「クラシック」の長いコース(2日間で約350km)は、舗装から山道、沢まであらゆる地形的条件が揃っていて、標高差も1000メートル以上あるので、マシン開発テストにも最高の舞台なのです。
だからTYSはフランス生まれですが、胎教として(?)出光イーハトーブトライアルが刷り込まれていることは間違いありません。
昨年、一昨年と、ホンダの二輪デザイナー、丸山隆さんたちが仕事ではなく、余暇に作り上げたエイプ100改も、主催者判断で参加してもらいました。

さすがに本職だけあり、センスの良さ、仕上げの見事さは、このまま発売?と思わせるに十分です。
このマシンに対する反響の大きさを見ることは、メーカーとしても興味があることに違いないので、その点を重視したわけです。
いまのところ、一昨年は1台だったのが、昨年は2台になり、参加者の間からは「こんなのが発売になればいいのに…」という声も多く聞かれます。ひょっとすると、これが初心者向けトライアル車(そのものではなく)ベース車両のようなかたちで発売になる可能性もあるわけです。
トライアルバイクのことは、とても一回では書ききれませんの、またつぎの機会に。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
そのココロは、「人車一体となって、セクションをクリーン(足をつかない)するための最良の組み合わせ」になることこそが最重要だからです。(バイクの排気量については、別の機会に詳しく書きましょうか…)
出光イーハトーブトライアルに参加する車両は、「トライアル車に限る」と規則で決められているためもあり、トライアルバイクばかりです。国産も外車も旧車も、ときにはプロトタイプ(?)もやってきます。
トライアルバイクの特長は、文字通り、「どこでも走れる」ということにつきます。(腕さえあれば…と付け加えておきましょうか) 何しろ、快適とは言えないにせよ、126cc以上なら法的には高速道路も走れ、山道や沢まで自由自在に走れる車種はトライアル車しかありません。
トライアルに詳しくない人だと、バイクに乗っている人でさえ、「トライアル車は遅い…」と思い込んでいるかもしれませんが、市販されているバイクならどれも100km/h以上は出ますから十分に速いのです。それに車重は70キロ台なので、出足加速もなかなかです。
でも、そういう絶対的な速さより、もっと速さを実感できるのが、曲がりくねった林道や、細いけもの道や、岩石だらけの山道を行くときです。
ある程度の速度を維持していれば、本格的なエンデューロマシンなら、岩石だらけの登りでも、かなりのところまでついて来られますが、いったんミスして登り坂の途中で止まったりしたら、再スタートが非常に難しいのです。
その点、トライアル車は、どんなところでも再スタートして行くことができ、出来ない場合にも押して登ることが、他のどの車種よりも容易なのです。
トライアルというのは、そもそも足を着かない以前に、走破力、つまりどんなところでも乗り越えて戻ってくることが大基本なので、トライアルバイクでもその点が最も重要なのです。
逆に、足なんかいくら着いてもいいから、ちゃんと戻ってくるだけの体力、気力、知力が重要な競技なのだと言ってもいいでしょう。リタイヤは一番悔しく、情けないことです。とくにケガの場合は…
じつは第2回目のイーハトーブトライアルが開催された1978年から第3回までの短い時期、トレイルバイクの参加もOKだったことがあります。
その理由は、国内で販売されているトライアル車が皆無になったからです。そのかわり、世界的にオフロードがブームだったので、トレイルバイクは今よりずっと多くありましたから、窮余の策としてそれでも参加できるようにしたのでした。
しかし、もともとトレイルバイクは、ラフロードは走れても、オフロード性能は目をおおうばかりに無残なものですから、多少の改造が施されたぐらいでは、トライアルのチャンピオンが乗ってさえ、四苦八苦の状態で、当然、好成績は望むべくもありませんでした。
この話の大事な点は、成績のことではなく、そんなに扱いにくいバイクだと、トライアルが楽しくないだけでなく、思わぬ失敗でケガをしたり、マシンを大破する危険が大きかったことです。
つまり、重たい車重、パワーはあっても、トラクションがないエンジン特性、速過ぎるローギヤ(ゆっくり走れない)、高いシート高、グリップしないタイヤなどなど、トライアルの心得がない初心者にとってト、レイルバイクをトライアルセクションで乗ることは、すすんでケガをしに行くようなものです。
実際、それでケガをした人はわずかでしたが、楽しくないことは明白でした。当時の人気車種はスタート後まもない沢のセクションを走ったら、石に軽く当たったクランクケースが、まるで瓦せんべいのようにあっけなく割れて、オイルが漏れる始末で、早々とリタイヤしました。
やはり、トライアルには、トライアルバイクしか通用しないのです。
ちょうどその翌年、旧いモデルの焼き直しながら、トライアルバイクが国内販売されるようになったので、トレイルバイクは参加できないように、大会規則で「トライアル車に限る」としたのです。
その後は、各輸入代理店の方々の努力もあって、ヨーロッパの素晴らしいトライアルバイクが続々と輸入されるようになり、そのおかげでトライアル車の選択は、中古車も含めるとずっと広がりました。
いまでも、たまに「トレイルバイクの改造車では参加できないのか」という問い合わせがあったりしますが、出光イーハトーブトライアルでは、基本的な線引きとして「トライアルバイクで参加してください」とお願いしています。
ただ、主催者判断で例外的な場合もあります。それが、大会、およびトライアル界の発展に寄与する(かもしれない…を含む)場合です。
実際、そうやって木村治男さんが早くから持ち込んでいた、東南アジア向け125cc実用車エンジンの改造車は、やがて現在のスコルパTYS125として発売になりました。
出光イーハトーブトライアルの、とくに「クラシック」の長いコース(2日間で約350km)は、舗装から山道、沢まであらゆる地形的条件が揃っていて、標高差も1000メートル以上あるので、マシン開発テストにも最高の舞台なのです。
だからTYSはフランス生まれですが、胎教として(?)出光イーハトーブトライアルが刷り込まれていることは間違いありません。
昨年、一昨年と、ホンダの二輪デザイナー、丸山隆さんたちが仕事ではなく、余暇に作り上げたエイプ100改も、主催者判断で参加してもらいました。

さすがに本職だけあり、センスの良さ、仕上げの見事さは、このまま発売?と思わせるに十分です。
このマシンに対する反響の大きさを見ることは、メーカーとしても興味があることに違いないので、その点を重視したわけです。
いまのところ、一昨年は1台だったのが、昨年は2台になり、参加者の間からは「こんなのが発売になればいいのに…」という声も多く聞かれます。ひょっとすると、これが初心者向けトライアル車(そのものではなく)ベース車両のようなかたちで発売になる可能性もあるわけです。
トライアルバイクのことは、とても一回では書ききれませんの、またつぎの機会に。
では、今回はこのへんで。次回をお楽しみに
2006年03月01日
どんな人が参加してる?
どんな人たちが出光イーハトーブトライアルに参加してるか、やっぱり気になるでしょ?参加に特別なライセンスは不要なので、ひとくちに言えば、普通の人々です。いってみれば、となりのおじさん、おばさん、おねえさん・・・(に見えるけど、じつはすごい?)
下の写真はこの数年「ネリ」クラスで目立ちまくっている、ヤマハの女性社員ばっかりのご一行様で、ツアーコンダクターは、スコルパTYS125Fの生みの親、木村治男さんです(右端)。

ここまで美女ぞろいで、バイクも同じカラーのワンメイクだと、いやでも目立ちますし、テレビカメラが向けられる回数も多くなります。
開発ライダーだけでなく、じつは販売促進の密命をおびてるのか、木村さん、もうだいぶ前から男性社員は連れてこなくなりましたね。こりゃーたしかに、TYSのキャラクターにはこれ以上ないほど効果的な販促戦略です。
はっきり言って、バイクのメーカーにはバイクに乗れない人もたくさんいます。詳しいことは聞いてませんが、木村さんのことだから、乗れない人をおだててのせるくらいわけないはずです。
きっと、彼女たちの何人かは、こないだまでバイクに乗れない人だったんだろうなとにらんでいます。
「イーハトーブ、楽しいよ~。君もみんなと一緒に出てみないか?」なんて、ニコニコしながら言葉巧みに免許を取らせ、特訓チームに引きずり込んでしまうんでしょうね。
それでもちゃんと基本的なテクニック、たとえば足の着き方、バイクを止めないで前進させるアクセルワークなんかを教え込んでから引率してきますから、基本がなってない人たちよりずっと走破力は上のように見えます。(私はクラシック観戦ツアーのコンダクター(?)なので、後日テレビで見ただけですが・・・彼女たち、けっこう上手でしたよ)
甘言にのせられてやってきた彼女たちも、おそらく、思うようにいかないトライアルの艱難辛苦こそが魅力なのだということが、ゴールしたあとにわかりはじめ、やがて木村さんの企みにハマったわが身の幸せを噛み締めるんでしょうね。それはきっと婆ちゃんになっても孫に自慢できるほどの、燦然と輝く人生の思い出になっているはずですよ。
…というわけで、木村さんは女性トライアルライダー育ての親もやっているんです。エライなー、というよりうらやましいなー、その役、やってみたいなー(涎…)
バイクショップで、良く似たことをやっているところがあります。「こち亀」の両津もビックリするほど強烈なキャラで、亀有のYSP葛飾を率いる鈴木光男さんです。
毎年、20人前後のお客さんをつれて安比の温泉民宿を占拠(という言葉がふさわしい状況)し、荷台にバイクが山積み(おおげさ…)になった4トントラックを横付けし、宿の主人が平身低頭で出迎える大名行列のような光景が見られます。
ここのお客さんたちは、ボスの独自思想にもとづく集団指導をうけてから出光イーハトーブトライアルに参加するのです。
その思想とは…トライアル車で林道を全開走行すること!!
これによって、長い林道、山道コースのつづくイーハトーブでは、一陣の風のように走り抜け、あっという間に視界から消え去る集団と化すのです。
ヨーロッパ人のトライアルはまさにこんな感じで、いつも風のようにサーッと現れ、去っていくのです。決してムキになって速いわけじゃなく、何気ないフォームのまま、アクセルは開けっぱなしというスタイルなんですね。これがなんともカッコイイ…
YSP葛飾のお客さんたちは、こうしていつのまにかイーハトーブで一番速いグループになってしまうわけです。まさに鈴木さんは見事なトライアル伝導師、パードレ・スズキと尊敬を込めて名づけたいですね。
速いと言えば、平忠彦さんも2回参加してますし、難波恭二さんも数回参加してます。ロードレースのライダーはトライアルと相性がいいらしく、本場イギリスでは現役のレーシングライダーが冬になるとクラブトライアルに出ているのはよくあることです。
ホンダの楕円ピストンGPマシン、NR500の最初のライダー、ミック・グラントは、私がTL125でイギリスのクラブトライアルに参加したときに、ブルタコで参加してましたがかなり上位に入ってましたし、昨年もSSDTの前週に開かれるプリ65トライアルで10位に入ってます。
ちなみに優勝はミック・アンドリュースでした。彼は3回も出光イーハトーブトライアルのゲストとして走っています。コース、めちゃ速っ!(元MXライダーでも、エンデューロライダーでもあります)
そうそう、脱線ついでに話しますと、トライアルの神様、サミー・ミラーもアリエル500で英国チャンプ(以後11年連続英国チャンプ!)になる前は、なんとアイルランドの伝統的なロードレース、アルスターGPにNSU250で優勝しているんです。
NSUは50年代終わりか、60年代初めだったかに、バイク製造をやめてしまったのですが、初期のホンダがお手本にしただけあり、プレスフレームとリアフォークのラインなんか、56年、57年のドリームを思わせます。
モトクロスライダーが出光イーハトーブトライアルに参加することは少ないですね。
ミックは別として、初期のイーハトーブトライアルの常勝だった加藤文博さんは元カワサキのモトクロスライダーでしたが、それ以後、モトクロスライダーは大月信和さんだけしか来ていないように思います。(大月さんはCR110でロードレース優勝、ヤマハ各車でモトクロス優勝、スノーモビルでも優勝、トライアルは…?の人で、マルチライダーの鏡のような人です)
モトクロスライダーがロードレースをやるケースは、あのジャンミシェル・バイルみたいにちゃんとあるけど・・・水谷勝さんもそうでしたね。
もっと不思議なのは、エンデューロライダーの参加が少ないこと。外国ではエンデューロとトライアルは親戚という認識で、両党使い(今年のオリバーファミリーのうち、お爺さんのアラン、長男のスティーブン、次男のグラントがそうです!)が多いのに、日本はまるで別のカテゴリーのような認識がさびしいですね。
そもそもエンデューロという言葉がはやる前には、ISDEはISDT(I国際Sシックスデイ、つまり6日間、Tはトライアル)だったんですよ。
アメリカでは、トライアルは非常にマイナーなイメージですが、実際にはデザートレースだけでなく、トライアル的なエンデューロも多く、日本のライダーたちが見たら「これトライアルじゃん!」という感じのもあります。
だからエンデューロライダーのテクニックもものすごく、川を渡っている人の頭上を飛び越えて渡ったり、とんでもなくデカイ岩がゴロゴロの場所も巧みに乗り越えて行きます。日本のエンデューロライダーもイーハトーブの「クラシック」なら、大いに気に入ってもらえると思いますけど・・・
ちょっと話を戻すと、出光イーハトーブトライアルは頂点を目指すトライアルではなく、長く続けられるトライアルという位置づけです。
でも中級向けの「クラシック」、「サンムトリ」の手ごたえは、日頃トライアルの練習をしている人にちょうどいい程度にしてあります。逆に言うと基本のできてない人には辛い場面があります。
だから国際A級の現役ライダーにはセクションがちょっと易しすぎるかも知れません。そうは言ってもオールクリーンはなかなか出来ないもの。
04年にクラシックで優勝した門永哲也さんは、最終セクションでまさかの1回足着きで1点となりました。でも、久々に目の覚めるようなうまさだったので、またああいうライディングのライダーが出てきて全体のレベルを上げてもらいたいものです。
…というわけで、出光イーハトーブトライアルは、どんな人でもそれぞれの腕に合ったクラスを選べば、文句無く楽しめるしかけになっています。
それに、20歳以下は参加費無料(保険料のみ)の特典もありますからね。ことしはポスターにも「さそってあげよう、二十歳以下!」というキャッチフレーズも入ります。
「もう、体力的に辛くなってきたなー」という大先輩ライダーは、自分が乗らなくても、疑似体験世代の若者を、イーハトーブの実体験を通じて、一人前のトライアルライダーに育て上げる楽しみっていうものもあるんですよ!
若者が女の子の場合なら、スペインのライア・サンツ(HRC契約・女性トライアル世界チャンプ)ばりのすごいライダーに…なんてね。いずれにしろ、人が育つのを見るのは本当に楽しいもんです。
ともかく、出光イーハトーブトライアルには、一度参加すれば、10年後に来ても「なつかしい…」という、楽しみが待っているのでますます楽しいわけです。
スタート地点のチャイムを後に、イーハトーブの美しい山々に向かって行けば、アナタだけの筋書きの無い(辛く、楽しい?)ドラマが待ってますよ。さー、そこで迷っているアナタ、今年こそ参加しましょう!
あー、また長くなっちゃった。
じゃ、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
下の写真はこの数年「ネリ」クラスで目立ちまくっている、ヤマハの女性社員ばっかりのご一行様で、ツアーコンダクターは、スコルパTYS125Fの生みの親、木村治男さんです(右端)。

ここまで美女ぞろいで、バイクも同じカラーのワンメイクだと、いやでも目立ちますし、テレビカメラが向けられる回数も多くなります。
開発ライダーだけでなく、じつは販売促進の密命をおびてるのか、木村さん、もうだいぶ前から男性社員は連れてこなくなりましたね。こりゃーたしかに、TYSのキャラクターにはこれ以上ないほど効果的な販促戦略です。
はっきり言って、バイクのメーカーにはバイクに乗れない人もたくさんいます。詳しいことは聞いてませんが、木村さんのことだから、乗れない人をおだててのせるくらいわけないはずです。
きっと、彼女たちの何人かは、こないだまでバイクに乗れない人だったんだろうなとにらんでいます。
「イーハトーブ、楽しいよ~。君もみんなと一緒に出てみないか?」なんて、ニコニコしながら言葉巧みに免許を取らせ、特訓チームに引きずり込んでしまうんでしょうね。
それでもちゃんと基本的なテクニック、たとえば足の着き方、バイクを止めないで前進させるアクセルワークなんかを教え込んでから引率してきますから、基本がなってない人たちよりずっと走破力は上のように見えます。(私はクラシック観戦ツアーのコンダクター(?)なので、後日テレビで見ただけですが・・・彼女たち、けっこう上手でしたよ)
甘言にのせられてやってきた彼女たちも、おそらく、思うようにいかないトライアルの艱難辛苦こそが魅力なのだということが、ゴールしたあとにわかりはじめ、やがて木村さんの企みにハマったわが身の幸せを噛み締めるんでしょうね。それはきっと婆ちゃんになっても孫に自慢できるほどの、燦然と輝く人生の思い出になっているはずですよ。
…というわけで、木村さんは女性トライアルライダー育ての親もやっているんです。エライなー、というよりうらやましいなー、その役、やってみたいなー(涎…)
バイクショップで、良く似たことをやっているところがあります。「こち亀」の両津もビックリするほど強烈なキャラで、亀有のYSP葛飾を率いる鈴木光男さんです。
毎年、20人前後のお客さんをつれて安比の温泉民宿を占拠(という言葉がふさわしい状況)し、荷台にバイクが山積み(おおげさ…)になった4トントラックを横付けし、宿の主人が平身低頭で出迎える大名行列のような光景が見られます。
ここのお客さんたちは、ボスの独自思想にもとづく集団指導をうけてから出光イーハトーブトライアルに参加するのです。
その思想とは…トライアル車で林道を全開走行すること!!
これによって、長い林道、山道コースのつづくイーハトーブでは、一陣の風のように走り抜け、あっという間に視界から消え去る集団と化すのです。
ヨーロッパ人のトライアルはまさにこんな感じで、いつも風のようにサーッと現れ、去っていくのです。決してムキになって速いわけじゃなく、何気ないフォームのまま、アクセルは開けっぱなしというスタイルなんですね。これがなんともカッコイイ…
YSP葛飾のお客さんたちは、こうしていつのまにかイーハトーブで一番速いグループになってしまうわけです。まさに鈴木さんは見事なトライアル伝導師、パードレ・スズキと尊敬を込めて名づけたいですね。
速いと言えば、平忠彦さんも2回参加してますし、難波恭二さんも数回参加してます。ロードレースのライダーはトライアルと相性がいいらしく、本場イギリスでは現役のレーシングライダーが冬になるとクラブトライアルに出ているのはよくあることです。
ホンダの楕円ピストンGPマシン、NR500の最初のライダー、ミック・グラントは、私がTL125でイギリスのクラブトライアルに参加したときに、ブルタコで参加してましたがかなり上位に入ってましたし、昨年もSSDTの前週に開かれるプリ65トライアルで10位に入ってます。
ちなみに優勝はミック・アンドリュースでした。彼は3回も出光イーハトーブトライアルのゲストとして走っています。コース、めちゃ速っ!(元MXライダーでも、エンデューロライダーでもあります)
そうそう、脱線ついでに話しますと、トライアルの神様、サミー・ミラーもアリエル500で英国チャンプ(以後11年連続英国チャンプ!)になる前は、なんとアイルランドの伝統的なロードレース、アルスターGPにNSU250で優勝しているんです。
NSUは50年代終わりか、60年代初めだったかに、バイク製造をやめてしまったのですが、初期のホンダがお手本にしただけあり、プレスフレームとリアフォークのラインなんか、56年、57年のドリームを思わせます。
モトクロスライダーが出光イーハトーブトライアルに参加することは少ないですね。
ミックは別として、初期のイーハトーブトライアルの常勝だった加藤文博さんは元カワサキのモトクロスライダーでしたが、それ以後、モトクロスライダーは大月信和さんだけしか来ていないように思います。(大月さんはCR110でロードレース優勝、ヤマハ各車でモトクロス優勝、スノーモビルでも優勝、トライアルは…?の人で、マルチライダーの鏡のような人です)
モトクロスライダーがロードレースをやるケースは、あのジャンミシェル・バイルみたいにちゃんとあるけど・・・水谷勝さんもそうでしたね。
もっと不思議なのは、エンデューロライダーの参加が少ないこと。外国ではエンデューロとトライアルは親戚という認識で、両党使い(今年のオリバーファミリーのうち、お爺さんのアラン、長男のスティーブン、次男のグラントがそうです!)が多いのに、日本はまるで別のカテゴリーのような認識がさびしいですね。
そもそもエンデューロという言葉がはやる前には、ISDEはISDT(I国際Sシックスデイ、つまり6日間、Tはトライアル)だったんですよ。
アメリカでは、トライアルは非常にマイナーなイメージですが、実際にはデザートレースだけでなく、トライアル的なエンデューロも多く、日本のライダーたちが見たら「これトライアルじゃん!」という感じのもあります。
だからエンデューロライダーのテクニックもものすごく、川を渡っている人の頭上を飛び越えて渡ったり、とんでもなくデカイ岩がゴロゴロの場所も巧みに乗り越えて行きます。日本のエンデューロライダーもイーハトーブの「クラシック」なら、大いに気に入ってもらえると思いますけど・・・
ちょっと話を戻すと、出光イーハトーブトライアルは頂点を目指すトライアルではなく、長く続けられるトライアルという位置づけです。
でも中級向けの「クラシック」、「サンムトリ」の手ごたえは、日頃トライアルの練習をしている人にちょうどいい程度にしてあります。逆に言うと基本のできてない人には辛い場面があります。
だから国際A級の現役ライダーにはセクションがちょっと易しすぎるかも知れません。そうは言ってもオールクリーンはなかなか出来ないもの。
04年にクラシックで優勝した門永哲也さんは、最終セクションでまさかの1回足着きで1点となりました。でも、久々に目の覚めるようなうまさだったので、またああいうライディングのライダーが出てきて全体のレベルを上げてもらいたいものです。
…というわけで、出光イーハトーブトライアルは、どんな人でもそれぞれの腕に合ったクラスを選べば、文句無く楽しめるしかけになっています。
それに、20歳以下は参加費無料(保険料のみ)の特典もありますからね。ことしはポスターにも「さそってあげよう、二十歳以下!」というキャッチフレーズも入ります。
「もう、体力的に辛くなってきたなー」という大先輩ライダーは、自分が乗らなくても、疑似体験世代の若者を、イーハトーブの実体験を通じて、一人前のトライアルライダーに育て上げる楽しみっていうものもあるんですよ!
若者が女の子の場合なら、スペインのライア・サンツ(HRC契約・女性トライアル世界チャンプ)ばりのすごいライダーに…なんてね。いずれにしろ、人が育つのを見るのは本当に楽しいもんです。
ともかく、出光イーハトーブトライアルには、一度参加すれば、10年後に来ても「なつかしい…」という、楽しみが待っているのでますます楽しいわけです。
スタート地点のチャイムを後に、イーハトーブの美しい山々に向かって行けば、アナタだけの筋書きの無い(辛く、楽しい?)ドラマが待ってますよ。さー、そこで迷っているアナタ、今年こそ参加しましょう!
あー、また長くなっちゃった。
じゃ、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
2006年02月24日
とにかく岩手は美しい!そして広い!
30年も出光イーハトーブトライアルが順調に続いてきた最大の理由は、岩手の雄大な自然の美しさにあることは間違いありません。とにかく岩手は美しく、そして広いのです…。
来たことの無いアナタ、もしや「東北?岩手??なんだか暗いイメージ…」なんて思ってませんか?
ところがどっこい、初めて来た人は「う、美しい…」と絶句する(ややオーバーか…)ほどの衝撃を受けるのです。「ホントかよ?」と思ったアナタ、来て確かめる価値ありますよ!

美しいと言っても、いろんな美しさがありますが、岩手の美しさは日本中どこにもない種類の雄大さと、やさしい地形の美しさ、透明感のある日差しといった点が飛びぬけて素晴らしいのです。
しかも出光イーハトーブトライアルの開催される8月の終わりごろは、高原気候のおかげで爽やかな空気のため、灼熱地獄の都会から見ると、まさに快適な避暑地そのものです。ちなみに、参加案内には「朝晩は冷えますので、フリースなど防寒着をお持ち下さい」と書いてあります。
前回書いたように、私はバイク雑誌のリポーターのような仕事を15年ぐらいやっていましたので、世界中の美しい場所(郊外、田舎ばっかり)を訪ね歩きました。そこで振り返ってみると、岩手とよく似ていると思えるのはスコットランド、アイルランド、ウェールズ、北イングランド、そしてニュージーランドの南島です。
でも、その印象は人によってだいぶ違うようで、私が案内した知人はある砂利のつづら折れが続く険しい峠にさしかかったとき「きれーい!イェローストーン公園(米国)にそっくりー!」と叫びました。またドイツ駐在だった別の知人はバイクで走りながら無線で「おお、この景色はまさにドイツそのものだ!うぁー、こんどはフランスだー!」と、これも叫びっぱなしでした。
第25回大会の特別ゲストに招待した女性世界選手権トライアルのチャンプ、ドイツのイリス・クラマーちゃん(当時20歳)は、あの有名な観光地、ロマンチック街道上の小さな村に住んでいるのですが、「なんてきれいな場所でトライアルやってるの!あなたちがうらやましい!」と大絶賛したほどです。
あれ、ついつい自慢タラタラになってしまいましたが、どこに似ていようといまいと、とにかく岩手は美しい…
そして、そんな場所で開催していることが、出光イーハトーブトライアルが30年も続いている大きな理由だと素直に思えます。主催者である私たちはその利点を最大限に活かすべく、地元の方々の理解を頂きながら、できるかぎり美しい場所を通らせてもらっています。ときには「こんなところを、バイクで走らせてもらえるんですか?」と参加者がドギマギするほど、コースは美しい牧場の中を突っ切っていたりするので、一度参加するともうとりこになっちゃう理由が、これでわかりますね?
もうひとつ、岩手はどのくらい広いかがわかる衝撃の事実…なんと四国4県とほぼ同じ面積なんですね。
しかも、その広さに中に人口は140万人弱…!それほどまでに人口密度が低いせいか、ふだん、外部から訪れる人が少ない地域なので、大会参加者に地元の方々は手を振ったり、畑仕事の手をやすめてお辞儀してくれたり、本当に人と人が触れ合う喜びと実感がわいてくるのです。
一方、大げさではなく道に迷ってもなかなか人に会わないので聞くことができません。出光イーハトーブトライアルの最中、コースマーカーを見落とすと、何キロも走ってから気がついて、あわてて戻ると、今度は途中でガス欠・・・なんてこともあるわけです。
「クラシック」の場合、長いコース上にガソリンスタンドが少ないので、指定したスタンドで必ず満タンにしてやっと走りきれるギリギリの設定です。参加者も「ミスコースをしないように」という緊張感がまたいいんです。それでもガス欠した場合は、仲間同士で助けあったり、ときには地元の方に分けてもらったなどという不届き者もいます。そんなふうに、ちょっと日本離れした環境がまさにトライアル向きなんですね。
ちなみに、4つのクラスのうち、「岩手のスポーツ観光」そのものの2日間トライアル、「クラシック」は前回も書いたとおり350キロ。なんたって、内陸から海まで行って一泊し、また戻るんですから、これ以上縮めようがないのです。「ネリ」「ブドリ」は120キロ、「サンムトリ」は80キロですが、短いから楽なんて思っちゃいけませんよ。林道、舗装路の割合がグンと少ないサンムトリは、中級者向け一日トライアルながら手ごたえは十分。スポーツとしてのトライアルを堪能したい人には、じつに面白いクラスです。
じゃ、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
来たことの無いアナタ、もしや「東北?岩手??なんだか暗いイメージ…」なんて思ってませんか?
ところがどっこい、初めて来た人は「う、美しい…」と絶句する(ややオーバーか…)ほどの衝撃を受けるのです。「ホントかよ?」と思ったアナタ、来て確かめる価値ありますよ!

美しいと言っても、いろんな美しさがありますが、岩手の美しさは日本中どこにもない種類の雄大さと、やさしい地形の美しさ、透明感のある日差しといった点が飛びぬけて素晴らしいのです。
しかも出光イーハトーブトライアルの開催される8月の終わりごろは、高原気候のおかげで爽やかな空気のため、灼熱地獄の都会から見ると、まさに快適な避暑地そのものです。ちなみに、参加案内には「朝晩は冷えますので、フリースなど防寒着をお持ち下さい」と書いてあります。
前回書いたように、私はバイク雑誌のリポーターのような仕事を15年ぐらいやっていましたので、世界中の美しい場所(郊外、田舎ばっかり)を訪ね歩きました。そこで振り返ってみると、岩手とよく似ていると思えるのはスコットランド、アイルランド、ウェールズ、北イングランド、そしてニュージーランドの南島です。
でも、その印象は人によってだいぶ違うようで、私が案内した知人はある砂利のつづら折れが続く険しい峠にさしかかったとき「きれーい!イェローストーン公園(米国)にそっくりー!」と叫びました。またドイツ駐在だった別の知人はバイクで走りながら無線で「おお、この景色はまさにドイツそのものだ!うぁー、こんどはフランスだー!」と、これも叫びっぱなしでした。
第25回大会の特別ゲストに招待した女性世界選手権トライアルのチャンプ、ドイツのイリス・クラマーちゃん(当時20歳)は、あの有名な観光地、ロマンチック街道上の小さな村に住んでいるのですが、「なんてきれいな場所でトライアルやってるの!あなたちがうらやましい!」と大絶賛したほどです。
あれ、ついつい自慢タラタラになってしまいましたが、どこに似ていようといまいと、とにかく岩手は美しい…
そして、そんな場所で開催していることが、出光イーハトーブトライアルが30年も続いている大きな理由だと素直に思えます。主催者である私たちはその利点を最大限に活かすべく、地元の方々の理解を頂きながら、できるかぎり美しい場所を通らせてもらっています。ときには「こんなところを、バイクで走らせてもらえるんですか?」と参加者がドギマギするほど、コースは美しい牧場の中を突っ切っていたりするので、一度参加するともうとりこになっちゃう理由が、これでわかりますね?
もうひとつ、岩手はどのくらい広いかがわかる衝撃の事実…なんと四国4県とほぼ同じ面積なんですね。
しかも、その広さに中に人口は140万人弱…!それほどまでに人口密度が低いせいか、ふだん、外部から訪れる人が少ない地域なので、大会参加者に地元の方々は手を振ったり、畑仕事の手をやすめてお辞儀してくれたり、本当に人と人が触れ合う喜びと実感がわいてくるのです。
一方、大げさではなく道に迷ってもなかなか人に会わないので聞くことができません。出光イーハトーブトライアルの最中、コースマーカーを見落とすと、何キロも走ってから気がついて、あわてて戻ると、今度は途中でガス欠・・・なんてこともあるわけです。
「クラシック」の場合、長いコース上にガソリンスタンドが少ないので、指定したスタンドで必ず満タンにしてやっと走りきれるギリギリの設定です。参加者も「ミスコースをしないように」という緊張感がまたいいんです。それでもガス欠した場合は、仲間同士で助けあったり、ときには地元の方に分けてもらったなどという不届き者もいます。そんなふうに、ちょっと日本離れした環境がまさにトライアル向きなんですね。
ちなみに、4つのクラスのうち、「岩手のスポーツ観光」そのものの2日間トライアル、「クラシック」は前回も書いたとおり350キロ。なんたって、内陸から海まで行って一泊し、また戻るんですから、これ以上縮めようがないのです。「ネリ」「ブドリ」は120キロ、「サンムトリ」は80キロですが、短いから楽なんて思っちゃいけませんよ。林道、舗装路の割合がグンと少ないサンムトリは、中級者向け一日トライアルながら手ごたえは十分。スポーツとしてのトライアルを堪能したい人には、じつに面白いクラスです。
じゃ、今回はこのへんで。次回をお楽しみに!
2006年02月23日
今年は出光イーハトーブトライアル30周年記念大会!
バイク好きな人なら知っている、出光イーハトーブトライアルは、ことしの8月26日(土)・27日(日)に、30周年記念大会を迎えます。
http://www.sukaheru.net/~ihatove/index.html?
申し遅れましたが、私、その主催者の万澤安央と申します。昔は万沢康夫と名のって、バイク雑誌にあれこれ書いていたので、覚えている方もいると思います。
つまり、出光イーハトーブトライアルはその頃よりも前、1977年から続いているので、パリダカよりも、8耐よりも歴史のあるトライアル大会です。
第1回大会はたったの27名でしたが、日本離れした雄大な岩手の美しい景観と、やさしい人々の印象が口コミで広がり、翌年には2倍以上、その翌年にまた2倍というぐあいに参加者が増え続け、第20回大会には840名と、空前絶後の参加者数となりました。最近は400人前後で推移してますが、依然として世界一の参加人数であることには変わりありません。
出光イーハトーブトライアルは、伝統的な英国スタイルのセクションとコースが特長なので、いまどきの世界選手権トライアルとは方向性が大いに違います。
簡単にいうと、究極の頂点を目指すのではなく、いつまでも楽しめるトライアルを目指しているのです。
もっとわかりやすく言えば、「岩手のスポーツ観光」というわけです。

だから、一番いいのは大会の雰囲気です。もっとも参加人数の多い初心者クラス「ネリ」では、女性参加者が1割を越えるほどで、モータースポーツとしては異例の華やいだ雰囲気があり、そのせいか参加者ももっとも多く250人前後です。
昨年から、中級者向けクラス「ブドリ」も「ネリ」と混走となり、セクションの中のラインだけがちがうところを走る指定があるだけなので、上手なお父さんが可愛い娘を連れて参加するという、なんともうらやましい状況も生れています。(ま、そのためにそういうしくみにしたんですが・・・)

そうそう、おじさんがエエカッコしいできるように、20歳以下の参加は無料(保険料のみ)という、画期的な制度もおととしから始まっています。
これは、若い世代のトライアル参加を費用の面から応援jしようというわけで、おじさんが近所の若者に「どうだい、いっしょに行ってみないか?」と誘いやすいようにしたのです。
でも、いざトライアルが始まると、普段はかすんでいたようなおじさんなのに、うまいのなんのって・・・若者はぜんぜん歯が立たないわけです。
こうなると、おじさん、断然輝きを放ってカッコイイー、という喜びを倍化させるために誘ってくれたんだな、と遅ればせながら若者は気づくのです。
(フッフッフ、いまごろ気づいたか・・・おじさんの不敵な笑い)
これは、まさに34年前に私が英国・スコットランド地方で開催されるスコティッシュ6日間トライアルに出場したときと良く似た状況です。
誘われて行ったわけじゃありませんが、当時は驚くほど中高年が多かったのです。
で、競技の途中、あんまりパッとしなさそうなブルタコのおじさんに、「何点?}と聞いたら、私の半分以下、つまり2倍うまい人だったんです。
おまけに、岩だらけの曲がりくねった細い山道を走るのが速いこと、速いこと!
そのとき感じたのは、「さすがにモータースポーツの先進国、曲者ジジイぞろいだぁー」ということ。
これって、数あるモータースポーツの中でも、スピードもタイムも競わないという、トライアルだけの特徴かもしれませんね。
つまりトライアルは、体力やテクニックだけでなく、ゴルフのように点数を競う(少ないほどうまい)もので、慎重さ、正確さ、精神力といったものを併せ持っていないと、
良いパフォーマンスは発揮できない競技なのです。
そういえば、トライアルは1位、2位とは言わず、ベストパフォーマンス、ラナーアップと、英国では言うんです。
ちなみに、ゴルフとトライアルはそっくりであたりまえ。どちらもスコットランド人の発明なんですと!
話がやっぱり脱線してしまいましが、出光イーハトーブトライアルではこの他に中級者向け「サンムトリ」と「クラシック」がありますが、「クラシック」だけはその名のとおり、第1回から基本的な内容を変更せずに続いている”伝統の”2日間トライアルです。
走行距離は350kmにもおよぶ長丁場で、エンデューロライダーが「このコースはエンデューロ以上だー!」と叫んだほどの手ごたえもあり、(山道区間)一方で目が洗われるような美しい高原をクルージングできる魅力も兼ね備えています。
おっと、長くなりすぎるので、今回はここまで。次回をお楽しみに!
どんな大会なのか、参考までに「クラシック」観戦ツアーのようすをごらんください
http://www.sukaheru.net/~ihatove/kansen2.html
http://www.sukaheru.net/~ihatove/index.html?
申し遅れましたが、私、その主催者の万澤安央と申します。昔は万沢康夫と名のって、バイク雑誌にあれこれ書いていたので、覚えている方もいると思います。
つまり、出光イーハトーブトライアルはその頃よりも前、1977年から続いているので、パリダカよりも、8耐よりも歴史のあるトライアル大会です。
第1回大会はたったの27名でしたが、日本離れした雄大な岩手の美しい景観と、やさしい人々の印象が口コミで広がり、翌年には2倍以上、その翌年にまた2倍というぐあいに参加者が増え続け、第20回大会には840名と、空前絶後の参加者数となりました。最近は400人前後で推移してますが、依然として世界一の参加人数であることには変わりありません。
出光イーハトーブトライアルは、伝統的な英国スタイルのセクションとコースが特長なので、いまどきの世界選手権トライアルとは方向性が大いに違います。
簡単にいうと、究極の頂点を目指すのではなく、いつまでも楽しめるトライアルを目指しているのです。
もっとわかりやすく言えば、「岩手のスポーツ観光」というわけです。

だから、一番いいのは大会の雰囲気です。もっとも参加人数の多い初心者クラス「ネリ」では、女性参加者が1割を越えるほどで、モータースポーツとしては異例の華やいだ雰囲気があり、そのせいか参加者ももっとも多く250人前後です。
昨年から、中級者向けクラス「ブドリ」も「ネリ」と混走となり、セクションの中のラインだけがちがうところを走る指定があるだけなので、上手なお父さんが可愛い娘を連れて参加するという、なんともうらやましい状況も生れています。(ま、そのためにそういうしくみにしたんですが・・・)

そうそう、おじさんがエエカッコしいできるように、20歳以下の参加は無料(保険料のみ)という、画期的な制度もおととしから始まっています。
これは、若い世代のトライアル参加を費用の面から応援jしようというわけで、おじさんが近所の若者に「どうだい、いっしょに行ってみないか?」と誘いやすいようにしたのです。
でも、いざトライアルが始まると、普段はかすんでいたようなおじさんなのに、うまいのなんのって・・・若者はぜんぜん歯が立たないわけです。
こうなると、おじさん、断然輝きを放ってカッコイイー、という喜びを倍化させるために誘ってくれたんだな、と遅ればせながら若者は気づくのです。
(フッフッフ、いまごろ気づいたか・・・おじさんの不敵な笑い)
これは、まさに34年前に私が英国・スコットランド地方で開催されるスコティッシュ6日間トライアルに出場したときと良く似た状況です。
誘われて行ったわけじゃありませんが、当時は驚くほど中高年が多かったのです。
で、競技の途中、あんまりパッとしなさそうなブルタコのおじさんに、「何点?}と聞いたら、私の半分以下、つまり2倍うまい人だったんです。
おまけに、岩だらけの曲がりくねった細い山道を走るのが速いこと、速いこと!
そのとき感じたのは、「さすがにモータースポーツの先進国、曲者ジジイぞろいだぁー」ということ。
これって、数あるモータースポーツの中でも、スピードもタイムも競わないという、トライアルだけの特徴かもしれませんね。
つまりトライアルは、体力やテクニックだけでなく、ゴルフのように点数を競う(少ないほどうまい)もので、慎重さ、正確さ、精神力といったものを併せ持っていないと、
良いパフォーマンスは発揮できない競技なのです。
そういえば、トライアルは1位、2位とは言わず、ベストパフォーマンス、ラナーアップと、英国では言うんです。
ちなみに、ゴルフとトライアルはそっくりであたりまえ。どちらもスコットランド人の発明なんですと!
話がやっぱり脱線してしまいましが、出光イーハトーブトライアルではこの他に中級者向け「サンムトリ」と「クラシック」がありますが、「クラシック」だけはその名のとおり、第1回から基本的な内容を変更せずに続いている”伝統の”2日間トライアルです。
走行距離は350kmにもおよぶ長丁場で、エンデューロライダーが「このコースはエンデューロ以上だー!」と叫んだほどの手ごたえもあり、(山道区間)一方で目が洗われるような美しい高原をクルージングできる魅力も兼ね備えています。
おっと、長くなりすぎるので、今回はここまで。次回をお楽しみに!
どんな大会なのか、参考までに「クラシック」観戦ツアーのようすをごらんください
http://www.sukaheru.net/~ihatove/kansen2.html
